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第三部
3-6
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エルフの里 ディークニクト
互いにあと一発、となってからどれくらいの時間が経過しただろう。
お互いに間合いのギリギリで睨み合いが続いた。
5分は経ったかもしれないし、30秒程度かもしれない。
それくらい濃密な時間が俺の中で流れていた。
イアン先生の左手は潰した。
そのおかげで、槍の精度は格段に落ちたはずだ。
槍は、利き手を引き手として突き出す動作をする。
そして、反対の手は槍に添えながら方向を微調整するためにある。
イアン先生は、聞き手は右なので、左が使えない現状では精度は落ちるはずだ。
ただ、確証はない。
槍使いと対峙したこと自体あまりないのだ。
特にイアン先生は我流。
一体どんな引き出しがあるかもわからない。
俺はそんな事を考えながら、イアン先生の死角に回り込もうと右回りを始めた。
ジリジリと動く俺に、イアン先生も構えを崩さず正面を合わせてくる。
一気に突撃したいところだが、正直足がそろそろ限界を迎え始めている。
ここでイアン先生に突かれては、今の俺では避ける事すら難しいのだ。
ゆっくり、少しずつイアン先生の左側に向かって円を描く俺。
そうはさせじと、俺を正面に捉え続けるイアン先生。
互いに互いの隙を伺いながらの円運動。
永遠に続くかと思われた、その刹那。
イアン先生が、突如こちらに向かって突きを放ってきた。
しびれを切らしたか、俺が何か仕掛ける前に片をつけようとしたのか。
彼が俺の避けるであろう右側を目掛けて放つ。
このままでは直撃する!
そう思ったが、ほんの少し、あと数ミリという所で、顔の横を穂先が通過していった。
「何!?」
手元が狂ったことにイアン先生が驚きの声を挙げる。
それと同時に俺は、顔の横を通過した槍をはじき上げて間合いを詰める。
「ここだぁぁぁぁ!!!」
裂帛の気合と共に、俺が鉄鎖をイアン先生目掛けて走らせる。
鉄鎖は、金属のジャラジャラと軋む音をあげながらイアン先生のみぞおちを直撃した。
「ぐはぁぁ!!!」
最後の一撃が決まったことで、彼は嘔吐物をまき散らしながら倒れこんだ。
その様子を周りで見ていたエルフたちは、次第にざわめき始める。
「い、イアンが負けたぞ……」
「う、嘘だろ? 槍の名手イアンが」
「や、やばい、あいつはやばいぞ」
俺がイアン先生を倒したことで、周囲の浮足立っている状況が分かる。
俺は、精一杯の気迫――殺気――を込めて周囲を睥睨する。
「や、やべぇ! あいつこっちに来るぞ!」
「お、鬼だ! やはりあいつは鬼だったんだ!」
「お、俺は逃げるぞ!」
一人が逃げ出してからは早かった。
一瞬にして恐怖が伝染し、周囲を固めていた男たちのほとんどは潰走を始めたのだ。
「な、何をしている! 奴はもうあと少しで倒れる! お前ら逃げるな!」
彼らをけしかけた長老たちは、必死になって訴えているが、誰一人耳を貸さず逃げて行った。
後に取り残されたのは、動くに動けなかった者と意地だけで残った長老たちだった。
俺は、腰を抜かした奴らを無視して長老たちを挑発した。
「あと少しで倒れると思うなら、お前たちが俺の首を取りに来たらどうだ? 手負いの虎は手強いがな」
俺自身、虎とは大層なものと同列にしてしまったと思ったが、今はそれよりもこいつらを脅さなければならない。
あと少しで、俺は倒れてしまいかねないのだから。
「おおお、おい! お前が先に行け、儂は後ろから突っ込む」
「いやいやいや、何を言っておる! 儂が後ろから行く! お前さんが前を行け」
そこからは、醜い譲り合いの始まりだ。
覚悟も何も無いのにやってくるからそうなる。
安全な所から指示だけをしてきたからそうなる。
「なら、俺から行こう」
譲り合いを続ける長老たちに、俺は一歩、歩を進める。
俺の言葉が聞こえたのか、長老たちは一歩後ずさる。
また俺が一歩進めると、一歩後ずさる。
「やる気がねぇなら、さっさと失せろ!」
俺が號と吼えると同時に、長老たちは一瞬腰を抜かしかけて走り去った。
それを見届けるのと同時に、俺は傍に居るだろうビリーに合図を送る。
「ディークニクト殿」
合図とほぼ同時に、ビリーが傍らに来て体を支えてくれた。
「いいタイミングだ。少し俺は寝る。俺の足の治療とイアン先生の治療を頼む。それと……」
「周辺の警護ですね? ご安心ください。狐人族の秘伝の治療薬で傷の手当と一緒に御身たちをお守りします」
心強いその一言を聞いた俺は、安心して意識を手放すのだった。
ディークニクトが、この出来事について後に述懐している文章が残っている。
「長老たちの力を削いで、イアン先生を得る。まさに一石で二鳥を落としたものだ」と。
事実長老会は、その後姿を消し正式な文章にも他のエルフ同様に書かれていた。
また、最長老もこの出来事ののち、千年を超えると言われる生を終えている。
最長老亡き後、襲撃を企てた長老は処断された。
だが、襲撃に加わったエルフたちには、この時のことで処断はくだされなかった。
その事が後に、精強なエルフ軍を更に拡大していくことに繋がるのであった。
そして、この事件とほぼ同日帝国の侵攻は失敗に終わった。
それは、ロンドマリー侵攻が目の前に迫る出来事だった。
互いにあと一発、となってからどれくらいの時間が経過しただろう。
お互いに間合いのギリギリで睨み合いが続いた。
5分は経ったかもしれないし、30秒程度かもしれない。
それくらい濃密な時間が俺の中で流れていた。
イアン先生の左手は潰した。
そのおかげで、槍の精度は格段に落ちたはずだ。
槍は、利き手を引き手として突き出す動作をする。
そして、反対の手は槍に添えながら方向を微調整するためにある。
イアン先生は、聞き手は右なので、左が使えない現状では精度は落ちるはずだ。
ただ、確証はない。
槍使いと対峙したこと自体あまりないのだ。
特にイアン先生は我流。
一体どんな引き出しがあるかもわからない。
俺はそんな事を考えながら、イアン先生の死角に回り込もうと右回りを始めた。
ジリジリと動く俺に、イアン先生も構えを崩さず正面を合わせてくる。
一気に突撃したいところだが、正直足がそろそろ限界を迎え始めている。
ここでイアン先生に突かれては、今の俺では避ける事すら難しいのだ。
ゆっくり、少しずつイアン先生の左側に向かって円を描く俺。
そうはさせじと、俺を正面に捉え続けるイアン先生。
互いに互いの隙を伺いながらの円運動。
永遠に続くかと思われた、その刹那。
イアン先生が、突如こちらに向かって突きを放ってきた。
しびれを切らしたか、俺が何か仕掛ける前に片をつけようとしたのか。
彼が俺の避けるであろう右側を目掛けて放つ。
このままでは直撃する!
