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逃水

第十一夜

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「ピアスの穴が寂しい訳、ないのにね」

 ちょんちょんと耳を指した爪には、海を思わせる涼しげなジェルネイルが淡く煌めいていた。
 
「……びっくりした。その事は覚えてますよ。変な理由でキスしちゃって本当に悪いと思ってます。ごめんなさい……」

 おかしな口実を作ってキスしたのは自分のくせに、蒸し返されるのが気恥ずかしくて早口になった。
 
「謝る事じゃないのに。変だとは思ったけど、変な理由とは思わなかった」

 彼女はきょとんとしているが、そうしたいのはこちらのほうだ。

「えっと、どういう事ですか?」

 同じ事ではないのか、と頭を捻っていると、彼女が私の頬を両手でばちんと挟んだ。

 勢いがついていたせいで、どこぞの民族に伝わる打楽器のような音が鳴る。
 
「正直に答えて。……アタシに『キスしたい』って、翠は思ってくれた。多分そうでしょ?」

「…………はい。だから、ピアス穴がどうとか変な事……」

 視線を彷徨わせ、もごもご答える姿は、さぞかし滑稽な事だろう。
 
「それだけでも立派な理由になるのに、どうして他に理由がいると思ったの?」

「え?」

 思いもよらぬ言葉に、ぽかんとする。

「したい事はすれば良い。他の理由、いらないでしょ」

「そういうもん……ですか、ね……?」

「そうだよ」

「でも、相手の気持ちとか……!」

「そういう時は、訊いてみれば良い。アタシは昨日、翠に一緒にほしかった。だから、誘った。翠も、アタシにみたいに最初から言ってくれて良かったの」

「あ……! そっか、そう……ですよね」

 目から鱗が二、三枚落ちた気がする。

 彼女には驚かされてばかりだが、少し考えたら当然の事を言っているだけだと気付く。

「嫌だったら断るし」

「ですよね……」

 歪な関係性ばかり選んできた代償か、初歩的なコミュニケーションさえも忘れてしまっていたようだ。

「断られるのが怖かったの? アタシ、断らなかったのに」

 がっくりする私を見て、彼女がおかしそうに言う。
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