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1章

妹じんのは二重人格の中学2年生

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家に着いたのは1時前だった。
お風呂に入っても布団に入ってもあの出来事が反芻する。
明日くるみとは別れようと考えても
気がついたらくるみのことでは無く
シルさんのことを考えている。

つらくは感じていない。
つねにふわふわしている感じだ。
今は何時だろうか。
時間を見る気にもならない。
この感じのままでいい。
気付いたら眠っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「おにいちゃん、おにいちゃん」

かすかに呼ばれている声がする。

腕が少し重い気がする。
腕まくらをしているみたいだ。

妹のじんのはよく勝手に布団に潜り込んで起こしに来る。
腕まくらをしたり、俺を抱き枕代わりにして甘えてくる。

昨日の腕まくらの感覚をなんとなく思い出して
寝ぼけながら横を見る。

「...シルさん...」

「おにいちゃん、起きて。遅刻するよぉ」

「じんのか」

「シルさんて誰?女の子?」
ふくれっ面でじんのが問いただしてくる。

「いや、ちがうちがう。じんのって声かけたつもりだった」
無理な言い訳をする。

「ほんとうにぃ?」

「ほんとだよ。じんのがかわいくてね」

「もうっ」
じんのは照れている。

「おにいちゃん 昨日遅かったの?寝不足?大丈夫」
かわいい声を発しながら上目使いで聞いてくる。

「ああ、タカとコウヘイと遅くまでサイゼでしゃべってた。
 ごめんな。一人で夜寝させて」

「いいんだよ。いつもわたしのこと大切にしてくれるから」

じんのは中学2年生。小学校6年生の時いじめにあって不登校になった。

それがきっかけで精神的に追い込まれ人格障害が起こった。
幼児化した。そしてその後さらに2重人格にもなった。

医者が言うにはいじめの記憶を消し去るために
自ら強制的にいじめられる前の年齢まで
精神が戻ってしまったのだろうということだった。

父親と母親は元に治るように一生懸命努力した。
実年齢に精神年齢が戻るように当時の写真を見せたり
学校の宿題をもう一度やらせようとしたり。
一緒に旅行に行ったところにもじんのを再度連れ出した。
病院でも様々な精神療法を試していた。

