27 / 49
25.狼と女神
しおりを挟む「珠奈様!!」
扉が壊れそうなほどの勢いで開くと、そこには綺麗さっぱり腕輪がなくなり、両手が自由となったアランが焦った顔をして立っていた。
珠奈を見るや否やその表情は驚きへと変わったが、アランがそうなるのも無理はない。
顔を赤らめさせた珠奈がほぼ全裸の男の上に跨がりながら相手の目を塞ぎ、更にはその男の口へと舌を伸ばしているのだ。
はたから見たらさぞ凄まじい光景だろう。
「貴様………珠奈様に何をしている……?」
驚きに固まっていたアランだが、目の前に広がる光景を理解した後、その表情は最終的に般若へと変貌を遂げた。
ルイに対して何をしている、とアランは唸るような声を放ったが間違いである。
この行為を行っているのは、ルイの上で足を開き跨っている少々はしたない状態の珠奈である。
珠奈はやましい事を見られたような居心地の悪さを感じながら、ルイの口元へ近づけていた己の顔をそっと離した。
「珠奈様に無体な真似を……。今ここでその首を掻き切ってやる」
「ま、待って!これは合意の上だから!」
「合意の、上………?」
「いや、違う!違わないけど違うから!!」
「はぁ、せっかくいいところだったのに……」
「貴様っ………!!!」
「ルイも誤解を招くような事言わないで!アランさんは殺気をしまって!!」
ルイの目元を覆っていた手を外しカウチからその身を離そうとしたが、がっしりと珠奈の腰に回ったルイの腕がそれを拒んだ。
それどころか、より強い力で珠奈の腰を引き寄せるではないか。
「ちょっと、ル……んぅ!」
動きを阻まれた事を抗議しようとした珠奈の唇がその言葉を告げる事はなく、ルイの唇によって塞がれた。
ルイの右手はいつの間にか珠奈のうなじに伸びており、顔を背ける事すら出来ない。
「ん……ふっ………ぁ…!」
差し込まれた舌にざらりと舌を絡めて取られ、珠奈は身体の奥にじんわりと響くようなその快感に肌を粟立たせた。
それに加えて、うなじを支えている手が微かに首筋を指でなぞりだすと、その刺激に思わず珠奈は甘い声を漏らす。
くちゅりと口腔に響く濡れた音に、耳まで犯されているような気分になってしまう。
ゆっくりと舌が離れてゆくと、目の前にはいたずらっ子のような笑みを浮かべたルイがいた。
いきなりのその行為に珠奈が呆然としていると、ふわりと身体が突然宙に浮き、質量のある温かい何かに包まれた。
そして、一拍遅れてアランに抱き上げられたのだ、と気が付く。
「珠奈様、大丈夫ですか?この不届き者を始末してよろしいでしょうか」
「おや、狭量だね。ほんの少しだけ珠奈の甘い蜜を分けてもらっただけだよ。治療の一環としてね」
「…………待て、なぜ貴様が珠奈様を呼び捨てにしている」
「私と珠奈はそういう関係だから、ね?」
ルイは意味深な笑みを浮かべて珠奈を見つめながら、その長い足を組む。
腰元のタオル一枚だけというかなり際どい格好でそのような行動をして欲しくはないのだが、今はそれどころではない。
「ルイッ!もう少し違う言い方があるでしょ!ア、アランさん?治療というのは本当ですからね?ただ、何度も急にキスしてくるのはどうかと思います。それについては私も強く抗議します」
「……ねぇ、珠奈。私の事が嫌い?」
「そういう事じゃないでしょ!!」
「何度も、急に………?貴様、珠奈様になんて真似をっ……!!」
余裕の微笑みを浮かべ濡れた口元を長い指で拭う女神と、今にも唸り声をあげ牙を剥きそうな狼との狭間で珠奈は頭を抱えていた。
とんでもない拾い物をしてしまったのかもしれない、と後悔してももう遅いのである。
「珠奈様、このような物を拾ってきてはいけません。とりあえずコレはそこら辺に捨ててきましょう。害悪な存在をこの部屋に置いておいたら珠奈様の身体が危ない」
アランは珠奈を横抱きに抱えたままより一層強く抱きしめ、ルイから珠奈を隠すように背を向けた。
その一方、珠奈は上半身に何も纏っていないアランとの濃密な接触に加え、不意打ちで横抱きにされたため内心は全く穏やかではなく、心臓はバクバクと鼓動を早めていた。
(お、お姫様抱っこされてる……!!恥ずかしいし、私重いから降ろして欲しい!!……それにしてもやっぱりアランさん身体すごい。服着てないから筋肉質なのが良く分かるし、胸板もがっしりしてる……。てかアランさんの顔が近い!!)
