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53備えあれば患いなし、根回しって重要です

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 ロバート追跡劇より三週間。

 私とライガは国王に呼び出されて、別々の部屋で個別に取り調べのように細かい点まで報告させられたり、オールノット公爵と共に、何度も国防関係者の治安強化ミーティングに参加したりと大忙しだ。

 また、ナルニエント公爵家内の今後の在り方、中長期の運営計画、そして人事について等などを父公爵、兄アーシヤと三人で腹を割って話し合った。

 数か月前にアーシヤが辞めさせたベテラン執事に頼み込んで戻ってきてもらい、使用人やメイド達へはあらためてナルニエント城内で働く上での心構えや理念、方針を簡単に提示し、個別面談を行った。オールノット公爵の手引きでこちらにきていた者達の半数は職を辞す事が決まった為、新しく人員の募集も手配した。

 その他にも、ライガを通してメシ屋のビー達に手紙をだしたりとまあ、なかなかにバタバタして過ごした。

 私とライガ、そしてオールノット公爵は、ヨーロピアン国王暗殺を未然に防ぎ、ロバートを捕まえた功績により、褒賞を頂く事が決まった。
 国を上げての久々の大きな式典だ。多分、国内外の不穏分子への牽制の意味もあると思う。

 ヨーロピアン国の王族をはじめ、七公爵家から平民出身の下級貴族まで、多くの人間が集う社交の場へ、私とライガは両親と共に参列した。

 ヨーロピアン城の大広間は豪華でありながら品の良い設えと、慶事ということで、数多の花々で飾られており、目でも香りでも楽しめる空間となっていた。

「オールノット公爵ご夫妻、ならびにナルニエント公爵ご夫妻、ジェシカ様と専任剣士のご到着です」

 大広間入口で担当騎士が入場を知らせる声を上げる。控えの間から案内された我々は、何百人と集まっている人々の視線を浴びながら、まっすぐ広間奥にある王座まで進む。まあまあ、遠い。

 玉座の前には、国王専属の騎士隊が三十名程並んでいる。
 舞台のように高い場所にある玉座には国王マクシミリヨン3世が座り、その右手には王妃と第一王子、第二王子が、そして国王の左手には、妃妾と第三王子のフランツ様が座ってこちらを見下ろしている。

 我々は順に、壇上のロイヤルファミリーの方々に挨拶する。

 ちなみに、ナルニエント公爵夫人である私の母テイラーは、現国王マクシミリヨン王の伯母にあたる。私は今回の報奨で自分の願いをかなえるべく、母からも国王へ手紙を書いてもらい、またお会いした機会に直接私からも説明を申し上げ、根回しをしてきた。

 やはり、ビジネスでも、こちらの世界の社交でも、自身の計画を進めようと思ったら、関係者への根回しはかかせない。

 会議ではじめて意見を伝えるのでは遅いのだ。常日頃から周りや決定権を持つ人物に、自分の考えを理論的に述べておき、その計画のメリット、デメリットをも伝え、それでもこの提案を推す理由、意義を何度も繰り返し伝えておく事が肝要だ。
 勿論ケースバイケースだし、これが唯一の正解ではないけれど、根回しは多くの場合なかなか効く方法だと思う。

 オールノット公爵が国王からお褒めの言葉と報奨として新しい船を賜わった後に、私の名前が呼ばれた。

「ジェシカ・デイム・ドゥズィエム・ナルニエント嬢。あなたと専任剣士ライガのお陰で国の平和を乱す不心得者を補する事ができた。感謝する」
「畏れ多いお言葉でございます。国王マクシミリアン様の、そしてヨーロピアン国のお役に立てて大変嬉しく存じます」

 頭を低くする私の後ろでは、ライガが両膝をつきながら、剣士の最敬礼をとっている。

「こたびの件で一番の功労者である。ジェシカ嬢、好きなものを褒美としてとらせよう。何を望む?」
「有難きお言葉。それでは、ひとつ、願い事がございます」
「申してみよ」

 私は、大きな声で、ゆっくりハッキリと国王に向かって申し上げる。

「はい、では申し上げます。兄アーシヤは現在体調を崩しております。兄は跡取りという大事な体です。彼に何かあっては一大事ですので、しばらく公爵領を離れさせゆっくり養生させたく存じます。そこで最長五年という期限付きで、私が兄アーシヤにかわりナルニエント公爵代理となる権利をお認め頂ければと存じます」

 『なにを言うのだ!?』『女が公爵代理になるなどと、あり得ない!!』『身の程を知れ』

 私の言葉により、一気に大広間中 喧喧囂囂けんけんごうごうとした場へと化した。

 反対意見がでるのは、想定の範囲内だ。

 この国では、女性の跡取りはいない。女性は意見は言えても、決定権はない。
 私は、アーシヤを一時的に安全安心な場所へと避難させると同時に、女性の地位を確立させようと考えた。貴族の娘の結婚は、政治的な観点から結ばれる。そこに本人の意思が介入する余地はない。

 私はずっと自分の結婚について、自分で決定する権利を掴む方法を考えていた。そして、今回の事件の後始末をどうつけるかで、一石二鳥の良い手を思い付いた。私が、公爵代理になっちゃえばいいのだと。

 公爵代理は、通常その跡取り息子、つまり兄アーシヤが持つ権利だ。公爵代理は、現公爵から跡取りの次世代公爵へその業務を移行する為の準備期間の意味を持つ。どうしてもその判断が認められない場合のみ、現公爵と公爵代理による話し合いがもたれるが、基本的には公爵業務の全ての決定権を公爵代理が持つと言っていい。

 私がどれだけ剣の腕を磨き、どれだけ知識を詰め込み手柄を上げようと、アーシヤの持つ権利を正攻法で奪うことは、この男性社会ではまず不可能だ。だが、短期間だけ拝借し、その期間に私が結婚し、色々ほとぼりが冷めた頃にアーシヤが帰国すれば、万事丸く収まる。

 そして、今までになかった女性でも公爵代理が務まるという事例をいったんつくれば、女性公爵が登場する流れができるだろう。社会のルールを変えるには、とにかく前例を作る必要がある。

「静まれ、皆のもの静まれーー!!」

 騎士達の、その迫力ある怒声にみな圧倒される。
 静まった空間で、国王が告げた。

「……よいだろう、ジェシカ嬢。あなたの兄アーシヤ殿にかわり、最長五年間、ナルニエント公爵代理となることを認めよう」
「国王マクシミリヨン様、私の願いをお聞き届けくださり誠にありがとうございます。はい、兄が元気になって戻ってくるまで、このジェシカ・デイム・ドゥズィエム・ナルニエント、公爵代理の役目を全力で尽くす事をここに誓います」
「いけませぬ! 令嬢が公爵代理を務めるなどと、前例がないことです」
「そうだ、知識も経験もない女が、公爵代理などできるはずがございません!」
「まこと、その通り。国王様、これはヨーロピアン国では認められませんぞ」

 案の定、ガチガチの男尊女卑で封建主義の、前例がないことは認められません教の熱狂的信者なオヤジ達が、再度騒ぎ出した。三人以外にも、そうだそうだ、という賛同の声も聞こえる。

(よし。いよいよ、これからが本番ね)
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