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第三部

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ベルナンド付近沖合

「おぉ! 良いねぇ良いねぇ! さすが海洋魔法大国様だよ!」

 そう言ってはしゃぎながら、船のヘリから望遠レンズで港を覗き込んでいる女が居た。
 元ベルナンド海運業者の支配者アルメダである。
 変わらぬ美貌と、その美貌に凄みを与える傷が特徴の百戦錬磨の海賊である。
 彼女がはしゃいでいるのは、ベルナンド港を攻撃している戦艦を見ての事である。
 この時代の戦艦は、手漕ぎではなく帆船で船体は巨大化の一途をたどっていた。
 また、攻撃手段は魔法師を用いた大型魔法で、互いに魔法をぶつけ合う形で敵を倒すのが主流であった。
 ただ、魔法使いの確保が難しいこともあり、この様な大型船を多数持っている国は限られていた。
 その中の一つが、彼女の言った海洋魔法大国ジーパンである。
 国土の全周を海に囲まれたジーパンは、魔法使いの育成に初めて成功した国家でもあった。
 種族は海人族がメインではあるが、人族、獣人族など多種多様な種族が共生する国家でもあった。

 そんな海洋大国に拾われたのが、海賊アルメダである。
 彼女は、ベルナンドを追われたあとしばらく海上を放浪しながら略奪を繰り返していた。
 そんな彼女の噂を聞きつけて接触したのが、ジーパンである。
 彼の国は、アルメダに戦艦3隻、魔法使い百名という当時の一般的な艦隊をポンと貸し与えたのだ。
 まずありえない事だったので、もちろん疑う者も少なからずいた。
 その中の筆頭が、彼女の隣に侍る美丈夫の副官である。
 彼は、目の前で金色の髪を揺らしながらはしゃぐ船長に何度目か分からない質問をした。

「ですが、アルメダ様。本当にジーパンを信用してもよろしいのでしょうか?」
「まだ言ってるのか? 確かに信用はしたらまずいだろうが、今この時を楽しむのがあたいたち海賊の流儀だろ? なら今はジーパンの奴らが盛大に上げる花火を、あたいたちを追い出したディー……なんとかに仕返しをしてやればいいのさ!」

 彼女は、港から目を離さずにそう言い切った。
 確かにそうだと副官も頭では理解しているのだが、どこか不安があるのだろう。
 何せ、名にし負うジーパンが、自分たちの様な海賊風情に声をかけてきたのだ。
 疑いたくなるというのも人情だろう。
 また、アルメダ自身もその事は嫌というほど分かっていた。
 恐らく、ジーパンは自分たちを使い捨てる気でいる。
 それも都合が悪くなった時に差し出される生け贄の様なものだろう。
 そうならない為にも、まずは有用性を見せなければならない。
 そうしなければ生き残ることすらできなくなるだろうから。



ベルナンド港 ディークニクト

 敵の帆船は恐らく戦艦だろうと目星がついた。
 ただ、これだけの規模の魔法が使える帆船を出すとなると、相手は限られてくる。

「海洋国家のどこかだろうな……。全く面倒な事になりそうだ」

 俺は、そう思いながらも狙撃ポイントに移動する。
 敵は無地の帆を今は畳んで停船しているが、恐らく次の攻撃を考えての事だろう。

「油壷の用意は完了したか?」

 俺は先に集まっていたエルフたちに声をかける。

「今、持ってこちらに向かっているかと」
「ならば、敵がこちらに気づかない様に気をつけながら様子をうかがうぞ。連絡通路の方はどうだ?」
「連絡通路は、どうやら一本道が幸いしたようで1千の兵で何とか踏ん張っています。ただ、敵も占領が目的ではなくどうやら破壊が目的のようで、手近にある船を壊し始めています」
「では伝令を出せ、手近な船に行くなら弓矢で狙撃し、好きにさせるな。と」

 俺が指示を出すのと同時に、油壷を持ったトリスタンたちが帰ってきた。

「ディー、油壷を大量に持ってきたけどどうするんだ?」
「トリスタン、それをあの船の甲板に向かって投げられるか?」
「……なるほど、大丈夫任せておいてくれ!」

 トリスタンはそう言うと、小柄な体からは信じられない力を出して重さ20キロ近くはあろうかという油壷を次々と放り投げた。
 投げられた油壷は、見事な放物線を描きながら敵の帆船のメインマスト近くに直撃する。
 直撃と同時に、敵の甲板要員が慌て始めた。
 油が突然降ってきた事にも当然だが、それが油という時点で次の攻撃が予想できたからだ。

「すぐさま火矢を放て! 一斉でなくていい! 各個射撃でいけ!」

 命令と同時に、油壷が直撃した帆船に火矢が降り注ぐ。
 火矢は各個で精確さを二の次にして放ったが、全て過たず油のまき散らされた場所に着弾し、燃え広がった。
 一度燃えるとその勢いは止まらない。
 一瞬にして数名の甲板要員が火だるまになり、もがきながら海の中へと飛び込んでいく。
 後から出てきた甲板員が船を守るために水をかけるが、時すでに遅し。
 次々と勢いよく燃える炎は、甲板を焼き、帆を焼き、船全体を火だるまに変えていく。

「よし、後は連絡通路の敵を掃討する」

 俺がそう告げると、全員が一斉に動き出すのだった。
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