降ろして欲しい、と伝えようとアランを見上げれば、ほんの少し毛先に癖のあるアランの髪の毛に触れてしまうほどの距離にその顔があった。
間近にある金の瞳に見つめられ、つい動けなくなってしまった珠奈にアランは眉を顰める。
「……アランさん?」
「今日の珠奈様からは色んな男のにおいがします」
「あー……。今日はちょっとだけ色々あったので……」
そう答えた途端に、アランは切なそうな目で珠奈を見つめてきた。ウルウルとした子犬のような瞳は反則だ。
珠奈はウッと息を詰まらせながら目を逸らす。
「珠奈が身を挺して私を助けてくれたんだよ」
「貴様には聞いていない」
「へぇ?じゃあ、私が珠奈と何をどこまでしたのか気にならないんだ?」
「貴様っ!!」
「二人とも落ち着いて!アランさん、もう大丈夫ですので床に降ろしてもらえますか?」
アランの胸に添えた手で軽く叩いてアピールをしたのだが、抱き上げているその腕の力は何故か一層強くなった。
不審に思った珠奈が再びアランを見上げると、先程までのウルウルとした子犬は何処へやら、いつの間にか真剣な顔になっている。
「あの……?」
「駄目です」
「私、結構重いので降ろしてください」
「嫌です」
(えぇ……)
険しい顔をしたアランにすげなく拒否されてしまった。
心配故に抱き上げてくれているのだろうが、このままでは恥ずかしいうえに話しにくい。
そのうえ、決して軽くはない体重なのだから抱き上げているアラン自身が大変だろう。
そんな困惑気味の珠奈に気が付いたルイが綺麗な顔でニヤリと笑った。
「あんまり強引だと珠奈に嫌われてしまうよ?」
「うっ………」
その言葉はアランの急所に入ったらしく、腕の力が少し緩んだ。
これは降ろしてもらえるのでは、と思ったのだが、切ない目をした子犬が再び現れてしまった。
こうなってしまうと珠奈は途端に弱ってしまう。
「……珠奈様、俺の事を嫌いになりましたか?」
「おや、これはまた随分自信があったんだね」
「どういう意味だ」
「珠奈から好かれていると思っているからこその、その言葉なんでしょう?」
「……………」
(もう、なんでそういう事を言っちゃうの!綺麗な顔してルイって結構意地悪かも……)
珠奈が小さくため息を吐くと、アランの筋肉が強張った。
「珠奈様…………」
「そんな顔しないでください。そもそも、アランさんの事が嫌いだったら大人しく抱っこなんてされてません。殴ってでも降ります」
「珠奈は意外と思い切りが良いからね。だから初対面の私にくち――」
「ルイッ!!それはもういいから!!」
ルイのその言動に珠奈は確信する。
(今のは絶対に、口移しで水を飲ませた事をわざとアランさんに言おうとした!それも、タイミングが悪い事を理解したうえで……!)
その証拠にキッと睨み付けた珠奈に対して、それはそれは美しい笑みを返してくる。
「とにかく、そんなに心配しなくても私はアランさんの事は好きですよ?」
「しゅ、な……さま…………」
アランの顔が見る見るうちに熟れたリンゴのように染まった。恥ずかしいのか珠奈から顔を逸らしたが、耳まで真っ赤なのがバレバレだ。
(あらあら、可愛い)
真っ赤になっているアランがあまりに可愛くて、珠奈はついつい顔を緩ませてしまう。
手を伸ばしてその黒髪に触れれば、恥ずかしそうに眉を下げつつ珠奈をチラリと見た金色の瞳と目が合った。
そんな微笑ましい様子を面白くなさそうに眺めている女神が一人。
「私の事は除け者にするのかな?珠奈とは仲良くなったと思ったのだけれどね」
「仲良くなったと思うのなら、わざと場を乱すような発言はしないで欲しいんだけど……。それと早く服着て。本当に風邪引くよ?」
「珠奈は優しいね。………はぁ。珠奈に免じて今はそこの若いオオカミ君に珠奈を譲ってあげる」
「は?誰が珠奈様を譲る、だと?」
ガルガルと威嚇するアランと、涼しい笑みで挑発するルイに珠奈は大きなため息を吐いた。
珠奈に対して好意的なのはとても喜ばしい事だ。誰だってわざわざ嫌われたくはないのだから。
しかし、このようなしょうもない言い争いに延々と付き合わされるのは御免こうむる。
「ねぇ、そろそろいい加減にしてもらえる?」
地を這うような声で珠奈がそう言うと、いがみ合っていた二人は途端に静かになった。
10
お気に入りに追加
713
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?
sorato
恋愛
休日出勤に向かう途中であった筈の高橋 菫は、気付けば草原のど真ん中に放置されていた。
わけも分からないまま、偶々出会った奴隷商人から一人の男を購入する。
※タイトル通りのお話。ご都合主義で細かいことはあまり考えていません。
あっさり日本人顔が最も美しいとされる美醜逆転っぽい世界観です。
ストーリー上、人を安値で売り買いする場面等がありますのでご不快に感じる方は読まないことをお勧めします。
小説家になろうさんでも投稿しています。ゆっくり更新です。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる