誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第5章 宵の口

第69話 夢のような仕事

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「……でも、こんな時間にこんな場所にいるなんて。アナタ、死にたいヒトですか?」

 急に真顔になった彼は、少しの風にも掻き消されてしまいそうな声で問うてきました。

「いえ! 死にたいって思ってないです!」

 明るく澄んだ色の瞳に心の奥を暴かれそうで恐ろしく、千鶴も彼に負けじと声を張りましたが、その反動でげほげほと咳き込んでしまいました。

(喉、痛い……)

「そうですか? じゃあ、お金に困ってるヒト? 夜中に港くるヒト、大体そのどっちかです。違ったら、いちばんいいんですけど」

 彼は千鶴の背中をとんとん叩きます。心配の声こそなかったものの、その行動が彼の気持ちを物語っていました。

「…………お金には困ってない……と思ってたんですけど……。困ってることになる……のかもしれないですね」

 喉の痛みが引いてくるとともに、彼に好感を抱き始めた千鶴は、自分の置かれた状況を明かし始めました。

「つまり、それはどういうことです? 困ってる困ってない、どっち?」

「……わたしにもわからなくなっちゃいました。帰りたくて……。故郷くにに帰るためのお金を稼いでるんですけど、いつになったら帰れるのかなあ、って。…………わたし、困ってるんでしょうか?」

「ワタシにもまだわかりません。たくさん働いてるのに、お金あんまりもらえてないですか? 他の国のヒト相手にそういうことする会社、このへんには結構あります。アナタも悪い会社に捕まってる?」

 早合点した様子の彼は、不穏な気配を纏い始めます。千鶴がそこから連想したのは、火鉢のなかに入れられた炭が、静かに赤い光と熱を発している光景でした。
 
「そういうわけじゃないです! こっちの普通もわからないですし……。わからないけど、普通よりかなり多くもらえてるんじゃないかと思います! だから、会社に不満があるわけでもないっていうか…………」  

「でも、お金、欲しいんですね? アナタはできるだけ早くお金貯めたい――――で合ってますね?」

 惣一郎の会社の印象が悪化することを危惧した千鶴が慌てふためいて否定すると、彼は瞳の奥の激しい炎を瞬時に消しました。
 
「…………はい」

「だったら、いいお仕事あります。簡単です。ワタシ、紹介できます。なにも頑張らなくていい、お仕事。アナタの時間と――――」

……ですか?」 

「はい! きっと、アナタも気に入ります!」

 彼の暗示している仕事とやらがなんであるか見当もつけられないほど無知ではありませんでしたが、人魚と恋した人間がしきりに繰り返していたその言い回しにつられ、千鶴はその誘いに乗ってしまったのでした。

 

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