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前世の記憶 ①
しおりを挟むガリアナ・ハルトマンは侯爵家の娘だ。
誠実で真面目な父、穏やかで明るい母、そして5つ上の、父によく似た兄。
決して賑やかではなかったが、仲の良い温かな家庭に生まれ、愛を注がれた。
そんな日々が終わったのは、ガリアナが4歳の頃。
元から体が強くはなかった母が、ほとんどの人は死に至らない流行病をこじらせて亡くなった。
貴族としては珍しく、乳母を使わず自らの手で子どもたちを育てていた母。そんな母のそばを離れることがなかったガリアナは、母の死を幼いながらに理解し、大きなショックを受けた。
ガリアナの幼い頃の記憶が曖昧なのはこのせいだ。
妻を亡くした夫は、はじめは妻の遺志を継いで乳母に頼らず子育てをしようと思っていた。しかし、爵位をついでやっと数年。侯爵としての仕事とまだ幼い子ども2人の世話を両立させることに限界を感じ、息子と娘それぞれに乳母をつけることにした。
乳母を2人別々につけたのは、どちらか片方に乳母の愛情が偏るのを防ぐためだった。
乳母が子供の様子を見るようになり、これまで溜めていた仕事を必死に片付け終わった頃には数ヶ月経っていた。そして、その頃には既に娘のガリアナは部屋から出てこなくなっていた。
愛する妻を亡くした夫は、その寂しさを紛らわすためにほとんど寝ずに仕事に明け暮れた。
もちろん子供を蔑ろにする気はなく、毎日乳母に様子を報告させていた。しかし、自分の目で確認する余裕は、この頃の侯爵にはなかった。
兄につけた乳母は、兄に対し早くも忠誠心のようなものを抱え、優しく、時に厳しくも愛情を惜しまず注いだ。兄も乳母によく懐いていた。
しかし妹につけた乳母は、とにかく金に目がなかった。元々給金が良いことを理由に乳母を志望したのだ。いや、そこまではよくある話。この乳母は、はじめは給金分は働くつもりだった。だが毎日の報告をするのみで、侯爵が子供と接する様子はない。つまり、どれだけ頑張ってもどれだけ手を抜いても、侯爵には伝わらないのだ。
それに子供はまだ幼く、母を亡くしたショックであまり話さなくなったというから都合が良かった。
まず、子供を部屋に閉じ込めることにした。
そうすれば服を汚したり転んだりした時の余計な世話の手間が省けるから。
屋敷中の使用人達も、子供がショック状態なのを知っていたからか、「部屋から出たがらない。時折奥様の部屋に行っている。」と言えば気の毒そうな顔をした。
そんな日々がしばらく続いて、ある日乳母は死んだ奥様の部屋から上等な鏡を盗んだ。ほんの出来心だった。それから数日は、とんでもないことをしてしまったと怯え、鏡を戻そうかと悩んだのだが、結局誰からも咎められなかった。乳母にとってこの体験は、一種の快感となった。
手を抜いて給金を貰い、さらに自分を雇用している家のものを盗んでもバレないなんて。
そうして乳母は、計画を立てた。
まず、子供を自分に依存させること。
そして、この屋敷中から孤立させること。
侯爵家の娘だから、いずれはそれなりの家に嫁いでいってしまうが、それまでにたくさん金品を奪ってしまえば職がなくても一生生活に困らないだろう。
こうして、ガリアナの1度目の人生は、悲劇の幕を開けたのだった。
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