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25.狼と女神

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「珠奈様!!」

 扉が壊れそうなほどの勢いで開くと、そこには綺麗さっぱり腕輪がなくなり、両手が自由となったアランが焦った顔をして立っていた。

 珠奈を見るや否やその表情は驚きへと変わったが、アランがそうなるのも無理はない。

 顔を赤らめさせた珠奈がほぼ全裸の男の上に跨がりながら相手の目を塞ぎ、更にはその男の口へと舌を伸ばしているのだ。
 はたから見たらさぞ凄まじい光景だろう。


「貴様………珠奈様に何をしている……?」


 驚きに固まっていたアランだが、目の前に広がる光景を理解した後、その表情は最終的に般若へと変貌を遂げた。

 ルイに対して何をしている、とアランは唸るような声を放ったが間違いである。
 この行為を行っているのは、ルイの上で足を開き跨っている少々はしたない状態の珠奈である。

 珠奈はやましい事を見られたような居心地の悪さを感じながら、ルイの口元へ近づけていた己の顔をそっと離した。


「珠奈様に無体な真似を……。今ここでその首を掻き切ってやる」
「ま、待って!これは合意の上だから!」
「合意の、上………?」
「いや、違う!違わないけど違うから!!」
「はぁ、せっかくいいところだったのに……」
「貴様っ………!!!」
「ルイも誤解を招くような事言わないで!アランさんは殺気をしまって!!」

 ルイの目元を覆っていた手を外しカウチからその身を離そうとしたが、がっしりと珠奈の腰に回ったルイの腕がそれを拒んだ。
 それどころか、より強い力で珠奈の腰を引き寄せるではないか。


「ちょっと、ル……んぅ!」


 動きを阻まれた事を抗議しようとした珠奈の唇がその言葉を告げる事はなく、ルイの唇によって塞がれた。
 ルイの右手はいつの間にか珠奈のうなじに伸びており、顔を背ける事すら出来ない。

「ん……ふっ………ぁ…!」

 差し込まれた舌にざらりと舌を絡めて取られ、珠奈は身体の奥にじんわりと響くようなその快感に肌を粟立たせた。
 それに加えて、うなじを支えている手が微かに首筋を指でなぞりだすと、その刺激に思わず珠奈は甘い声を漏らす。
 くちゅりと口腔に響く濡れた音に、耳まで犯されているような気分になってしまう。

 ゆっくりと舌が離れてゆくと、目の前にはいたずらっ子のような笑みを浮かべたルイがいた。

 いきなりのその行為に珠奈が呆然としていると、ふわりと身体が突然宙に浮き、質量のある温かい何かに包まれた。
 そして、一拍遅れてアランに抱き上げられたのだ、と気が付く。


「珠奈様、大丈夫ですか?この不届き者を始末してよろしいでしょうか」
「おや、狭量だね。ほんの少しだけ珠奈の甘い蜜を分けてもらっただけだよ。治療の一環としてね」
「…………待て、なぜ貴様が珠奈様を呼び捨てにしている」
「私と珠奈はそういう関係だから、ね?」

 ルイは意味深な笑みを浮かべて珠奈を見つめながら、その長い足を組む。
 腰元のタオル一枚だけというかなり際どい格好でそのような行動をして欲しくはないのだが、今はそれどころではない。

「ルイッ!もう少し違う言い方があるでしょ!ア、アランさん?治療というのは本当ですからね?ただ、何度も急にキスしてくるのはどうかと思います。それについては私も強く抗議します」
「……ねぇ、珠奈。私の事が嫌い?」
「そういう事じゃないでしょ!!」
「何度も、急に………?貴様、珠奈様になんて真似をっ……!!」

 余裕の微笑みを浮かべ濡れた口元を長い指で拭う女神と、今にも唸り声をあげ牙を剥きそうな狼との狭間で珠奈は頭を抱えていた。
 とんでもない拾い物をしてしまったのかもしれない、と後悔してももう遅いのである。


「珠奈様、このような物を拾ってきてはいけません。とりあえずコレはそこら辺に捨ててきましょう。害悪な存在をこの部屋に置いておいたら珠奈様の身体が危ない」

 アランは珠奈を横抱きに抱えたままより一層強く抱きしめ、ルイから珠奈を隠すように背を向けた。
 その一方、珠奈は上半身に何も纏っていないアランとの濃密な接触に加え、不意打ちで横抱きにされたため内心は全く穏やかではなく、心臓はバクバクと鼓動を早めていた。

(お、お姫様抱っこされてる……!!恥ずかしいし、私重いから降ろして欲しい!!……それにしてもやっぱりアランさん身体すごい。服着てないから筋肉質なのが良く分かるし、胸板もがっしりしてる……。てかアランさんの顔が近い!!)

