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第一部
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第二王子軍 オルビス
「一体どうなっているんだ!?」
子爵領を目指し行程もほぼ終わるころ、ひときわ大きい天幕の中から大声が聞こえた。
一回目の補給以降輜重隊が到着することは無く、徐々に食糧事情が悪化しているのだ。
しかも、行けども行けども村の中の食糧庫は空で全く改善する気配がない。
もちろん、オルビスもただ手をこまねいていた訳ではない。
輜重隊につける護衛増加の命令を使者に渡して走らせていた。
それでも一向に来ないのだ。
「ネクロス! まだ前進をするのか? 流石に糧食が無いと戦えんぞ」
「後退をしたいのは山々なのですが、如何せん奥に入り過ぎております。今戻れば、確実に食料が無くなり、離散兵が大量に発生します。そうなれば、我らが領地に着くまでにほぼ全ての兵が居なくなります」
「ぐ……。ではどうせよと言うのだ?」
「現状の食糧ですと、もって2、3日ですので、敵との会戦までは持ちます。ですので、そこで奴らを蹴散らし糧食を手に入れるのです。それしか我らに道はありません」
ネクロスがそう言い切ると、オルビスは瞑目した。
行きと帰りのどっちが悲惨な状況になるか考えているのだろう。
ほんの少しの間であったが、静寂が天幕を包んだ。
そして、ゆっくりと覚悟を決めてオルビスは瞼を開けた。
「わかった。確かに追撃の可能性がある状況で離散するよりも、一瞬の力で敵を倒せるほうに賭けよう」
「ご理解いただきありがとうございます。では、私はそのように準備を進めます」
ネクロスはそう言うと、天幕を後にした。
残ったオルビスは深く、深く息を吐きだした。
まるで重苦しくのしかかった何かを出すかのように。
子爵領 ディークニクト
敵軍が、こちらの予想到着時刻から遅れること3日で到着した。
恐らく既に兵糧は消え、飢えに苦しみ始めるころだろう。
ただ、到着したと言っても約半日の距離で野営をしているだけだ。
「ディークニクト様、騎兵の用意がそろそろ完了します」
考え事をしている俺の後ろから、クローリーが声をかけてきた。
既に日が沈み始め、辺りは真っ赤に染まっている。
「わかった。クローリーは領内にてシャロミーの命令に従え」
俺がそう言うと、この非常時にクローリーは若干嬉しそうに見える。
まぁ多分彼としては、名誉挽回の機会と捉えているのかもしれない。
脈ができると良いな。
そんなクローリーの見送りを受けて、俺は騎兵隊の元へと急いだ。
騎兵隊と一緒に居るのは、キールとアーネットの二人だ。
ウォルには現在歩兵を率いさせている。
「騎兵約100騎の集結完了しております。どうぞご下命を」
キールが儀礼にのっとって俺に頭を下げてきた。
俺は頷いてから、彼らを見てみると大なり小なり不安の色が見える。
それもそのはずだ。
夜の行軍は道に迷いやすく、また魔物の徘徊するこの世界でははぐれる事は=死ぬことと同義なのだ。
それを恐れずに着いてこられる者の方が少ないのだ。
「さて、勇気溢れる諸君。俺は君たちの事がとても誇らしい。なぜならこの俺の無謀ともいえる作戦に参加しているのだから」
俺が静かにそこまで言うと、先ほどよりも悲壮な表情の者が増えた。
当たり前だ、恐怖を煽っているのだから。
「しかし、君たちはそう簡単に死ぬことは無い! 何故なら、我らエルフが付いているからだ! 君たち騎兵隊にはアーネットと俺が、先行している歩兵隊にはエルフの戦士たちが付いている!」
突然俺の声が大きくなったことで、彼らの俯きがちだった顔が上がる。
そう、力強く断言してやるのだ。
「我らエルフは、月と狩猟の神の加護を受けている! 君たちとは信じる神は違えども、共に戦うものに我らが神の加護は宿る! さぁ今こそ決戦の時だ! 敵は既に食料乏しく動くことすらままならぬ! こちらが一斉に襲い掛かれば我らのみでも十分に蹴散らせる! これまで散々領内で無法を働いた奴らに怒りの鉄槌を振り下ろすぞ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
気炎を巻き上げるように騎兵たちの雄叫びが響き渡る。
敵の間者も流石に気づき動き始めるだろう。
だが、それでも止まらない。
逆撃などさせない。
「者ども! 替え馬は持ったか!? では行くぞ!」
号令一下、騎兵たちが動き出した。
暮れなずむ夕日に向かって一つの塊となって動いた。
「中々に練度が良い兵たちだな」
「それはディーの発破があってのものだろう」
全力で駆ける騎兵の横を息一つ崩さずにアーネットがついて走る。
しかも手には巨大な狼牙棒――先端に棘のついた鉄製のこん棒――を持っているのだ。
一応騎馬にも彼にも風よけの魔法を使い、無駄な体力を消費しない様にしていると言っても、軽騎兵に追いつく歩兵というのも恐ろしい。
もちろんこれは、彼の魔法があってのものだ。
彼が得意としているのは、身体強化系の魔法で筋力などを倍化することができる。
ただ、体力までは増加しないはずなので、彼のこの体力は鍛錬の成果と言えるのだろう。
しばらく走ると、敵が陣をはっている平野の近くまで来た。
風よけの魔法のおかげもあって、当初の予定よりも少し早い到着だ。
「では全員替え馬に乗り、突撃準備を始めよ」
