乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ

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第十八話 流樺羽千歳の事情 大学編

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 大学生になってもルカは友達も彼女も作らなかった。

 必要だとも思わなかった。


 しかし卒業を控えた頃、街中で一人の美しい人とすれ違った。

 ハッとして振り返り、思わず声を上げた。

 「春日井!?」

 向こうも振り返り、ルカを見て近づいてきた。

 「流樺羽君?」

 「春日井なのか!?」

 「うん、そうだよ……」

 春日井は女性になっていた。

 「よく僕だって気付いたね」

 そう言われて、何故春日井と気付いたのか自分でもわからなかったが、直感が働いたとしか言いようがなかった。

 「気付かれたの流樺羽君が初めてだよ」

 「なにしてんだよ、そんな恰好して!?」

 「何って、これが今の僕だよ」

 「いや、だって……」

 「流樺羽君はこういうことを否定する人?」

 「いや、否定はしないけど、いきなりだったから……」

 最初は戸惑ったが、冷静さを取り戻し、「少し話そう」とカフェに誘って、春日井もそれに応じた。


 
 「久しぶりだったから、びっくりしたよ」

 「いや、俺の方がびっくりだわ」

 「あはは、そうだよね」

 「あ、そうだ。春日井には謝らなきゃいけないことが沢山あって……その、高校の時はごめんな」

 「流樺羽君はなにも悪くないよ」

 「でも……」

 「それにね、あの頃の僕があって、今の僕があるって思えるようになったんだ」

 「そ、そうか……」

 「僕変わったと思わない?」

 「そりゃ変わったよ!」

 「どんな風に?綺麗になったと思わない?」

 「ま、まぁ……」

 確かに変わった。

 そして綺麗にもなった。

 元々顔立ちは可愛らしいところはあったのだが、まさかあの『春日井』がこうも変わるとは思ってもみなかった。

 それにどもりもなくなり、堂々としている。

 「流樺羽君も変わったよね?」

 「え?俺は別に変わってないよ」

 「そうかな?昔の流川君と雰囲気全然違うよ」

 「そ、そうか……?」

 「良い意味で言ってるんじゃないよ……」

 「――……――」

 言われて後ろめたい気持ちになった。

 確かに変わった。

 以前のように人に優しくできないし、目つきも鋭くなったのは自覚していた。

 「ね、流樺羽君。君も生まれ変わってみない?」

 「え?」

 「君もこういう恰好してみない?」

 「な、なに言ってんだよ!俺にそんな趣味ねえよ!」

 「ううん。みんな最初はそう言うんだよ。でもね君は絶対に似合うよ。断言できる!」

 「馬鹿言うなよ!」

 「流樺羽君、君も僕に色々悪いなって思ってるならさ、一つくらいお願い聞いてくれてもいいんじゃない?」

 「いや、それとこれとは……」

 「それにさ、僕が君に間違ったものを薦めた事があるかい?」

 確かに春日井が薦める物に間違いはなかった。

 一度たりともだ。

 「わ、わかったよ……い、一度だけなら……」

 「やったー、じゃあ今から着替えてみようよ!」
 
 「い、今から!?」

 「うん、ちょうどさっき新しいワンピ買ったんだ。君なら多分入るよ」

 「流石にここでは無理に決まってるだろ!」

 「わかったよ。じゃあちょっと移動しよ」

 そしてアーケード街の比較的人の少ない3階に移動した。


 「はい。じゃあそこのトイレで着替えてきて。ここで待ってるから」

 「わ、わかったよ……」

 そして、トイレの個室に入り着替えることにした。

 あまりタイトなものではなくゆったりとしたものだったが、少し肩の辺りがきつかった。

 ここから出るのも恥ずかしかったが、一人でいるのはもっと不安だったため、トイレから出て春日井のところへ戻った。

 
 「うんうん。よく似合ってる。あとはお化粧だね」

 「は!?化粧は聞いてねえよ!」

 「大丈夫。今よりずっとよくなるから」

 そして近くのベンチに座り、春日井はポーチから化粧道具を取り出してルカの顔に塗り、髪を整えた。


 「流樺羽君!やっぱり思ったとおりだよ!最高傑作だと思う!ね!トイレで見てきなよ」

 半信半疑でトイレに戻り、鏡に向かって自分の姿を見た。

 そこには春日井が絶賛した通り、美しい女性になった自分がいた。

 「じゃ、ちょっと歩いてみようよ」

 「え!?」

 春日井は半ば強引に街中の方へ連れ出した。

 
 「ね、気分はどう?」

 「な、なんか変な感じ……だな」

 「最初は僕もそうだったよ。でもね、ここまでやりきると誰も変な目で見ないでしょ?」

 確かにそうかもしれない。

 誰も二人を見て、男性と分かる人はいないような気がしたし、変な目で見るような人ももちろんいなかった。

 「悪くないでしょ?」

 「う、うん、まぁ……」

 なにかしらの高揚感があった。

 この数年のもやもやした気持ちが少し薄れていったような気もした。


 その日はこれで解散したが、春日井はまた一緒に歩こうと提案してきた。

 「また気が向いたらな」と答えたが、それから毎週のように、こうして春日井と街を歩いた。

 時々ナンパで声をかけられたこともあったが、本当の女性のふりをしてあしらって楽しんだりもした。

 
 しばらくはこうしてただ楽しんでいただけだったが、春日井が連れていきたいところがあると言い出した。

