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序章:異世界にて

第四話:夜の森

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「疲れた……、今度は森……か」

 なんとか王城から逃げ切ったヴィルは、知らない暗い森に転移していた。
 最後に発動した転移魔法は、エリザの記憶にもなかった魔法。
 そのおかげで逃げ切れたのだが体が重い、あれだけ無尽蔵にあった魔力は底をついているようだ。

「魔力切れでこんな森の中……、どうすんだよ」

 腹の剣を抜くと硬い地面に寝そべり天を仰ぐ。全身血まみれの少女が森で倒れている光景は、側から見れば完全に事件だ。
 実際はもっとやばい事件の、それも犯人なんだが……と苦笑する。
 木々の隙間から差し込む月明かりが、木の葉の影を薄く落としている。
 静寂に、穏やかな風が吹く森の中。さっきまで拷問のような仕打ちをされていたヴィルは開放感に泣きそうになる。

「痛かった……」

 あんなに苦しかったのに、なんで諦めなかったのかと、やはり不思議に思う。もうあんな痛みは嫌だ。
 次にあんな目にあったら、きっと心が壊れてしまう。
 平穏にスローライフを送るのもいいが。

「よしっ、とりあえず強くなろう。そうすればこの世界で苦しむことはないだろう」

 静かな森で寂しさを紛らわすように、大きめの独り言をする。
 ようやく楽しい異世界生活が始まるのだと、口元が緩んだ。

「なんだ、獣臭……?」

 風に乗って流れてきたひどい悪臭に、鼻をつまみ。
 確信に近い嫌な予感に、軽く白目を剥くと。
 ザッと草木をかき分けて、狼型の魔獣が8頭ほど現れる。

「グルルルッ」
「いや、ついて無さすぎでしょ? ニート生活二十年分の試練が用意されてんじゃねーのか?」

 自身の不運さを嘆くが、目の前の魔獣には通じるはずもない。

「こんな細い美少女、食うとこねえって」
「グルルルッ」

 ダメだ、獲物だと判断されてしまった。
 魔力が枯渇しているせいか体に力が入らない。レオナ戦より悪化している状況、これから何が起こるか想像しなくてもわかる。

 落ちた剣を握る力もないので、太めの枝を拾い上げ構える。
 闘犬をはるかに凌ぐ筋肉量の魔獣を相手どるのには、心許ないにもほどがあろう。
 足の震えを止めるため膝を叩こうとすると、魔獣の目が鋭く光り一斉に襲いかかる。

「ちっ、来んなよッ!」

 棒で応戦するも虚しく、地面に組み伏せられる。
 激しく息を荒げ、よだれを垂らして大口を開ける魔獣たちに理性はなく、食欲のままに少女を貪るつもりだ。 

「うああァぁぁぁあ!」

 全身に鋭い牙が突き立てられ、骨を噛み砕かれる痛みが走る。生きながら食われる恐怖は軽々と想像を絶した。

「ひっ! やめろ……」

 バキバキと乾いた音を立てて勢いよく右腕の骨が噛み砕かれ、そのまま引きちぎられる。

「あッ……、あああああああッ!!!」

 静かな森に少女の悲鳴が響き渡るも、助けがくる筈もなく。

「待って……、やめろ……やめ……いッ……」

 同様に左腕も奪われる。血と涙で顔はぐしゃぐしゃになり、次の恐怖へと思考が釘付けになる。

「おい……おい……」

 一頭がヴィルの頭を咥えると、頭蓋骨が軋む音を立て始め、頭の中にその音が響く。
 酷くゆっくりと感じる。頭が割られる恐怖と、早く楽になりたいという思いが頭を駆け回る。

「嫌だ……」

 言葉は魔獣に届かず、恐怖の詰まったヴィルの頭蓋が中身を弾けさせると、彼の意識は途切れた。

 四肢を捥がれ、頭部も潰れた少女は力無く、魔獣の餌肉として地に転がっている。
 狩りを終えた魔獣は、自分の取り分を千切ると少し離れて、美味しそうに肉を頬張っていた。
 その群れの中央で、血の池に浮かぶ小さな脊椎。
 明らかにただの残骸のソレから、再び肉と骨が形成され始める。 

「……。これでも、再生すんのかよ……」

 遂には頭まで再生し意識を取り戻すヴィル。
 死ななかったことよりも、これからずっと魔獣の飢えが満たされるまで、食われ続けるのかという恐怖が襲う。
 しかし同時に、自分の肉体を喰らう魔獣に怒りが込み上げてくる。

「勝手に食ってんじゃねぇよ……。俺もコンビニ行けてなかったから腹減ってんだよ」
「グルル」
「お前らが俺を食うなら、俺がお前らを食っても文句は言えないよな」

 ヴィルは口角を釣り上げ、不気味に笑う。自分でも、頭を割られておかしくなったのだと思っている。

「お前、さっき俺の右腕ちぎったやつだな……」

 そう言ってその一頭に飛びかかると、口を開けた魔獣に自分の腕をのどまで突っ込み窒息させ、目玉に噛み付き啜り出す。

「キャウン!」
「オエ、まっず」

 口から魔獣の目玉を吐き捨てる。
 目玉と交換に無くなった腕が数秒で再生すると、狂人を前に怯む魔獣達を睨む。

「ほら無限に食える人肉だッ! 食べ放題なら食わなきゃ損だろ!!!」

 紅の瞳に狂気の輝きを灯して笑う少女に、魔獣が飛びかかる。
 そこからは、まさに地獄絵図だった。
 一人の少女に群がり、その肉を貪る魔獣。喰われながらも魔獣の喉元に喰らいつき抗う少女。
 喰われては再生しを繰り返し、痛みも感じずひたすらに魔獣を殺そうと足掻く。
 衣服はなくなり、少女の白髪は血で赤く染まる。

 そうして喰らい合い、どのくらいの時間が経ったか、4匹ほど殺したところで魔獣は走り去った。

「やってやたぜ……。ああ、腹いっぱい」

 ヴィルは凄まじい達成感に身を震わし、泥のように眠りについた。
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