上 下
173 / 213
第七部

7-13

しおりを挟む
クルサンド国 ディークニクト

 帝国を経由して北方に進むこと数百キロ。
 ここまで来るだけで、相当な物資が必要だった。
 今回は賊の討伐と言う事で、兵士は5千人程度。
 これでも往時の北方諸領土連合が動員できる最大兵力だと聞いている。
 そして、そんな俺達を出迎えたのは40半ばくらいのえらく物腰の低い男だった。

「これはこれは、よくおいで下さいました。私が、クルサンド国の王、クルクス王です。ささ、どうぞ」
「クルクス王、我らは同じ王位を持つ者。そこまでへりくだらずとも」
「ありがとうございます。ですが、私の方が遥かに若輩。そして、王としてもこの新生国家の出来立ての王です。エルドールという大国をまとめ上げておられるディークニクト王には遠く及びませんから」

 一々、面倒な男だな。
 俺は、内心そう思いながらも話を続けた。

「さて、そんな挨拶もいいがまずは賊だ。相手はどこに居て、どれくらいの規模かそれくらいは分かっているのだろう?」
「い、いえ、それが相手の襲ってくる場所は分かるのですが……」

 そう前置きをすると、クルクス王はこれまでの経緯を話し始めた。

「……要するに、相手の規模も住処も分からず、大まかにこの辺りだろうという目星しかついておらんと?」

 俺が、そう言って睨みつけると、クルクス王は委縮して額の汗を拭いながら謝ってきた。

「すみません、すみません。こちらも偵察などをさせているのですが、相手の方が上手なのか、一瞬で見つけてはこちらの偵察兵を追い返してしまうのです」
「……はぁ、状況は分かった。致し方ない我が軍はこの主要街道を進んで直接相対してこよう」
「すみませんが、よろしくお願いいたします。ただ、この時期はあちこちで崖崩れが起こりますので、気を付けてください」

 敵の情報が無いうえに、更に悪路を進めと。
 まったくこの国はどうなっているのやら……。
 そんな事を考えながらも、俺は連れてきた兵たちの元へと戻ると、出発の号令をかけるのだった。
 出発してから数日後、それまで主要街道をずっと進んでいたのだが、突然渋滞が起こっていた。

「まさか本当に渋滞が起こっているとはな……」
「如何されますか?」
「とりあえず、兵に様子を見に行かせろ。一騎で往復するくらいの余裕はあるだろう」

 俺がそう言うと、手近に居た騎兵一人に指示が飛ぶ。
 指示を受けた騎兵は、すぐさま馬をかけて飛び出した。
 それから1日後。
 ようやく帰ってきた騎兵から、面倒な報告を受けた。

「陛下、この先ですがずっと渋滞を続けており、あの山の上の道も塞がっておりました」
「それはまた面倒な、こんな所で立ち往生できるだけの兵糧は無いからな……、迂回路を探せ! 手当たり次第に商人などに聞くんだ」

 俺が、命令を飛ばすのとほぼ同時に、良い情報があると商人がやってきた。
 良い情報かどうか分からないが、無駄に時間を使うよりも良いだろうと考えた俺は、すぐさま商人を目の前に通した。

「お前が、情報があると言ってきた商人だな? どのような情報だ」
「へい、皆さまに差し上げる情報ですが、迂回路に関する情報です」
「ほぅ、迂回路だと? この辺りにはそんな道があるのか?」
「へい、ここから後ろに数キロ行ったところに小道があります。その小道をずっと進んでいけば、あの山を越えて行けます」
「なるほど、ではなぜお前たちは使わない?」
「へい、あの道はぬかるみがひどい場所がありまして、私どもでは立ち往生した時に何ともしようがなくなってしまうのです。その点軍の方でしたら、問題なく進めるかと」

 なるほど、確かに話の筋は通っている。
 だが、何か胡散臭くもあるんだよな。
 俺は、そんな一抹の不安を感じながらも情報を流してきた商人にお礼をして、小道へと向かった。
 そして、商人の言う通り小道は、確かにあった。
 だが、あまりにも狭く、兵たちを2列にするのがやっとという所だった。

「こう狭いとどうしようにもならないな」
「ですが、この道を行かねばなりますまい」
「あぁ、後は道がどうなっているかだが、地図には何か描かれているか?」
「いえ、どうやら地元民だけが知っているくらいの道の様で」
「なるほどな。このまま前進しよう。ただし、開けた場所まで行ったら一旦停止する様に指示を出せ」

 俺がそう言うと、先頭へと命令が届けられた。
 俺の隣では、キースがうっつらうっつらしながらも忠告をしてきた。

「陛下……恐らく罠かと……」
「あぁ、十中八九罠だ。ただ、ここを食い破らねばならない」
「では、主力を私が……、陛下は迂回部隊を……」
「しかし、それではお前が……」
「老骨最後のご奉公……。そろそろ天に召されてもよい頃合いですぞ……」

 鬼と謳われた将軍も、老いには勝てず最近は日々の半分を寝ながら過ごしていると聞いていた。
 今回の遠征でも彼には家でゆっくりしてもらっていようと、カレドかトリスタンを連れて行く予定だった。
 だが、何故か彼は自分が行くと言い張ったのだ。
 もしかしたら、何かを感じたのかもしれない。
 ただ、齢70を過ぎてなお馬上でうたた寝できるバランスは、恐ろしいものがある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!

エノキスルメ
ファンタジー
ノエイン・アールクヴィストは性格がひねくれている。 大貴族の妾の子として生まれ、成人するとともに辺境の領地と底辺爵位を押しつけられて実家との縁を切られた彼は考えた。 あのクソ親のように卑劣で空虚な人間にはなりたくないと。 たくさんの愛に包まれた幸福な人生を送りたいと。 そのためにノエインは決意した。誰もが褒め称える理想的な領主貴族になろうと。 領民から愛されるために、領民を愛し慈しもう。 隣人領主たちと友好を結び、共存共栄を目指し、自身の幸福のために利用しよう。 これはちょっぴり歪んだ気質を持つ青年が、自分なりに幸福になろうと人生を進む物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載させていただいています

処理中です...