俺の命令と同時に、騎兵は一斉に馬を乗り換え、武器を手にした。
「一体どうなっているんだ!?」
子爵領を目指し行程もほぼ終わるころ、ひときわ大きい天幕の中から大声が聞こえた。
一回目の補給以降輜重隊が到着することは無く、徐々に食糧事情が悪化しているのだ。
しかも、行けども行けども村の中の食糧庫は空で全く改善する気配がない。
もちろん、オルビスもただ手をこまねいていた訳ではない。
輜重隊につける護衛増加の命令を使者に渡して走らせていた。
それでも一向に来ないのだ。
「ネクロス! まだ前進をするのか? 流石に糧食が無いと戦えんぞ」
「後退をしたいのは山々なのですが、如何せん奥に入り過ぎております。今戻れば、確実に食料が無くなり、離散兵が大量に発生します。そうなれば、我らが領地に着くまでにほぼ全ての兵が居なくなります」
「ぐ……。ではどうせよと言うのだ?」
「現状の食糧ですと、もって2、3日ですので、敵との会戦までは持ちます。ですので、そこで奴らを蹴散らし糧食を手に入れるのです。それしか我らに道はありません」
ネクロスがそう言い切ると、オルビスは瞑目した。
行きと帰りのどっちが悲惨な状況になるか考えているのだろう。
ほんの少しの間であったが、静寂が天幕を包んだ。
そして、ゆっくりと覚悟を決めてオルビスは瞼を開けた。
「わかった。確かに追撃の可能性がある状況で離散するよりも、一瞬の力で敵を倒せるほうに賭けよう」
「ご理解いただきありがとうございます。では、私はそのように準備を進めます」
ネクロスはそう言うと、天幕を後にした。
残ったオルビスは深く、深く息を吐きだした。
まるで重苦しくのしかかった何かを出すかのように。
子爵領 ディークニクト
敵軍が、こちらの予想到着時刻から遅れること3日で到着した。
恐らく既に兵糧は消え、飢えに苦しみ始めるころだろう。
ただ、到着したと言っても約半日の距離で野営をしているだけだ。
「ディークニクト様、騎兵の用意がそろそろ完了します」
考え事をしている俺の後ろから、クローリーが声をかけてきた。
既に日が沈み始め、辺りは真っ赤に染まっている。
「わかった。クローリーは領内にてシャロミーの命令に従え」
俺がそう言うと、この非常時にクローリーは若干嬉しそうに見える。
まぁ多分彼としては、名誉挽回の機会と捉えているのかもしれない。
脈ができると良いな。
そんなクローリーの見送りを受けて、俺は騎兵隊の元へと急いだ。
騎兵隊と一緒に居るのは、キールとアーネットの二人だ。
ウォルには現在歩兵を率いさせている。
「騎兵約100騎の集結完了しております。どうぞご下命を」
キールが儀礼にのっとって俺に頭を下げてきた。
俺は頷いてから、彼らを見てみると大なり小なり不安の色が見える。
それもそのはずだ。
夜の行軍は道に迷いやすく、また魔物の徘徊するこの世界でははぐれる事は=死ぬことと同義なのだ。
それを恐れずに着いてこられる者の方が少ないのだ。
「さて、勇気溢れる諸君。俺は君たちの事がとても誇らしい。なぜならこの俺の無謀ともいえる作戦に参加しているのだから」
俺が静かにそこまで言うと、先ほどよりも悲壮な表情の者が増えた。
当たり前だ、恐怖を煽っているのだから。
「しかし、君たちはそう簡単に死ぬことは無い! 何故なら、我らエルフが付いているからだ! 君たち騎兵隊にはアーネットと俺が、先行している歩兵隊にはエルフの戦士たちが付いている!」
突然俺の声が大きくなったことで、彼らの俯きがちだった顔が上がる。
そう、力強く断言してやるのだ。
「我らエルフは、月と狩猟の神の加護を受けている! 君たちとは信じる神は違えども、共に戦うものに我らが神の加護は宿る! さぁ今こそ決戦の時だ! 敵は既に食料乏しく動くことすらままならぬ! こちらが一斉に襲い掛かれば我らのみでも十分に蹴散らせる! これまで散々領内で無法を働いた奴らに怒りの鉄槌を振り下ろすぞ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
気炎を巻き上げるように騎兵たちの雄叫びが響き渡る。
敵の間者も流石に気づき動き始めるだろう。
だが、それでも止まらない。
逆撃などさせない。
「者ども! 替え馬は持ったか!? では行くぞ!」
号令一下、騎兵たちが動き出した。
暮れなずむ夕日に向かって一つの塊となって動いた。
「中々に練度が良い兵たちだな」
「それはディーの発破があってのものだろう」
全力で駆ける騎兵の横を息一つ崩さずにアーネットがついて走る。
しかも手には巨大な狼牙棒――先端に棘のついた鉄製のこん棒――を持っているのだ。
一応騎馬にも彼にも風よけの魔法を使い、無駄な体力を消費しない様にしていると言っても、軽騎兵に追いつく歩兵というのも恐ろしい。
もちろんこれは、彼の魔法があってのものだ。
彼が得意としているのは、身体強化系の魔法で筋力などを倍化することができる。
ただ、体力までは増加しないはずなので、彼のこの体力は鍛錬の成果と言えるのだろう。
しばらく走ると、敵が陣をはっている平野の近くまで来た。
風よけの魔法のおかげもあって、当初の予定よりも少し早い到着だ。
「では全員替え馬に乗り、突撃準備を始めよ」
俺の命令と同時に、騎兵は一斉に馬を乗り換え、武器を手にした。
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