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第六部

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エルディナ平原 ディークニクト

 獣王国の帝国国境突破の報せを受けた俺は、すぐさま追撃態勢に動くべく準備を進めさせていた。

「いいか! 素早く動くことだけを考えろ!」

 各所で、将たちが兵を急かす声が響く中、物見の兵が急変を告げた。

「陛下! 白旗を掲げた敵が、一騎こちらに向かって来ております!」
「……致し方ない。門を開け、使者を通せ!」

 私がそう言うと、一瞬の間を置いて砦の門が内側へと開いた。
 それと同時に、門の上に居た物見の兵が使者に入るように促す。

「使者殿! 陛下がお会いくださる! そのまま中へ進まれよ!」

 その声が聞こえてから少し待つと、帝国の紋――双頭の龍――をあしらった鎧を着た男が入ってきた。
 その男は、俺の前まで来ると一礼して跪いてきた。

「エルドール王国国王陛下と、お見受けいたしました。講和交渉の全権を代理してこちらの書状をお持ちいたしました」
「何故、俺が国王陛下だと?」

 まだ誰も何も言ってない中で、彼は過たず俺の目の前に来たのだ。
 当てずっぽうであれば、失礼千万で和平交渉すらなくなるこの時にだ。

「失礼ながら、この闇夜よりも黒い髪とその耳が何よりの証拠かと」
「……なるほど、確かに分かり易い目印か」

 確かに分かり易い。
 だが、この交渉が潰れれば帝国自体が壊滅する状況で、そこまで冷静に観察できるものではない。
 この場面での交渉を任されたのだ、相当に肝の太い男なのだろう。
 そんな事を思いながらも、場所が門の近くとあっては格好がつかないので、俺は天幕に彼を連れて移動した。

「……さて、帝国はどういった条件で使者を出されたのか?」
「はっ! こちらの書状にもしたためておりますが、お応えします」

 そう言って、使者が声に出して読み上げたのは、以下の3項目だった。
 1、帝国とエルドール王国は双方互いに矛を収めること。
 2、王国が1の案を飲む場合、帝国は人的物的被害の全てを金銭で支払うこと。
 3、1と2の案を飲まれた場合、互いに国交を回復し同盟を結ぶこと。

 使者は、読み終わると押し黙って俺の返答を待った。
 一見無条件降伏に近い形に見えるが、3項が気になってしまう。
 同盟を結ぶとあるが、それは不可侵だけなのか、軍事同盟なのかだ。
 もし軍事同盟ならば、下手を打つと獣王国の対応をこちらにさせられかねない。
 そこまで考えた、俺は一つ条件を出すことにした。

「……なるほど、条件は分かりました。ですが、こちらとしては第4の項目を入れて頂きたい」
「第4の項目ですか?」

 使者が、聞き返してきたので俺は首肯して話を続けた。

「第3項で指定されている同盟を不可侵のみとする。という一文です」
「なるほど、こちらとしてはそれで構いませんが……」
「あと、第2項の部分ですが金銭では後日回収ができない場合がありますので、領土の一部を頂戴いたしたい」
「な!? そんな事が納得できると!? こちらは侵略されていないのですよ!?」
「確かに今回、侵略を受けたのは我が国です。ですが、そちらも逆に侵略を受けているのでしょう? そう、獣王国などに」

 俺が、今回の講和交渉の裏を知っているぞと告げると、使者は苦虫を嚙み潰したような顔になった。

「……さ、流石に領土については、私の範疇では収まりきらないので……」
「全権代理なのだろう? ならば今ここで考えてくれ。我が軍は、いつでもそちらの背後を突くことができるのだからな」
「くっ……! 陛下は、どの領土を欲しておられるので?」
「なに、二つだけだよ」

 俺がそう言って、地図で指差したのは王国と繋がる唯一の道がある街と、その近くにある主要街道を抑える街だ。

「この二つの街をこちらに渡すなら、我々は矛を収めよう」
「こちらの出入り口にあたる街ならまだしも、街道沿いの街は流石に……」
「ならば、力づくで他の街も実効支配へと乗り出そうか?」

 ここまで俺は、強気に攻めているが正直これで折れて欲しい。
 色々と理由があるが、一番の理由は食料だ。
 どれだけ頑張っても1~2週間で食料が尽きる。
 そして、その後は各街や村から生活に必要な麦を徴収しなければならない。
 そうなると、この2つでも落とすのはやっとの状態なのだ。

「さぁ、どうする?」

 俺がダメ押しとばかりに、前のめりに言うと使者は致し方ないと頷いてきた。

「…………かしこまりました。この案で調印させて頂きます」
「では、すぐにでも文章を作らせる」

 こうして、俺は国境の街と街道の交易都市を手に入れることができた。
 ちなみに、国境の街と交易都市の間には帝国領があるが、こちらについては不可侵条約を結んでいる間は、軍の往来を許可する旨も条文に追加されている。

「あとは、国力強化を推し進めるしかないな」

 俺はそう呟きながら、兵たちに撤退準備をさせるのだった。
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