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第六部
6-12
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犬型の魔獣が、こちらをゆっくりと睥睨してくる。
まるで、「俺の咆哮で何故倒れない」と言って来るかのようだ。
俺は、その視線から目をそらさない様にジッと見ながら得物を構える。
一応、魔道具を何個か借りてはいるが、正直これだけ大きな魔獣を相手に使えるかどうか。
「左右に展開した部隊は、一定の距離を保て! 俺が、正面で相手をするまでは絶対に手出しするな!」
俺が、兵たちに厳命すると距離を保ちつつ周囲に展開していくのが見えた。
後は、俺を目掛けて奴が襲い掛かってきたら良いのだが……。
見るからに、機動性のある魔獣なんだよな。
「……さて、俺がこいつの速さに追いつけるかどうか」
俺がそんな事を独り言ちると、魔獣がゆっくりと距離を詰めてきた。
悠然と、俺を値踏みする様に近づいた魔獣は、俺の近くに来るといきなり前足で払ってきた。
「うぉ! 重い!?」
一瞬の溜めもなく放たれた一撃だが、これまで受けてきたどの攻撃よりも重かった。
だが、反面速さはそこまでなく、こちらが武器で防御できるくらいの速さだ。
敵の攻撃を受けきった俺は、今度はこちらの番とばかりに狼牙棒を奴の前足に叩きつけた。
人であれば軽く3人くらいがミンチになる一撃だが、そこは魔獣。
硬い皮膚にと毛に覆われているせいで、狼牙棒の一撃が入ってもあまり効いている印象が無い。
「おいおい、俺の渾身の一撃だぞ? 大地も割った一撃で足も折れんだと?」
そんな様子に、渾身の一撃を放った俺は若干呆然としてしまう。
魔物のオーガですら一撃で倒していたのに、こんな魔獣相手にそれを破られるとは。
俺が一瞬呆けた隙を、魔獣は見逃さなかった。
彼我の差を確認したとばかりに、こちらに対してまた前足で無造作に払ってきた。
「うぉ! あぶねぇ!」
一瞬呆けていた俺は、頭を屈めて避けるとビュォ! という風切り音が頭上を通過する。
あんな一撃を、まともにくらったらアウトだ。
「将軍をお助けしろ!」
「いくぞ!」
俺が、何とかしなければと考えていると、周囲に居た兵たちが一斉に魔獣に攻撃を開始した。
ただ、このタイミングで仕掛けては危ない。
魔獣は、一斉に攻撃してきた両側の兵たちに注意を向ける。
それは、俺への警戒心が薄らいだことと一緒だった。
「よそ見をするんじゃねぇ!」
俺は、その一瞬の隙を突いて跳躍し、魔獣の頭蓋目掛けて狼牙棒を振り下ろした。
さっきまでとは違う俺の動きに、魔獣は面食らったのか目を見開いたまま俺の一撃を脳天に食らう。
「おぉ! 将軍の一撃が入ったぞ!」
「流石に今度こそ!」
周囲で戦っていた兵たちが、俺の一撃を見て歓声を一瞬上げる。
だが、その歓声は次の瞬間かき消される。
「ガァァァァァァァァァァ!!!」
魔獣が、再び咆哮をあげたのだ。
その咆哮の衝撃を、真正面からモロに食らった俺は吹き飛ぶのだった。
帝国 カレド
陛下から任命され、外交官となったのは良い。
そして、帝国に到着したのも良いだろう。
だが、物々しい兵たちに囲まれて、何とも陰気な部屋に通されたのはどういうことか?
「これが外交の普通なのか?」
私は、陛下が付けてくださった外交の専門家に訊ねると、彼は汗を拭きながら首を横に振った。
そして、帝国の水先案内人役である男の方へ視線を向けると、彼も首を横に振ってきた。
何かがおかしい。
牢獄でこそないが、部屋には私たち3人と従者が5名の計8人に対して、警備と称する帝国兵は30人程度居る。
「ひょっとすると、かなり状況は悪いのか?」
俺が、周囲の兵に聞こえないくらいの声で専門家に再度尋ねると、彼は首に手刀を軽く当てた。
そう、我が国の命の危険があるときのサインだ。
いよいよもって危ない、という事だ。
「次に通される部屋次第では、望みはありますが、正直どうなるか……、最悪カレド様だけはお逃げください。我らの代わりは居ますので……」
そう専門家の男が、小声で頷いてきた。
最悪の場合は、それも考えなければならないか……。
確かにこの場の人間の中で、武術に心得があるのは私と水先案内をしてくれた男だけ。
あとは、基本的に文官なのだ。
「わかった、最悪の場合は逃げ出して君たちの事を陛下に報告する。残った家族はこのカレドが絶対に守る」
私がそう言うと、周囲に居た文官たちも汗を流しながら頷いてきた。
私たちが、そんなやり取りをしていると突然ドアが開き一人の男が入ってきた。
その男は、これまで見ていた帝国のどの兵よりも煌びやかな鎧を身に着け、涼やかな顔で私たちの前に立った。
「エルドール王国の外交官であり、将軍の一人でもあるカレド様ですね?」
「あぁ、確かにそうだが……、貴殿は?」
私が問い返すと、男はにこやかに答えた。
「これは申し遅れました、私は帝国国防将軍の一人アイゼナッハと申します。貴殿らを、皇帝陛下の御前へとお連れする任を賜りました」
