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再び見えた光
再び見えた光【中編・中】
しおりを挟む「ええ、こちらから持ち掛けたことですもの。業務内容を勝手に変更してしまって、本当にごめんなさい」
姫様はひと息ついて、厨房の全体を見回します。
「…………でも、なんでしょうね。この厨房を見ていたら、わたくしもなにか作ってみたいと思ったの。一人で使うには広すぎるでしょうに、わたくしはそんな事、一度も考えてみた事なんてありませんでした」
姫様は本当のなかにほんの少しの嘘を混ぜ込みました。お菓子にバニラエッセンスを加えるように。
ただ、そこに自分をよく見せようなどという企てはありませんでした。
目の前の者を恋した彼に見立てて彼に返せなかった恩を返そうという意図に限っては――――……ほんの少しだけ、あったかもしれませんが。
『なにかを作ってみたい』気持ちはたったいま芽生えたものではなく、きっと彼のお菓子を食べるたびに募っていたのです。
「『好き』としつこく付き纏っていたくせに、彼の事はなにひとつ考えていませんでした。一方的に気持ちを押し付けていただけ。情けない話ね……。失ってから気付くなんて、遅いにも程があるわ」
その気持ちに気付くきっかけとなったのが彼の退任だというのはなんとも皮肉な話ですが、『大切な物/者は失って初めて気付く』という言説が決して誤りではなかったという、ただそれだけの事。
「……でも、わたくしは死ぬ前に気付く事が出来ました。ですから、まだいまからでも出来る事はある……。そうでしょう?」
彼の作ったお菓子の味を記憶しているのは、姫様ただ一人です。
いまはよくても、その記憶はいずれ薄れていってしまうでしょう。
彼女が忘れてしまえば、彼の作った素晴らしいお菓子の味は永遠に失われてしまいます。そう、失ってからでは遅いのです。
姫様はそれが嫌でした。
――――愛した彼のお菓子を彼女自身が食べられなくなった現実よりも、ずっと嫌だったのです。
姫様は、彼がお城の厨房でただ一人のためにお菓子を作り続ける傍ら、自主的な研究を欠かす事のなかった事を、伝統のお菓子から流行のお菓子まで詳しかった事を想います。
彼が研究し、極めた技術が跡形もなく消えてしまうなどといった事態はなんとしても避けなくてはならない。そのような義務感を彼女は抱いていました。
「はい、きっと探せばいくらでもあるのではないでしょうか。そのための足掛かりなのですね、貴女様のご依頼は」
以前、彼が話してくれた事がありました。『かろうじて現存する文化の継承に成功したとしても、これ以上の発展は望めない』と。
それを聞いて、彼女は思ったのです。『彼の残してくれたものは、ここで絶やしてしまっていいものではない』と。
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