上 下
66 / 88

初めての

しおりを挟む
 例のルージュと対面した酒場の裏手あたりが、マリアたちが暮らしているエリアらしい。あの酒場も実質的に彼女達のものなんだそうだ。あそこで街に出る前に一服したり、皆と顔を合わせてから街にでるというのか彼女たちのルールなんだと、道中マリアさんが教えてくれた。
「あそこで会話して軽く飲み食いすればね、あの子たちの体調も判るし、根の深いケンカも起こりづらくなるのさ。さあ、ここさ」
と裏道にあった大きな扉の館に案内された。古いが、しっかりとした木造の建物だ。扉を開けると、広いフロアになっており、左手にカウンター。そして奥と階段の上に小部屋が並んでいる。
「昔の娼館の跡さ。今はうちらの家みたいなもんだけどね。ほら、お前達出てこないでもう寝な!」
3、4歳くらいから12,3歳の子らしき女の子ばかりがフロアの手すりや、ドアの隙間からこちらを覗いている。マリアさんに叱られるとみな部屋に飛び込んで戻っていった。
「……あの子たちは?」
「わたしらのグループの娘たちさ、何人かは街に置き去りにされた子とかだけどね。間違っても買ったりはしてないよ」
「男の子はいないの?」
「男の子は働き手になるからね、貰い手が多いのさ。残る子もある程度働ける歳になったら出ていってしまうからね」
 その言葉の逆を返せば、女の子の貰い手が少ないと言うことか。元の世界だと、女の子ばかり里親が決まるとどこかで聞いた覚えがあったのだが、こちらではそうでもないようだ。さっき見た子達も年頃になったら街に出るのだろうか。

「なんとなく顔で考えてることはわかるけど、ムリに仕事をさせてる子なんて居ないわよ?」
「いや、それは判るよ。あの通りにいたおねーさんたちに影は無かったから」
と言うと、ちょっと誇らしげにマリアさんは笑った。
「この館だって、あたしらの姉さんたちが奴隷使った娼館を追い出して、買い取ったんだからね」

 そんな話をしていると奥の部屋のドアが開いて、長い藍色の髪を後ろで編みこんだ少女が姿を現した。あの時より血色が良くなっているが、俺が治してあげたルエラちゃんか。あの時は良く見てなかったけど、色白で大人しそうな線の細い可愛い子だな。
「あ、あのユキヒロさんですよね? 後から姉さんたちに聞きました、助けていただいて本当にありがとうございました。顔のキズも……本当に……」
と彼女の瞳が滲み、ぽろぽろと涙を零す。あー、これがもう少し子供っぽい子なら、頭を撫でてあげる所なんだが、このくらいの歳の子に目の前で泣かれるとどうしていいのか困ってしまう。
「ほら、ユキヒロが困ってるわよ。恩人困らせてどうするの? ルエラ」
と、マリアさんが助け舟を出してくれると、長い袖でぐしぐしと涙を拭きはじめるルエラ。
「打算込みでやったことだから、そんなに感謝してくれなくていいよ。そんなまっすぐな目で見つめられると困る」
とちょっと冗談めかして言ったら、泣き笑いの笑顔を見せてくれた。
「それでもです、本当にありがとう。ユキヒロさん」

 明日はちょっと早いので、春宵でも行くと言ったら部屋が余っているのでここで寝ていきなよとマリアさんに引きとめられた。ルエラも是非泊まって行って欲しいと懇願するので、根負けして泊まる事になった、そんな夜更け。
 俺の泊まる部屋として貸し与えられた部屋のドアの前に少女がずっと立っているのが判ってしまう、その緊張した息遣いも。マリアさんが、お嬢ちゃんはこっちね。とユリアナを別の部屋に寝かせたあたりでこうなるような気はしてたんだ……けど、この先どうするべきなのか俺は迷っていた。
 ドアノブに手を掛けようとして、またひとつ息を吐き、ためらっている彼女の姿を空間認識で見ながら思う。彼女のその様は、風俗に行こうとして断念した俺の姿を彷彿とさせる。あの時俺は、拒絶されたらどうしよう、失敗したらどうしようと思い悩んで、結局扉を潜ることはなかった。
 今そこにあるドアに時間停止を掛けて寝てしまえば、何も無く明日を迎えることになるだろう。でもその選択を取るべきか、俺は決めかねてしまっていた。