そう言って深々と一礼すると、すぐさまドアの外を指し示して「どうぞ」と道を譲ってきた。
その案内に私は、従う様に歩み始めるのだった。
まるで、「俺の咆哮で何故倒れない」と言って来るかのようだ。
俺は、その視線から目をそらさない様にジッと見ながら得物を構える。
一応、魔道具を何個か借りてはいるが、正直これだけ大きな魔獣を相手に使えるかどうか。
「左右に展開した部隊は、一定の距離を保て! 俺が、正面で相手をするまでは絶対に手出しするな!」
俺が、兵たちに厳命すると距離を保ちつつ周囲に展開していくのが見えた。
後は、俺を目掛けて奴が襲い掛かってきたら良いのだが……。
見るからに、機動性のある魔獣なんだよな。
「……さて、俺がこいつの速さに追いつけるかどうか」
俺がそんな事を独り言ちると、魔獣がゆっくりと距離を詰めてきた。
悠然と、俺を値踏みする様に近づいた魔獣は、俺の近くに来るといきなり前足で払ってきた。
「うぉ! 重い!?」
一瞬の溜めもなく放たれた一撃だが、これまで受けてきたどの攻撃よりも重かった。
だが、反面速さはそこまでなく、こちらが武器で防御できるくらいの速さだ。
敵の攻撃を受けきった俺は、今度はこちらの番とばかりに狼牙棒を奴の前足に叩きつけた。
人であれば軽く3人くらいがミンチになる一撃だが、そこは魔獣。
硬い皮膚にと毛に覆われているせいで、狼牙棒の一撃が入ってもあまり効いている印象が無い。
「おいおい、俺の渾身の一撃だぞ? 大地も割った一撃で足も折れんだと?」
そんな様子に、渾身の一撃を放った俺は若干呆然としてしまう。
魔物のオーガですら一撃で倒していたのに、こんな魔獣相手にそれを破られるとは。
俺が一瞬呆けた隙を、魔獣は見逃さなかった。
彼我の差を確認したとばかりに、こちらに対してまた前足で無造作に払ってきた。
「うぉ! あぶねぇ!」
一瞬呆けていた俺は、頭を屈めて避けるとビュォ! という風切り音が頭上を通過する。
あんな一撃を、まともにくらったらアウトだ。
「将軍をお助けしろ!」
「いくぞ!」
俺が、何とかしなければと考えていると、周囲に居た兵たちが一斉に魔獣に攻撃を開始した。
ただ、このタイミングで仕掛けては危ない。
魔獣は、一斉に攻撃してきた両側の兵たちに注意を向ける。
それは、俺への警戒心が薄らいだことと一緒だった。
「よそ見をするんじゃねぇ!」
俺は、その一瞬の隙を突いて跳躍し、魔獣の頭蓋目掛けて狼牙棒を振り下ろした。
さっきまでとは違う俺の動きに、魔獣は面食らったのか目を見開いたまま俺の一撃を脳天に食らう。
「おぉ! 将軍の一撃が入ったぞ!」
「流石に今度こそ!」
周囲で戦っていた兵たちが、俺の一撃を見て歓声を一瞬上げる。
だが、その歓声は次の瞬間かき消される。
「ガァァァァァァァァァァ!!!」
魔獣が、再び咆哮をあげたのだ。
その咆哮の衝撃を、真正面からモロに食らった俺は吹き飛ぶのだった。
帝国 カレド
陛下から任命され、外交官となったのは良い。
そして、帝国に到着したのも良いだろう。
だが、物々しい兵たちに囲まれて、何とも陰気な部屋に通されたのはどういうことか?
「これが外交の普通なのか?」
私は、陛下が付けてくださった外交の専門家に訊ねると、彼は汗を拭きながら首を横に振った。
そして、帝国の水先案内人役である男の方へ視線を向けると、彼も首を横に振ってきた。
何かがおかしい。
牢獄でこそないが、部屋には私たち3人と従者が5名の計8人に対して、警備と称する帝国兵は30人程度居る。
「ひょっとすると、かなり状況は悪いのか?」
俺が、周囲の兵に聞こえないくらいの声で専門家に再度尋ねると、彼は首に手刀を軽く当てた。
そう、我が国の命の危険があるときのサインだ。
いよいよもって危ない、という事だ。
「次に通される部屋次第では、望みはありますが、正直どうなるか……、最悪カレド様だけはお逃げください。我らの代わりは居ますので……」
そう専門家の男が、小声で頷いてきた。
最悪の場合は、それも考えなければならないか……。
確かにこの場の人間の中で、武術に心得があるのは私と水先案内をしてくれた男だけ。
あとは、基本的に文官なのだ。
「わかった、最悪の場合は逃げ出して君たちの事を陛下に報告する。残った家族はこのカレドが絶対に守る」
私がそう言うと、周囲に居た文官たちも汗を流しながら頷いてきた。
私たちが、そんなやり取りをしていると突然ドアが開き一人の男が入ってきた。
その男は、これまで見ていた帝国のどの兵よりも煌びやかな鎧を身に着け、涼やかな顔で私たちの前に立った。
「エルドール王国の外交官であり、将軍の一人でもあるカレド様ですね?」
「あぁ、確かにそうだが……、貴殿は?」
私が問い返すと、男はにこやかに答えた。
「これは申し遅れました、私は帝国国防将軍の一人アイゼナッハと申します。貴殿らを、皇帝陛下の御前へとお連れする任を賜りました」
そう言って深々と一礼すると、すぐさまドアの外を指し示して「どうぞ」と道を譲ってきた。
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