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逃水
第七夜
しおりを挟む「……でも、似合ってたのにな。耳に切れ込み入っちゃいそうな、バカデカいピアス……」
ピアスの重みで伸びた彼女の耳たぶを思い返す。
「大きいだけじゃなくて重いから、それ、いつか本当になるかも。でも、また明日つけるよ」
気を落とすなと言いたいのだろう。
私もそう思う。
しかし、アルコールの恐ろしい所は、感情や欲望といった普段抑制しているものを、無尽蔵に、そして無分別に拡大してしまう所だ。
「ありがとうございます。でも、なんかそのピアス穴が寂しそうで…………」
『夜に独りでいるのは嫌』。
確かに彼女はそう言って私を誘った。
「ただの穴だけど」
と、彼女は耳たぶを引っ張る。
指で穴が塞がれ、同じように耳たぶが伸びても、ピアスをぶら下げた姿には及ばない。
「……まあ、そうなんですけど」
――――言い訳だ。彼女に触れたいがための、苦しい言い訳だ。
しかし、そう思ったのも事実だった。
穴が人為的なものか否かは、恐らくさほど問題ではない。
人間の身体には必ず穴が開いていて、ヒトは誰も寂しさを抱えて生きている。
どんなに充実した輝かしい人生を送っているように見える人でも、どこかから入る隙間風を必ず感じている。
心に空いた隙間が大きい人間ほど、その空間を持て余し、『身体に開いた穴を埋めたい』という願望を大きく育ててしまうものなのかもしれない。
そんな持論から生まれた邪推だ。
精神的な……概念的な穴と身体に開いた穴が連動しているなど、我ながら馬鹿らしい空想だと思う。
馬鹿らしい事はそれだけではない。
もっと言ってしまえば、持論とは言ったものの、サンプルはこの私ただ一人だった。
だから、本当に……ただの言い訳に過ぎないのだ。
「…………翠?」
いや、言い訳としても不十分だった。
――――彼女の耳たぶにキスをしてしまった事への。
その頬が彼女の名前よろしく染まったと思ったのも、幸せな勘違いか安酒のせいに違いない。
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