 拒絶する勇気すら持ち合わせなかったチキンな俺に対して、彼女は深く深呼吸すると、ドアノブを掴み、静かにドアを開けて踏み込んできた。
「ユキヒロさん、まだ起きていらっしゃいますか?」
後ろ手でドアを閉めながら、静かな声で彼女は俺に問う。
「……うん、どうしたんだい? ルエラさん」
「ちょっとだけ、話を聞いていただけますか? 私は、通りすがりの変な人に顔にキズをつけてしまい、これでは嫁の貰い手もないと毎日叩かれて、あげくに親に捨てられました」
もうキズのない頬に手をあてて、彼女はまた話し始める。

「食べるのにも困って街にうずくまっていた私を助けてくれたのが、マリア姉さんでした。私も恩返ししたいと、いろいろ勉強して。でも私はお客さんが取れませんでした。白くてキズがあってキモち悪いって。みんなの迷惑にならないようにって別の通りに行って、でも石を投げられたり」
 白くて、キズがあると気持ち悪いって……俺は普通に可愛いと思ったが。病気やケガをしてる相手への生理的嫌悪がまだこの世界は強いのかねえ。

「やっと取れたと思ったお客さんだと思った人は、私の顔に気づいてなかったみたいです。急に怒って刃物で切られました。それでダメだと思ったんです。私の居場所はもう無いんだと」
 そしてまっすぐにこちらを見つめながら、部屋の魔道具の明かりに照らされるより赤く頬を染めながら、その薄い服が薄い身体の上を滑り落ちる。隠そうともしない彼女の身体がさらけだされる。その瞳から一粒涙が零れて床に染みこんだ。

「起きたとき、キズが消えた私は夢かと思いました。死んで天国に行ったのかもとも思いましたが違いました。そして、マリア姉さんからユキヒロさんに治してもらった事を聞きました。ユキヒロさんの……マリア姉さんへの相談も聞いてしまいました」

 俺は、返事どころか声ひとつあげられずに彼女の瞳に囚われていた。俺が越えられなかった壁を乗り越えてきた彼女の心の強さに打ちのめされていたのかもしれない。
「……ですから、私がんばりますから…… 使ってもらえませんか? 私を…… 貰ってくださいませんか……」
俺が小さく頷くと、張り詰めていた彼女の表情が緩む。瞳からまた一粒涙が零れたが、彼女は嬉しそうに微笑みながらベットへと近づいてくるのだった。


 結論から言うと、俺のサンはピクりとも役に立たなかった。心因性なものだとしたら自分を殴りたいくらいに、ルエラは心から優しげに献身してくれたのだが。

 余談だが、彼女がサンを見たとき、つい零した
「かわいい」
って言葉がかなり効いたのを追記しておく。
「あの、かわいいっていうのは、あの私、今まで見たこと無くてですね男の人の、練習も木型でしたし。綺麗で可愛いユキヒロさんに付いているのが、なんか可愛らしかったんでつい……」
とダウン攻撃まで仕掛けられてほぼ逝き掛けました。

 行為をすることは出来なかったが、ルエラの表情に影はなかった。
「私、折角ユキヒロさんにキズ消して貰えたのに、お仕事できなくなっちゃいました。私、まだユキヒロさんに差し上げられてないですし」
とベットで微笑むルエラ。

 こうなるのはドアを閉じなかった時点である程度、覚悟の上ではあった。が、リスティやジュリエッタに彼女の事はなんと説明していいのか。答えは朝までに出そうも無かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...