三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後＜XXXI＞

「いいの？♡ 行きたい♡♡ ……でも、その水族館って、ここからはちょっと遠いとこにあるんじゃなかった？　日帰りで行けるかな？」

　前に一度、調べてみたことがあるから知っている。どんなに滞在時間を削っても、決して一日で行って帰れる場所ではないことを。

　――――それでも尋ねてしまったのは、君からのある提案を待っているから。こちらからできないわけではないけれど、恥ずかしくて、少し躊躇われるような提案を――――。

「弾丸ツアーもいいけどさ、せっかくの遠出だし、泊まりがけでゆっくりしてこようよ♡ 水族館だけじゃなくて他のとこも見て、おいしいもの食べてさ♡」　

　画面にはタツノオトシゴの水槽の前で、競うように口を尖らせているわたしの姿を収めた一枚が映っていた。

「え……。お泊まり……？♡♡」

　聞き返した声に混ざっていたものはなにかと問えば、誰が聞いても困惑ではなく喜色だと答えることだろう。

　――――だって、君ならそう言ってくれるだろうと確信していた。わたしは君にそう言ってもらえるのを待っていた。

「クラゲよりそっちのが気になっちゃうか♡♡ 旅先で……っていうのも、いい思い出になりそうだよね？♡ そしたらさっきのみたいな偽物じゃなくて、本・物・の・事・後・写・撮れるし♡♡」

　本・物・の・――――ということは、彼は旅先でわたしを抱く気でいるらしい。
　
「まぁ、疲れてそれどころじゃなかったり、次の日に響いちゃったりってこともなくはないだろうから、いまのところは添い寝以上のことはするつもりないよ。安心してね♡」

　両手で口元を覆っていたら、頭を撫でられ、そのまま彼のほうに引き寄せられた。鼓動がほんの少し大きく早く聞こえるのは、わたしの気のせい？　幸せな思い込み？

「…………添い寝はするんだ？」

　一般的に別々の寝具で寝ることを『添い寝』とは言わないはずだ。思わず問いかけてしまう。

「せっかく大好きな彼女とふたりっきりで旅行するのに、別々に寝るなんて寂しいよ。ひと晩中、きみのことぎゅーってしながら寝たいと思ってるんだけど、ダメかなぁ……？」

　問いかけからわたしの聞きたかったことをキャッチした彼は、ごろんと寝転がって膝の上に乗ってきた。