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ホーリーナイト・セレナーデ

ホーリー・ナイト・セレナーデ<Ⅻ>

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「きみってば、本当に俺のこと喜ばせるのが上手だね」

 吐息まじりの声が鼓膜を震わせる。喜ばせようとしているのではないけれど、うっとりとわたしの上半身をまさぐる彼に触発され、想いが溢れ出す。
 
「だって、あなたが教えてくれたの……。気持ちいいことも、愛される幸せも……わたしの人生に足りなかったもの全部。足りてなかったことにさえ、それまでは気付けなかったの。っていうか、生きていくうえで必要なものだとも思ってなかったのかも」

「『足りてなかったことに気付けなかった』し、『必要とも思ってなかった』だって……?」

 一語一語を反芻するように復唱した彼は完全に動きを止めたが、止まってしまったというべきかもしれない。

「うん、そう。必需品じゃなくて嗜好品みたいな。誰からも愛されなかったからって死なないし、えっちだって別に気持ちいいものじゃないといけないわけじゃないから。なんていったらいいのかなぁ……。『そうじゃないのが普通』って感じ? 愛してもらえたら嬉しいし、気持ちいいならそれが一番なんだろうけど、ほとんど実現する可能性のない夢みたいに思ってたよ。両親にかわいがられて育ってきた人たちのことも、幸せな恋してる人たちのことも」

「…………そう、だね。確かにきみの言ったとおりだ……。俺は自覚してた以上に自分の考えに固執するところがあるのかもしれないな。気を付けないと……」

 彼はペットを吸う飼い主のように、わたしの首元に鼻を近付けて思いきり深呼吸した。たくさん汗を掻いてしまっているから体臭が気になるけれど、いまさらだ。彼にはもっと恥ずかしい場所のにおいも知られていることだし、気持ちを落ち着けるのに役立っているなら、それでいい。
 
「ごめん、もうひとつ追加で質問させて。もしかして、その頃のきみは自分の生活に結構満足してた? 置かれてる環境や状況を……周囲の人たちの対応をおかしいとか寂しいとは感じてなかったってことかな。……だとしたら、俺が余計なことをしたと言えなくもないけど」

「余計? どうしてそう思うの?」

 言っている意味がわからず、彼のほうへ首を傾けて疑問をぶつけた。曇った瞳は彼の胸中を映し出す鏡のようで、それでも決してわたしから逃れようとはしない。

「なにを当たり前ととるかは人それぞれだけどさ、大抵は自分の育った環境を当たり前とか普通って思うんじゃないかな。でも、まったく違う階層の人との出会うことで、その『普通』と思い込んでいたものが万人に共通するものじゃないって気付いていって……。そこからだと思うんだよね、『じゃあ、自分にとっての幸せってなんだろう?』って考え始めるのは」

 ひと息に説明し終えた彼は、ゆっくり愛撫を再開した。官能を喚起するというよりは抱いている存在の確認が主な目的であろうそれは、皮膚の表面からじんわり深層へと染み渡り、常時灯っている慕情の炎をひと回り大きいものにしていく。

「そこがスタートライン?」

「……だと思ってる。俺はね」

「じゃあ、その『普通』に対する思い込みが壊される前は、その人の中には幸せの概念がないの? そんなことないと思うけど……」

 当時を追想してみても、あの頃のわたしにも、わたしなりに追い求める幸せがあった。……彼と出会って贅沢になったいまとなっては、到底思い出せそうにないけれど。

「ああ、いや、そうじゃなくてね。もちろんあるさ。『普通』として刷り込まれたものの中には、『幸福』の定義だって存在するはずだ。でも、そういったものがあくまで指標や一例だっていう認識が欠けてる……というか阻害されてる状態なんじゃないかな。だから、個々人にとっての幸せを突き詰めようとしないし、そこから抜け出す気が起こらない……」

「あ、そっか。そういうことなら……うん。確かに、その頃は誰かの信じた幸せがわたしにとっての幸せにもなりうるんだって少しも疑ってなかったなぁ…………」

 と言えば、彼は沈痛な面持ちで頷いた。
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