そう思ったが、ほんの少し、あと数ミリという所で、顔の横を穂先が通過していった。
「何!?」
手元が狂ったことにイアン先生が驚きの声を挙げる。
それと同時に俺は、顔の横を通過した槍をはじき上げて間合いを詰める。
「ここだぁぁぁぁ!!!」
裂帛の気合と共に、俺が鉄鎖をイアン先生目掛けて走らせる。
鉄鎖は、金属のジャラジャラと軋む音をあげながらイアン先生のみぞおちを直撃した。
「ぐはぁぁ!!!」
最後の一撃が決まったことで、彼は嘔吐物をまき散らしながら倒れこんだ。
その様子を周りで見ていたエルフたちは、次第にざわめき始める。
「い、イアンが負けたぞ……」
「う、嘘だろ? 槍の名手イアンが」
「や、やばい、あいつはやばいぞ」
俺がイアン先生を倒したことで、周囲の浮足立っている状況が分かる。
俺は、精一杯の気迫――殺気――を込めて周囲を睥睨する。
「や、やべぇ! あいつこっちに来るぞ!」
「お、鬼だ! やはりあいつは鬼だったんだ!」
「お、俺は逃げるぞ!」
一人が逃げ出してからは早かった。
一瞬にして恐怖が伝染し、周囲を固めていた男たちのほとんどは潰走を始めたのだ。
「な、何をしている! 奴はもうあと少しで倒れる! お前ら逃げるな!」
彼らをけしかけた長老たちは、必死になって訴えているが、誰一人耳を貸さず逃げて行った。
後に取り残されたのは、動くに動けなかった者と意地だけで残った長老たちだった。
俺は、腰を抜かした奴らを無視して長老たちを挑発した。
「あと少しで倒れると思うなら、お前たちが俺の首を取りに来たらどうだ? 手負いの虎は手強いがな」
俺自身、虎とは大層なものと同列にしてしまったと思ったが、今はそれよりもこいつらを脅さなければならない。
あと少しで、俺は倒れてしまいかねないのだから。
「おおお、おい! お前が先に行け、儂は後ろから突っ込む」
「いやいやいや、何を言っておる! 儂が後ろから行く! お前さんが前を行け」
そこからは、醜い譲り合いの始まりだ。
覚悟も何も無いのにやってくるからそうなる。
安全な所から指示だけをしてきたからそうなる。
「なら、俺から行こう」
譲り合いを続ける長老たちに、俺は一歩、歩を進める。
俺の言葉が聞こえたのか、長老たちは一歩後ずさる。
また俺が一歩進めると、一歩後ずさる。
「やる気がねぇなら、さっさと失せろ!」
俺が號と吼えると同時に、長老たちは一瞬腰を抜かしかけて走り去った。
それを見届けるのと同時に、俺は傍に居るだろうビリーに合図を送る。
「ディークニクト殿」
合図とほぼ同時に、ビリーが傍らに来て体を支えてくれた。
「いいタイミングだ。少し俺は寝る。俺の足の治療とイアン先生の治療を頼む。それと……」
「周辺の警護ですね? ご安心ください。狐人族の秘伝の治療薬で傷の手当と一緒に御身たちをお守りします」
心強いその一言を聞いた俺は、安心して意識を手放すのだった。
ディークニクトが、この出来事について後に述懐している文章が残っている。
「長老たちの力を削いで、イアン先生を得る。まさに一石で二鳥を落としたものだ」と。
事実長老会は、その後姿を消し正式な文章にも他のエルフ同様に書かれていた。
また、最長老もこの出来事ののち、千年を超えると言われる生を終えている。
最長老亡き後、襲撃を企てた長老は処断された。
だが、襲撃に加わったエルフたちには、この時のことで処断はくだされなかった。
その事が後に、精強なエルフ軍を更に拡大していくことに繋がるのであった。
そして、この事件とほぼ同日帝国の侵攻は失敗に終わった。
それは、ロンドマリー侵攻が目の前に迫る出来事だった。
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