上 下
92 / 171
夕顔別当

第七夜

しおりを挟む

「デジタルの売上はそこそこ。手売りのCD、在庫山盛り。この場合、アタシの人気、どのくらい?」

 紅さんはドレッサーに突っ伏し、ぽつぽつと語った。
 
「うーん……」

 言動やジェスチャーから垣間見える印象と同じく、少し昔の感覚で生きているらしい彼女を元気付けたつもりが、かえって悩みを深刻化させてしまったようだ。

「元々、沢山生産してないのに、余ってる。……マイナーだな、って、アタシは思う」

 リップロールで前髪を揺らすのは癖なのだろうか。
 
 美人は何をしても様になる。

「どう……なんでしょうね? CDが売れない時代ですし、一番メジャーな動画サイトで公式音源が無料で聴けるようになってるんですから、デジタルでそこそこ売れてるだけでもすごいと思いますけどね。紅さん……じゃなかった、『マダム・ルージュ』が登録アーティストかどうかは私にはわからないんですけど」

 見惚れて返事を忘れそうになったが、迂闊にも私が始めてしまった話題だ。

 良い加減な事は言えないと頭を捻る傍ら、『本名を知っている人を別の名義で呼ぶ』だけの事がどうしてこんなに照れくさいんだろうなんて、全く関係ない事まで考えてしまった。

「して、なかったと思う。聴きたいなら、CDかサブスクか」 

 彼女はのそりと緩慢な動作で身体を起こした。

「翠も、ランキングで名前見てくれた?」

「見た訳じゃないんですよ。たまたま聞いて……。って、在庫余ってるんですか!? じゃあ、そのCD私に全部十枚ずつくらい売ってください! お金は先払いで良いですから! 何なら、今払います?」

 『マダム・ルージュ』を知った経緯を詳しく説明しようとしていたが、その前の会話内容を思い出し、立ち上がってしまった。

「十枚? 無理してない?」

 思いがけずお目にかかれた上目遣いを連写モードで撮影したい気持ちを堪え、真剣な表情を作る。

「してないですよ。三枚ずつは自分用で、後は私の知り合いの中では比較的影響力ありそうな人に布教しようかなって。には負けると思いますけど」

 初めて会った日に自分が言った事など彼女の記憶には残っていないかもしれないし、嫌味に聞こえたかもしれないと不安に襲われたが、両手の指先を合わせた彼女は頬を染めた。

「影響力がどうとかじゃない。翠がアタシのCD、三枚ずつ自分用に買ってくれるのが嬉しい。特典もないのに同じの何枚も買う人、多くないし」

「って事は……。紅さん。私達、ですね?」
 
 慣れないウインクはさぞ不格好だった事だろうが、ただ一人に向けたものだから、きっとそれで良い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...