星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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バイオリンが運ぶ、忘れていた縁

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僕は、その日、珍しく花子と逢う約束をしていた。
花子とは、とっくに別れていて、花子も僕より素敵な男性を見つけており、結婚の報告を受けていた。
「授かり婚なの」
そう言う彼女に、ささやかなお祝いを渡そうと思っていた。
勿論、花子の婚約者も一緒である。
少し、不思議な気持ちだった。
寧大との噂も聞いていた。
あいつなら、やりかねないと思いながら、花子が、無事、幸せを掴んでくれた事に安堵していた。
帰りに、榊さんの娘、萌さんと打ち合わせがあるので、僕は、バイオリンをケースに入れて、両手が塞がるのを覚悟して、花子への土産を買う事にした。
勿論、花束とケーキ。
両手が塞がってしまうけど、お祝いしたい。
「何もいらない」
そう言うけど、花束位、渡してもいいだろうと、
「アジアンテイストで・・・」
大きなダリアをメインにブーケを作ってもらった。
地下鉄から上がった場所にある角の花屋。
花子は、派手で大きな花がよく似合う。
全く、澪とは、違う。
だいぶ、澪とは逢えていない。
よく通る地下鉄で、澪のポスターを見たり、あぁ、この子は、澪の事務所の子だよなと思える幾つもの、ポスターを見ていた。
活躍しているんだ。
彼女は、視力を失ったが、誰よりも、優れたセンスを持ち合わせている。
自分が持っている力で、ここまで、これたんだ。
僕が居なくても、十分、やっていける。
「お花、できましたよ」
手が塞がっていた僕は、バイオリンケースを床に置き、花束を受け取った。
「あれ?」
マスクとメガネの僕に、一瞬、店員は、怪訝な顔をしたが、すぐ、次のお客の対応に追われていた。
近くで、ライブがあって、飛ぶように花束が売れていた。
「今日、ライブを行う人かと思って」
店員は、何かを勘違いして、
「これ、サービスです」
と、1本大きめのダリアを足してくれた。
「近くで、ライブって?」
「フラメンコです。バイオリニストの方も、何人か、来てるみたいですよ。一緒ですか?」
「いえ・・・僕は」
僕は、床に置いたバイオリンケースを抱え上げた。
「何か、どこかで見た顔だなぁと思って」
店員は、振り返って、何度も、僕の顔を見る。
「さっき、来ていなかったっけ?」
「どこかで、見たなぁ」
店員、2人は、納得せず、何回も、振り返る。
僕は、花子達と逢う時間が、迫っていたので、慌てて、花屋を後にした。
大きな花束に気を取られて、大変な勘違いをしてしまった事に、その時は、気が付かなかった。
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