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サイカイ
サイカイ【9】
しおりを挟む「途中で疲れたり眠くなったりしたら代わるので、遠慮なく言ってくださいね? 余計なお世話かもですけど」
帰りの車に乗り込み、お願いしますの意味も込めてそう伝えると、彼はシートベルトの確認をしながら答える。
「ありがとね。その時はよろしく。でも、なるべくそうならないように頑張るよ。可愛い君が隣にいるんだ、気合入れて安全運転するさ」
そんなリップサービスがちっとも嫌味にならないのは、ちょこんと上品に乗せられたホイップクリームみたいに、適量を守っているからだろうか。半分ほど残されたスティックシュガーが頭を過ぎる。
「……こうして、助手席に乗せてもらってると思い出します」
走り出していた車は、するすると滑るように進んでいく。このあたりは信号がなくて快適だ。
「彼のことだね、わかるわかる」
「なんかさっきから微妙にキャラ変してません? 別にいいですけど。……あ、デート中に他の男の人の話するなんて無神経でしたね。配慮に欠けていて、すみません」
「気にしないで。俺、その人とそっくりなんでしょ? 思い出すなってほうが無理だと思うし。話したければ話してよ。嫌なら別の話題でもいいから。聞きたいなあ、君の話」
気を悪くする風もなく、さらっと受け流されて拍子抜けする。そこまで不快な思いはさせなかったらしいという安堵感と少しも意識されていない悔しさとが鬩ぎ合う。
「……ありがとう、ございます」
「本音言うと妬けちゃうけど。人が、好きなひとのこと話してるのを聞くのが好きでさあ。それが可愛い女の子なら、なおさらね」
こちらの思考を読んだかのように言って、ここぞとばかりにウインクを決める。次の瞬間にはなにもなかったかのように運転に集中していた彼の口元は、心なしか先程より緩んでいるような気がした。
悔しいくらい様になる顔のつくりは鏡に映したルトさんのようだが、彼によく似た誰かとしてではなく、柔らかく笑む隣のハルトさんから目が離せない。
ルトさんの浮かべる表情は、全体的にもっとぎこちなかった。表情筋の操縦が不得手な彼は、そもそも片目だけを選んで器用に瞑ることができただろうか。勢い余って両目を閉じてしまいそうな気がする。
だが、これは私の勝手なイメージだ。彼に対して抱いている壮大な幻想であり、自分勝手な願望だ。恋人のウインクの能否さえ知らないという事実が胸を刺す。
そんなのどっちでも構わないから、直接あなたに尋ねたかったよ。喉元まで出かかった言葉を押さえつけたら、今度は視界が歪み出す。
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