小学校低学年の精神年齢になってしまっている
じんのに取っては小学校6年生のことをやらされたり、
精神療法で拘束されたりすることが
すごくイヤなことだった。

父と母の思いもわかる。
なんとかして元に戻してあげたいという想いは俺も一緒だ。
じんのの気持ちもわかる。
本人はいま、小学校低学年でしかない。

じんののことを考えるとおれまで父や母のように接することは
じんのにとって安心できる拠り所が無いと思った。

だからおれは小学校低学年のじんのをそのまま受け入れた。

じんのは俺に懐いた。
父母が頑張れば頑張るほどじんのの心は父母から離れていった。

ある日、親のじんのに対する努力に応えられないせいなのか、
親に無理強いをさせられ続けたせいなのかわからないが
2重人格になった。

1つは小学校低学年らしく甘えん坊なじんのと
あたらしく現れたもう1つの人格は
すべてのことに反抗的な態度を取るじんのだった。

甘えん坊の時は精神療法や父母とのやりとりはおとなしく言うことを聞いている。

反抗的なときは『やだ』『やめて』『うぅ~』と攻撃的になる。

父と母が関われば関わるほど反抗的なじんのが現れるようになった。

その反動で俺といる時は甘えん坊なじんのが現れる。

父母と俺とではじんのの態度が正反対になる。

父母には噛みついたり、引っ掻いたりして
さらに悪化していった。

俺には従順でなんでもいうことを聞いた。

父母と同居することもままならなくなり、
俺が高校に入る時に今の自宅に
俺とじんのだけが住むことになり、
父と母は出ていくことになった。

じんののためには仕方ない選択だった。

もちろん俺は定期的に両親にじんののことを報告している。

じんのと2人で住むとじんのの症状は安定してきて
甘えん坊なじんのが8割、
反抗的なじんのが2割くらいになった。

最近では甘えん坊でも反抗的でも
じんのはお兄ちゃん大好きっ子になっている。

反抗的なじんのはどちらかというと
ツンデレキャラかなる感じだ。

「おにいちゃん、学校遅刻しちゃうよ」
じんのはそう言いながらも今度は俺の足を抱き枕代わりに
抱きついている。

「じんの、それじゃお兄ちゃん学校いけないよ」

「あと10秒。いい?」

「いいよ、なんなら一日中でもいいぞ」

じんのは嬉しそうにはにかむ。

「いつもありがと。おにいちゃん、
 最後にギュッして終わりにするね」

じんのは俺の足を嬉しそうにぎゅって抱きついた。

「じゃあ、おにいちゃんいってくるな。
 今日ははやく帰ってくるから」

「はーい!いい子にしてたらなでなでしてね」

「行ってきまーす」
軽やかに出かける。

シルさんのことを考えてる時は辛くはないが
なにかモヤがかかったような気分だった。

しかしじんのと話してるとそのモヤが晴れて
すっきりした気分になれた。

………………


授業中はシルさんのことばかり考えていた。
一限目も終わり休み時間にくるみにLINEを送る。

「昼休み校舎横の花壇のところにきて欲しい」

「うん、わかった」

………………

くるみと別れた。

これでいいと自分に言い聞かせる。

そしてシルさんに
会いたい、会いたい、会いたいと自分の想いに
タガが外れ出す。

5限目、斜め向こうに座っているくるみが見える。
目が腫れていた。
泣いた後だとわかった。
心苦しくなる。
それでもシルさんへの想いの方がはるかに上回る。

くるみのほうは意識的に見ないようにした。

授業も終わり、逃げるように自宅へ帰った。

「ただいまー、じんの」

「もう帰ってきたの?早くない。
 もう少し1人でいたかったのに」

ツンデレのじんのになっていた。

「お兄ちゃんがじんのに会いたくて
 ダッシュで帰ったきちゃった」

「なにそれ」
そう言いながらも照れている表情を見せる。

「じんの、今日の晩ご飯は何が食べたい?」

「お腹空いてないし」

「じゃあ、お兄ちゃん1人で食べようかなー」

「食べないとはいってないもん」
ふてくされながらもかわいい表情を見せる。

「何がいい?じんの」

「オムライス」

「よし、わかった。美味しいの作るぞ」

昨日キャバクラに行く前にじんのに作ってあげた
晩御飯もオムライスだった。

二重人格ではそれぞれの人格の時は記憶を共有できない。
昨日と今日の朝は甘えん坊のじんの。
いまははツンデレのじんの。
どちらの人格も好きなたべものは一緒。
好きなことも一緒。
嫌いなことや苦手なことも一緒。

記憶は共有できなくても
どちらかに嫌なことが起こったり
感じたりしたことは心に刻み込まれて
副次的に反応が出る。
感覚的なことは共有できるみたいだ。

性格が真逆だからじんのに関わる人は
意識的にも無意識的にも接し方に違いが出る。
じんのはそれを敏感に察知してしまう。
そしてじんのは態度を変える相手を嫌いになる。

2人のじんのにたいして接し方を変えなかったのは
俺とくるみだけだった。

「あのさ、昨日もう1人の私に寂しい思いさせた?
 もう1人の私がお兄ちゃんに迷惑かけないように
 我慢してるのが私に伝わってくるんだけど」

「ごめん、昨日晩ごはんの後友達に会いに行ってたから
 一緒に寝てあげられなかったんだ」

「それね。じんのが痩せ我慢してたのは。
 わかったわ。私はいいからその分もう1人の私には
 優しくしてあげて」

「わかった。ごめんな。じんの。心配かけて。
 おにいちゃん、2人とも大事にするから」

いまのじんのが寂しい思いをすれば
もう1人のじんのも寂しさが心に残る。

ツンデレじんのでもオムライスを食べる時は
美味しそうに嬉しそうに食べる。

じんのは食後、大好きなネコのテレビを見る。
俺が学校に行っている日中もテレビで動物をみるか
YouTubeでネコの動画を見ている。

「じんの、お風呂沸いたよー」

「後で入る」

「ダメだ。今から一緒に入るよ」

「なんで一緒に入らなきゃいけないの」

「からだ洗ってあげなきゃだめだろ」

「1人でできるもん」

「お兄ちゃんが洗ってあげたいの」

「しかたないなぁ。もうしかたないんだから」

じんのは嫌そうな雰囲気は出すが実際は嬉しいのだ。

甘えん坊のじんのの時は必ずじんのがお風呂に一緒に入ろーと甘えながら言ってくる。

じんのが小さい時から俺と一緒にお風呂に入っていたから
その時の楽しかった記憶が心の奥底に刻み込まれているのだろう。

いじめによって病気が発症したあと、
じんのは俺と一緒にお風呂に入りたがった。
父も母もじんのが6年生ということもあり
お兄ちゃんとお風呂に入るのはダメと突き放した。
なんどもお兄ちゃんとお風呂に入ろうとするじんの。
それを許さない父母。
それももう1人のじんのの性格をより反抗的にさせていった。

じんのは寝る時も1人で寝れるもんとツンツンしている。
甘えん坊のじんののときはからなずじんのから俺に抱きついて寝始める。
ツンデレのじんののときは俺が腕枕をして寝る。

腕枕をする瞬間、シルさんのことを思い出す。
じんの相手をしている時はじんののことで頭がいっぱいになる。
ツンデレじんののときはなおさら目が離せない。

じんのが寝ると俺の脳が昨日のことを反芻し始める。

そこからはシルさんのことしか考えられなくなっている。

シルさんと会いたい、話したい、同じ場所にいたい。

俺はじんのが寝た後、自分の気持ちを抑えきれずに
シルさんに会いにお店に向かった。
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