上 下
9 / 146
彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅵ>

しおりを挟む

 そのたびに断ることに罪悪感をおぼえてはいるけれど、世界でいちばん好きで、一生一緒にいたいと考えているひとに何度も結婚を申し込まれるというのは、誰にでも経験できることではないはずだ。

 彼は毎回毎回、生徒会長に立候補したときの演説だってここまで熱がこもっていなかっただろうと思うほど熱心に口説いてくれるし、そのせいで彼との幸せな結婚生活を想像して、結婚への期待値もぐんぐん上がっていってしまう。

 いっそこのまま突き抜けて、断りたい気持ちがすっからかんになった勢いで了承してしまえたらいいのに。

「わがまま?」

 心底わからないとばかりに吐き出された四文字が素通りしていった。

 こんな浮ついた優越感に浸って、そのことにまた罪悪感を抱く負のスパイラルから、わたしはいつになったら抜け出せるの?

(……彼とわたしで意見が割れて、わたしのほうが正しかったことなんてほとんどなかったと思うし、彼の言うとおりにするのがいちばんいいのはわかってるんだけど……)
 
 本気で抜け出したいのなら、次のプロポーズを受ければいいだけだとわかっているけれど、わたしにはまだそうするわけにはいかない理由があった。

(何回もプロポーズしてほしくて断ってるわけじゃない。嬉しいけど申し訳ないし、そのたびに彼の悲しそうな顔を見るのもつらいし。でも、一回も自活したことのないまま、この先ずっと彼におんぶにだっこっていうのは…………)

 わたしの両親は幼い頃から多忙だったけれど、かといって、家のことを全部一人娘わたしに丸投げするようなことは決してなかった。

 家のなかが荒れているのなんて一度も見たことがないし、毎日、栄養素まできちんと考えられた食事が『あとは加熱し直すあたためるだけ』の状態で用意されているというのが日常風景だった。

(…………いまでこそ勉強に専念できてありがたいけど、この年までろくにお料理したことがないだけじゃなくて、お洗濯とかお掃除とかの経験がないのも実はコンプレックスだったりして……。たまにはわたしがやろうって思っても、することがないんだもんなぁ……)

「それこそ、別にわがままじゃないと思うけどな。『自分がどこまでやれるか試したい』って気持ちは、俺にだってあるし。……あるから、日本ここを離れるわけだし……」

 彼は再び、ぽつりぽつりと話し出す。
 
 カップから立ちのぼっていた湯気が消えていたおかげで、大きなフリルプレートの向こうにいる彼の表情をはっきり確認することができた。
 
 憂いを帯びた彼は、薄月のように美しかった。

 普段、みんなの前では見せない顔が当たり前のように見られることに優越感をおぼえていない……とまでは言ないけれど、信頼の証のように感じられて誇らしい気持ちのほうが勝っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...