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失った光
失った光【中編・上】
しおりを挟む翌朝。運ばれてきたビスコッティに口をつけた姫様は、眉をぴくりと上下させました。
「……これ、彼の作ったお菓子ではないでしょう? 一体どういう事かしら?」
鋭く、尖った声が響きます。いつもは長い咀嚼のあいだにだんだん緩んでいくはずの口元も、食べる前と変わらず。
「なぜ、そう思うんです?」
姫様の問いかけに応じたのは、ばあやでした。
「なぜ? なぜってそんなの、食べればわかります」
「具体的には、どこでそういった判断をなさったんでしょう?」
ばあやは肯定も否定もせず、冷静にそう思った理由を尋ね、あくまで姫様に話をさせます。下手に彼女を刺激しないがための行動でしたが、それがかえって仇になりました。
「彼の作ったお菓子を食べると、舌から全身に幸せが広がっていくの。でも、今日はその感覚があまりなかった……。少しはあるのよ。でも、本当に微かに感じ取れる程度。だから、違う。これは彼の作った物じゃないわ」
きっぱりと言い放った姫様。凛とした姿に、その場にいた者たちは釘付けになりました。
「…………左様ですか。私どもにはその感覚はわかりかねますが」
慎重に言葉を選んだばあや。姫様の主張する違和感を肯定する気はなさそうです。
「そうね。わたくしだって、他の方が同じ事を言ったら取り合わないと思います。『そんな感覚は根拠とは言えない』と。でも、わたくしにはわかります。これは別の人が作ったものだと」
姫様にもその幸福感の正体がなんなのかはわかってはいません。しかし、彼女は自信を持って断言しました。
「ですが、あなた様の食事担当は変更されてなどいませんよ。お身体の調子が優れないのでは?」
ばあやも引きません。あくまで姫様の勘違いとして片づけたいようです。
「なぜ隠そうとするのかしら? ひと目見ればわかるのに……。いいえ、ひと口食べただけでわかるのに!」
両者一歩も譲らぬ睨み合いが一分ほど続いたあとでしょうか。
「…………やはり、隠し立ては無用でしたね。申し訳ございません、姫様。あなた様のおっしゃる通り、あの者はもういません」
ついにばあやは真実を語り始めました。
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