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Rh Null

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「番号札23番のお客様、番号札23番のお客様。受付へおいでください」
 俺は時間つぶしのスマホから目を上げて、胸ポケットに入っている整理券の番号を確認する。23番、どうやらやっと俺の番らしい。

 個人情報保護法だか知らんが、流石にこういうのは名前で呼んでいいのになあ。とすっかり顔見知りの受付の人に尋ねてしまうと。
「個人情報うんぬんもそうなんですけど、最近読めない名前の人が多くてそちらのトラブルも多いんですよ。あ、真田さん診療室は何時もの所です」
と笑っていた、ああ、そういうこともあるのか。確かに従妹の同級生とか紹介されてもマジ!? と聞き返せない名前や漢字があってビックリするもんなあ。

 診療室には、いつもの初老の先生ではなく、見たことのない若い女医が待っていた。
「えっと、真田透也(さなだとうや)さんですね、院長先生から話は伺ってます。こちらへ」
と、隣接したなじみの部屋へと案内される。
「院長先生はどうしたんですか?」
「ああ、ちょっと草野球でハリきりすぎて腰やっちゃったそうで。あ、私は代理を頼まれました伊藤と言います」
と女医さんはころころと笑っている。案内された部屋で、勝手知ったる俺はいつも通り上着とシャツを脱いで診療台に横たわった。

「600行っちゃって下さい。調子良いんで」
と言うが、伊藤先生はダメダメと目の前でボールペンを振ってきた。
「どうやら最近疲れてるみたいじゃないですか院長先生の但書きが書いてあります。NGという訳じゃないですけど、ムリはなされないように。あのコもムリしたなんて知ったら悲しみますよ?」
「え、あいつ知ってるんですか?」
「はい。今主治医をさせていただいてます。悠希ちゃん、最近逢いにきてくれないって寂しがってましたよ。なので今日は400で止めておきましょうね?」
とアイツの名前を出されては仕方がない、おれは了承すると何時もの左手を差し出す。スッとする綿でふき取られて、あっというまに採血が始まった。

「これが黄金の血……」
 伊藤先生は俺の腕から抜かれた血を見ながら、小さく呟いた。俺に聞かせるつもりはなさそうなので、返事はしないでいいか。

 俺の血は黄金の血、と呼ばれている世にも珍しい血液だ。医学的にはRh Nullと言うらしい。血液型が合っていれば、相手に負担を与えずに輸血できるのが特徴なんだそうだ。世界に数十人しか居ないらしいが、ありがたいと思ったことは最近までなかった。
 自分が大ケガをすると他の人から輸血が受けられないというとんでもない弱点があるし、俺はこんなもの役に立たないと思っていた。仲の良い従妹が病に倒れるまでは。

「あ、とう兄(にぃ)!!、もー、久しぶりすぎて一瞬誰がきたのか判らなかったよ」
 病室を訪れると、つまらなそうに本を読んでいた彼女の顔が一瞬笑みに変わったかと思ったら、直ぐにちょっとすねたような顔に変えた。お前タイムラグなしで名前読んでたじゃんとかは突っ込まない、何十倍にもなって返ってくるに違いないから。

 片倉悠希(かたくらゆうき)、俺の従妹で中学3年生。腰あたりまで伸ばしてポニーテールにしていた髪は、入院の繰り返しに手入れできないので泣く泣く短く切りそろえ、今は小さいサイドポニーが揺れている。今は楽しそうに、やれ友達がきたとか、この前病室でやってもらった模試が良い点だったので何かくれとか笑っている。このマシンガンの様な喋りを聞いていると、彼女が病気だなんて信じられないくらいだが。

 病気が、彼女から普通の生活を奪ってもう1年になる。
陸上部に入っていた彼女が、部活中に走っていて倒れた。ちょっと体調が悪かっただけだろうという楽天的な想像は、後天性の心臓疾患という診断に打ち砕かれた。

 それから何度かの手術のために、入退院を繰り返し、それまでスポーツ少女としてならしてきた彼女の手足はすっかりと痩せて細ってしまっていた。

「悠希ちゃん、すごく痩せちゃったの気にしてるから。目線とか気を付けてくださいね。多分あなたの視線、悠希ちゃんには痛いはずだから」
と先ほど主治医の先生に言われた事を思い出して、ついその考えとはよそに視線が彼女の上を通ってしまう。そして、目ざとくその視線は悠希にバレてしまったようだ。
「むー!!」
と両手で布団をもちあげて体を隠す。隠す程ないだろという言葉が危うくこぼれかけたが、1年前ならともかく今の彼女には投げかけられなかった。

 彼女の問題はそれだけではなかった、彼女の血液型はRh-という珍しいもので、数百人に一人という希少なものだった、緊急の輸血の時にはヘリなどで運ばれるほどに。

 なので、こんな時くらい使ってやろうと思った、俺の黄金の血とやらを。学生の時に、両親をなくした時俺の身元を引き受けてくれた片倉のおじさんの一人娘。透にい、透にいと懐いてくれた小学生の女の子。両親をなくした悲しみを半分以上埋めてくれたのは彼女との触れ合いだろう。
その悠希に使われるなら本望と、彼女の病状と状況を知った俺は、病院と交渉して血液をストックし始めたのだ。

 本来長期ストックしない事になっている血液だが、俺は最悪自分に使うからと長期保存してもらっている。そこから悠希に使ってもらうように頼んでいる。間に合えば俺が直接輸血にくるからバンバン使ってくれと。緊急性が高ければ、他の人にも使って良いという念書を書いて、なんとか了承させた。黄金の血がありがたかったのはこれくらいだな。

 しばらく悠希の話を聞いていたが、彼女もちょっと話しつかれたようだ。
「じゃあ、また来るわ」
と、病室を出ようとすると悠希は一瞬寂しそうな顔を浮かべかけ、笑みに切り替えた。
「とう兄、また来てね? 無理はしたらダメだからね?」
「ああ」
 と短く答えて俺は病室を出る。無理はしてるつもりは無いんだけどなあ、と首をコキコキしながらリノリウムの床を歩く。最近、変な夢を見てちょっと寝不足ぎみなだけなんだけどなあ。
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