 「流樺羽君、今度君に『僕を変えてくれた所』に案内したいんだけどいいかな?」

 「なんだよそれ?別にいいけど」

 「僕ね、元々アイドルが好きだったんだけど、今はそのアイドルに自分がなれそうなんだ」

 「え!?お前本気で言ってんのか?」

 「うん。実は今は事務所に所属していて、アイドルとして売り出してもらってるところなんだ。それがこのパンフレットなんだけど……」

 春日井は一冊の小冊子を渡してきた。

 表紙に『導かれしサビクの民』と書いてあった。

 そこには、開発セミナーや会員のランク制度、高額なパワーストーンの商品などの事が書かれていた。

 「お前、これがなにか分かっててここに入っているのか?」

 「何って、別に怪しいところじゃないよ」

 「いや、どう見ても怪しいだろ!」

 「怪しくなんかないよ」

 「ちょっと待ってろ!」

 ルカはそこに書かれている冊子の発行元の『サビクの光輪』についてスマホで検索した。

 そこには、様々な苦情やカルト宗教染みた手口のやり方などが報告されていた。

 そして旧I統の関連事務所と言うのもわかった。

 「これ見てみろよ!どう思う?」

 「どう思うって、そんなのごく一部の少数派の意見だよ。僕は自分の目で見てきたし、実際もう少しで世に出るとこまできてるんだよ!」

 「春日井、よく聞け!もしかしたらお前はそこで成功するかもしれない。でもそこで活躍できるやつはほんの一握りだし、残りの全員は都合よく搾取されるんだ。そして一時的に売れても最終的に廃人のようになって捨てられるだけなんだ!」

 「君も僕を否定するんだね?」

 「お前を否定してるんじゃない!」

 「僕の居場所を否定するのは僕を否定することと同じことだよ」

 「変な解釈すんなよ!」

 「本当に君は変わってしまったね」

 「変わったのはお前の方だよ。もちろん良い意味じゃないぜ」

 春日井はルカをキッと睨み、ルカも春日井を睨み返した。

 
 そして春日井とはそれきり会うことはなくなった。

 

 そのあとルカは駅前の広場で一人惚けていた。

 形はどうあれ、折角再会できた親友とまた仲違いしてしまったことに、自分の不甲斐なさを情けなく感じた。


 しばらくして声をかけられた。

 「浮かない顔してどうしたの?」

 ピンクのセーラー服を着たおじさんだった。

 「わ!だ、誰ですか!?」

 「別に誰ってわけでもないわよ。お兄さんが悲しそうな顔してるからちょっと気になっただけ」

 「お、俺が男ってなんでわかったんですか!?」

 「わかるわよ」

 「結構自信あったんだけどなぁ……」

 「あなただって、わたしが本当は男ってわかるでしょ?」

 「いや、だってあなたは……」

 「なによ!?」

 「いや、別に……」

 「わたしにはわかるのよ。だって、あなた全然なりきれてないもの」

 そう言われて、女性としての容姿に自信のあったルカは少しショックだった。

 「でもあなた、良いセンスしてるわね。普段からそんな恰好してるの?」

 「ここ最近始めたばかりですよ。でも……それも今日で最後です」

 「あら勿体ない!なにかあったの?」

 「会ったばかりの人に話すわけないじゃないですか。しかも……」

 「しかも、変な服着たおじさんに?」

 「いや……すみません……」

 なにか全て見透かされているようで気まずかったが、悪い人ではないような気がしていた。

 「ちょっと親友と喧嘩しただけですよ」

 「どんなことで?」

 「親友がアイドルになるって言いだして、その事務所が怪しくて、調べたら旧I統の関連だったんです」

 ルカは何故だかその問いに答えていた。

 そして気付けばそのいきさつも話していた。

 「そうだったの……ところで、あなたはその子の事好きだったの?」

 「いや、よくわからないです……ただ、女性には少し不信感が拭えなくて……」

 「そう……でもあなた、やっぱり正しい目を持ってるわね」

 「なんですかそれ?」

 「ねえ、私たちと一緒にI統をぶっ潰さない!?」

 「え!?」

 ルカはその人から自分たちの活動を教えてもらった。

 
 「そんな大それたこと俺にはできないし、そんな慈善事業できないですよ」

 「あら、ちゃんとお給金は出るわよ」

 「そんなんでどうやって給料でるんですか?」

 「あなたもアイドルになるのよ」

 「は!?」

 「寧ろそっちが本職よ」

 「な、なに言ってんすか!?」

 「あなた、自分のその恰好気に入ってるでしょ?」

 「――……――」

 「わたしわかるのよ。そしてあなたが正しい判断ができる人っていうのもわかるわ。その正しい目で、自分の心にも目を向けてごらんなさい。そして今度はあなたがアイドルとして同じ土俵に立って、親友を正しい道に戻してあげなさい!」


 1日に2度も怪しい勧誘を受けるとは思っていなかった。

 しかし、ルカは気になっていた。

 全て信用したわけではなかったが、春日井の勧誘とは違う気がしていた。

 数日後、体験入店をしてみた。
 
 信頼できそうな人たちがいた。

 翌週には正式にメンバーとして加入することに決めた。

 
 
 その数か月後、春日井が大きなゲームの大会で優勝し、ゲーマーアイドルとしてデビューを果たした事をある雑誌で知った。

 生まれ変わった春日井は、新たなプレイヤーネームを名乗り、いつしか『ゲームの女神 スカP』と呼ばれるようになっていた。
 
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