つくって!my sweet

片喰 一歌

文字の大きさ
上 下
28 / 43
再び見えた光

再び見えた光【中編・中】

しおりを挟む

「ええ、こちらから持ち掛けたことですもの。業務内容を勝手に変更してしまって、本当にごめんなさい」

 姫様はひと息ついて、厨房の全体を見回します。

「…………でも、なんでしょうね。この厨房を見ていたら、わたくしもなにか作ってみたいと思ったの。一人で使うには広すぎるでしょうに、わたくしはそんな事、一度も考えてみた事なんてありませんでした」

 姫様は本当のなかにほんの少しの嘘を混ぜ込みました。お菓子にバニラエッセンスを加えるように。

 ただ、そこに自分をよく見せようなどという企てはありませんでした。

 目の前の者を恋した彼に見立てて彼に返せなかった恩を返そうという意図に限っては――――……ほんの少しだけ、あったかもしれませんが。

 『なにかを作ってみたい』気持ちはたったいま芽生えたものではなく、きっと彼のお菓子を食べるたびに募っていたのです。

「『好き』としつこく付き纏っていたくせに、彼の事はなにひとつ考えていませんでした。一方的に気持ちを押し付けていただけ。情けない話ね……。失ってから気付くなんて、遅いにも程があるわ」

 その気持ちに気付くきっかけとなったのが彼の退任だというのはなんとも皮肉な話ですが、『大切な物/者ものは失って初めて気付く』という言説が決して誤りではなかったという、ただそれだけの事。

「……でも、わたくしは死ぬ前に気付く事が出来ました。ですから、まだいまからでも出来る事はある……。そうでしょう?」

 彼の作ったお菓子の味を記憶しているのは、姫様ただ一人です。

 いまはよくても、その記憶はいずれ薄れていってしまうでしょう。

 彼女が忘れてしまえば、彼の作った素晴らしいお菓子の味は永遠に失われてしまいます。そう、のです。
 
 姫様はそれが嫌でした。

 ――――愛した彼のお菓子を彼女自身が食べられなくなった現実よりも、ずっと嫌だったのです。

 姫様は、彼がお城の厨房でただ一人のためにお菓子を作り続ける傍ら、自主的な研究を欠かす事のなかった事を、伝統のお菓子から流行のお菓子まで詳しかった事を想います。

 彼が研究し、極めた技術が跡形もなく消えてしまうなどといった事態はなんとしても避けなくてはならない。そのような義務感を彼女は抱いていました。

「はい、きっと探せばいくらでもあるのではないでしょうか。そのための足掛かりなのですね、貴女様のご依頼は」 

 以前、彼が話してくれた事がありました。『かろうじて現存する文化の継承に成功したとしても、これ以上の発展は望めない』と。
 
 それを聞いて、彼女は思ったのです。『彼の残してくれたものは、ここで絶やしてしまっていいものではない』と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

今夜妻が隣の男とヤるらしい

ヘロディア
恋愛
妻の浮気を確信した主人公。 今夜、なんと隣の家の男性と妻がヤるというので、妻を尾行する。 ひたすら喘ぎ声を聞いた後、ふらふらと出てきた妻に問い詰めるが…

処理中です...