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㉝剣大会 1日目前半

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 ヨーロピアン国直轄領の大広場は、祭りを楽しむ多くの人々でごったがえしていた。

 花祭りは毎年、この時期に5日間開催される。ちょうど色とりどりに咲き誇る美しい草花を眺めながら、所狭しと建ち並ぶ屋台の食事や珍しい異国のお菓子を食べたり、特設舞台で行われる歌や寸劇を観たり、夜は焚き火を囲んで皆でダンスをしながらお酒を飲んだりと、子供から歳を重ねた者まで、国民は皆、年に一度のこのフェスティバルを楽しみにしている。

 今年の花祭りの3日目から最終日までは、剣大会が同時開催される。
 今回は300人を超える参加希望者が詰めかけ、過去最大級の大会となる。噂によると、3割程が外国からの参加者らしい。 

 参加条件は、顔がわかないよう仮面等の覆いをすること、自分の剣を持参すること、そして基本的には殺人はご法度だが、万が一の事もあると了承する事。

 私も前日までに、ウエダという名前と連絡先の場所をメシ屋とし、届出を済ませた。

 試合はトーナメント形式で行われる。剣を落す、降参と口にする、地面に倒れる、のいづれかで勝敗が決まる。
 1回試合をするごとに、参加者は半数に減っていく。

 参加者は1日目に3試合をこなし、計算上は約40名が2日目への参加切符を手に入れる。
 2日目はまず2試合が行われ、10名が残る事になる。その10名で、同時かつランダムに2回対戦し、戦績の悪い者2名が落とされ、ベスト8が決定される。
 そして、最終日。勝ち残った8名で準々決勝、準決勝、そして最後の決勝戦を経て、優勝者が決まるのだ。

 つまり、優勝するには、3日間で10回試合を勝ち抜かねばならない。これは、かなり辛い。いや、かなりどころでなく、考えるだけでゾッとする程の重労働だと思う。
 試合とはいえ剣を使うので、運が悪ければ重症を負ったり、命を落す危険性もある。
 また、大金がかかっているので、皆真剣だ。

 そんな真剣勝負を、10回も繰り返す事ができるのは。尋常じゃない体力と精神力、知能と技能、そして運を持つ人間のみだ。

 初日の今日、私は2試合目を終えた。
 もう既に、疲労困憊だ。

 剣での試合。相手を傷つけないように、自分の命も守りながら、相手を制圧するのは、かなり難しい。
 初戦は無我夢中で、何がなんだかわからない内に終了した。相手は30代の異国の細みの男だった。

 2回目は本当に緊張した。真剣勝負の怖さと難しさを理解した上での、初めての試合。
 緊張から思うように体が動かず、めちゃくちゃ焦った。
 相手が、動きの鈍い中年・重量系で、剣に慣れていないファイターだったので、事なきを得た。

 2回戦でこんなに疲れるようでは、とても3日目まで勝ち進む事などできない。

(ダメだわ。ちょっと、ぷち瞑想でもして、恐怖心を減らさないとまずい。今のままでは、体力でも剣の腕でもなく、心の弱さで負けてしまう……!)

 大広場に特設されたトーナメント表には、試合が終わる毎に、勝者と次の試合の日時が書き加えられていく。

「おう、ウエダ。終わったか? 次の試合は何時からだ?」
「オレは5時からだ。ロン、あんたは?」
「こっちは5時半だ。一度、メシ屋に戻ろうぜ」
「そうだな」

 トーナメント表の前で会った私とロンは、一緒にメシ屋の臨時カフェへと戻った。

 彼は、ビーの弟で20歳代半ばの青年だ。ビーと同じく、角らしきものが髪の毛の中にあり、2人の外見からは、北の一族だとはわからない。さらに今日は、バンダナと仮面を着用し、東の国でよく使われている剣を使用しているので、どこの国の人かわからない感じに仕上がっている。

 私は丈夫な帽子に頬までの大きめの仮面を縫いつけ、髪の毛も全て帽子の中に収めた。
 また、胸にはいつもの2倍さらしを巻き、分厚い生地の長袖のシャツ、指先が出た薄手の皮の手袋、防具も兼ねた大きく硬い皮のベスト、くるぶしまでの薄手のズボンの上に、更にカンフーパンツ的なものを履き、万が一にも女性だとわからないよう試行錯誤の末、万全の格好で臨んでいる。

「お疲れ様、ウエダ、ロン。怪我はないかい?」

 メシ屋はほぼ満席と大繁盛だ。5人いるスタッフは皆、忙しく動いている。
 キッチンに行くと、ビーが声をかけてくれた。ライガの姿は見えない。多分、見回りに行っているのだろう。

「ああ、2人とも大丈夫だ。俺は、軽く何か食いたいな。ウエダはどうする?」
「おれは軽く昼寝させてもらう。奥の食品部屋を借りてもいいか?」
「ああ、ゆっくりしておいで。ロンはこの席に座って待ってな」
「こっちにビールとつまみの盛合せをくれ!」
「私達もオーダー頼むわ」
「はいよー、すぐ伺いますね」

 お客様からの注文の依頼。スタッフの元気な応対。
 ふと、私はホテルのレストランを思い出した。

(そういえば、前職のホテルの事を思い出すの、久しぶりだな……。本当に人間って、良くも悪くも環境に慣れて、順応していくものね) 

 タタミ3畳ほどのスペースに、所せましと食材が置かれている。
 私は1つだけ置いてある小さな椅子に腰かけた。足を肩幅にひらき、肩は力を抜いてやや後ろにおき、背筋を伸ばし、目を閉じる。

 調身、調息、調心。
 姿勢を調ととのえ、呼吸を調え、心を調える。

 ジェシカとして生きる今も、知花の時に得た知識が役立っている。この、リラックス方法もそのひとつ。

 今この瞬間、この場所に、私がること。

 上田知花がジェシカとなり、そしてチカになり、ウエダとしても在る。
   その不思議と有り難さを、五感で感じ、味わう。

 ゆっくり、自然に、呼吸する。

 私の体は、ベストな状態を維持してくれる。
 私の体は、私の望むように動いてくれる。

 私は、十分に鍛錬してきた。
 ライガという、素晴らしい師匠に教わってきた。

 私はこの剣大会で優勝する。
 優勝できる強さを、私は持っている。

 私は強い。
 私には知恵がある。
 私は誰よりも強い。
 私は絶対に優勝する。

 なるべく力を抜いて、何度も心の中で自分にそう言い聞かせた。

(自分の持つ力を最大限に発揮してがんばる為に、何かご褒美があってもいいよね。よし、もし本当に優勝したら……ライガに頬キスをねだってみようかな……なーんて……。キャー!! いいのかしら? いや、いいでしょう。だって、優勝だよ? 10回試合に勝ち抜くんだよ? うん、よし決めた!! 優勝できたら、ほっぺにチューしてもらおうっと。……ヤバっ、ドキドキしてきた! )

 自身を見つめ直し心を穏やかにするつもりが、煩悩なパッションでテンションが爆上がりとなり、予定とはちがった形だけど、やる気と闘争心がこれでもかって程に満ち溢れてきたので、結果オーライと思うことにした。
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