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1章(3)

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 店内は客が2、3人入ればそれだけで身動きが取りにくくなるだろうと思うほど狭かった。店の狭さと比例するように、商品である弁当の数も多くない。ざっと見たところ、メニューは日替わり弁当と、3種類ほどのおにぎり、自家製だという梅干しの瓶詰のみ。こぢんまりとした、シンプルな店である。

 辺りを見回す将太に女性が「狭い店でしょう」と笑った。先ほどまで下ろしていたショートボブの髪は、後ろでちょこんと結んでまとめられている。将太の手に収まってしまいそうなほど顔が小さく、全体的に小柄な印象を与える。
 将太は入口のプレートを思い出した。『弁当屋みずもと』この人がみずもとさんだろうか?
 疑問が顔に出ていたのか、女性が将太の視線に気づき、ぺこりと頭を下げる。

「わたしは弁当屋みずもとの店長、水本彩鳥みずもとさとりです。店長といっても、わたし一人でやっているお店なんですけどね」

 将太はもう一度、店の中を見回した。彩鳥の人柄をよく反映した、穏やかな店だと思う。人柄もなにも、まだほんの五分ほど顔を合わせただけだ。それでも将太は彩鳥とこの店に、居心地の良さを感じていた。

 職場でも寮でも、厳つい顔つきの男とばかり顔を合わせているせいもあるのかもしれない。将太の同期で、機動隊では数少ない女性隊員である菱目頼子ひしめよりこだって、こんなに可憐かれんな雰囲気ではない。どちらかというと、いつも将太が押され気味である。彩鳥なら、将太の後ろを黙ってついてきてくれそうな、俺が守ってやらないと、と思わせるような繊細でやわらかい雰囲気がある。

 将太はよこしまな感情を抑えつけるように、ショーケースの中を覗き込んだ。たっぷりとかけられたタルタルソースの下で、甘酢だれの染み込んだ鶏肉がつやつやと輝いている。ご飯は別容器なのか、ショーケースの中にはおかずの詰め合わせだけが並べられていた。
 にこにこと将太の注文を待っている彩鳥に、声をかける。

「日替わり弁当をひとつ、お願いします」
「ご飯の量はどうします? プラス50円で大盛りにできますけど」
「えっと……」

 将太はそこではじめて、レジ前に置かれたメニュー表と、その値段を見た。あまりの衝撃に「えっ」と声がもれる。

『日替わり弁当500円』
『おかずのみ400円』
『プラス50円でご飯大盛りできます』

 安すぎないか? ご飯を大盛りにしても、550円で済む。

 将太は信じられない気持ちで、もう一度ショーケースのおかずたちを見た。品数も、量も、申し分ない。チキン南蛮は鶏肉を一枚まるごと使っているみたいに大きく、少食の人ならこれだけで満腹になりそうである。とにかく量を食べさせようとしてくる警察学校の食事と同じくらいのボリュームがありそうだ。

 この量のおかずだと、普通盛りのご飯だと少し足りなくて、後半はおかずばかり食べることになるかもしれない。なにより米が大好きな将太にとって、米なしでおかずを食べることなど言語道断。ご飯の容器を持ったまま立ちつくす彩鳥へ、将太は勢いよく「大盛りで!」と頼んだ。
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