 降ろして欲しい、と伝えようとアランを見上げれば、ほんの少し毛先に癖のあるアランの髪の毛に触れてしまうほどの距離にその顔があった。
 間近にある金の瞳に見つめられ、つい動けなくなってしまった珠奈にアランは眉を顰める。

「……アランさん?」
「今日の珠奈様からは色んな男のにおいがします」
「あー……。今日はちょっとだけ色々あったので……」

 そう答えた途端に、アランは切なそうな目で珠奈を見つめてきた。ウルウルとした子犬のような瞳は反則だ。
 珠奈はウッと息を詰まらせながら目を逸らす。

「珠奈が身を挺して私を助けてくれたんだよ」
「貴様には聞いていない」
「へぇ?じゃあ、私が珠奈と何をどこまでしたのか気にならないんだ?」
「貴様っ!!」
「二人とも落ち着いて!アランさん、もう大丈夫ですので床に降ろしてもらえますか?」

 アランの胸に添えた手で軽く叩いてアピールをしたのだが、抱き上げているその腕の力は何故か一層強くなった。
 不審に思った珠奈が再びアランを見上げると、先程までのウルウルとした子犬は何処へやら、いつの間にか真剣な顔になっている。

「あの……?」
「駄目です」
「私、結構重いので降ろしてください」
「嫌です」


(えぇ……)

 険しい顔をしたアランにすげなく拒否されてしまった。

 心配故に抱き上げてくれているのだろうが、このままでは恥ずかしいうえに話しにくい。
 そのうえ、決して軽くはない体重なのだから抱き上げているアラン自身が大変だろう。


 そんな困惑気味の珠奈に気が付いたルイが綺麗な顔でニヤリと笑った。

「あんまり強引だと珠奈に嫌われてしまうよ?」
「うっ………」

 その言葉はアランの急所に入ったらしく、腕の力が少し緩んだ。
 これは降ろしてもらえるのでは、と思ったのだが、切ない目をした子犬が再び現れてしまった。

 こうなってしまうと珠奈は途端に弱ってしまう。

「……珠奈様、俺の事を嫌いになりましたか?」
「おや、これはまた随分自信があったんだね」
「どういう意味だ」
「珠奈から好かれていると思っているからこその、その言葉なんでしょう?」
「……………」

(もう、なんでそういう事を言っちゃうの!綺麗な顔してルイって結構意地悪かも……)


 珠奈が小さくため息を吐くと、アランの筋肉が強張った。

「珠奈様…………」
「そんな顔しないでください。そもそも、アランさんの事が嫌いだったら大人しく抱っこなんてされてません。殴ってでも降ります」
「珠奈は意外と思い切りが良いからね。だから初対面の私にくち――」
「ルイッ!!それはもういいから!!」


 ルイのその言動に珠奈は確信する。


(今のは絶対に、口移しで水を飲ませた事をわざとアランさんに言おうとした!それも、タイミングが悪い事を理解したうえで……!)

 その証拠にキッと睨み付けた珠奈に対して、それはそれは美しい笑みを返してくる。

「とにかく、そんなに心配しなくても私はアランさんの事は好きですよ?」
「しゅ、な……さま…………」

 アランの顔が見る見るうちに熟れたリンゴのように染まった。恥ずかしいのか珠奈から顔を逸らしたが、耳まで真っ赤なのがバレバレだ。

(あらあら、可愛い)

 真っ赤になっているアランがあまりに可愛くて、珠奈はついつい顔を緩ませてしまう。
 手を伸ばしてその黒髪に触れれば、恥ずかしそうに眉を下げつつ珠奈をチラリと見た金色の瞳と目が合った。


 そんな微笑ましい様子を面白くなさそうに眺めている女神が一人。


「私の事は除け者にするのかな?珠奈とは仲良くなったと思ったのだけれどね」
「仲良くなったと思うのなら、わざと場を乱すような発言はしないで欲しいんだけど……。それと早く服着て。本当に風邪引くよ?」

「珠奈は優しいね。………はぁ。珠奈に免じて今はそこの若いオオカミ君に珠奈を譲ってあげる」
「は?誰が珠奈様を譲る、だと?」


 ガルガルと威嚇するアランと、涼しい笑みで挑発するルイに珠奈は大きなため息を吐いた。
 珠奈に対して好意的なのはとても喜ばしい事だ。誰だってわざわざ嫌われたくはないのだから。

 しかし、このようなしょうもない言い争いに延々と付き合わされるのは御免こうむる。


「ねぇ、そろそろいい加減にしてもらえる?」


 地を這うような声で珠奈がそう言うと、いがみ合っていた二人は途端に静かになった。
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