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第5章 宵の口
第41話 痛い/居たい
しおりを挟む「? お別れみたいなことを言うんですね? 到着はまだ先じゃないんですか?」
役目を果たしたかのようなすがすがしささえ感じさせる紳士とは対照的に、千鶴は歯の隙間に挟まってしまったとうもろこしの粒を取り除こうと奮闘しているような難しい顔をしました。
「ええ。ですが、貴女はご自分のお部屋に移られるでしょう? ここが気に入ったとおっしゃるのなら、私が移動しても構いませんが、そういうこともないでしょうし…………」
紳士の提言には、彼なりの配慮が顔を覗かせています。
「お部屋を交換するんですか? ……さすがにそれはだめなんじゃないかと思いますけど……。だって、ここはおじさまのお部屋ですよね?」
「その程度、いいでしょう。なにか事件でも起きない限り、問題視されることもないでしょうし。以前も『幽霊が出た』と騒ぐ方と部屋を代わってたことがありますよ。面識のない方でしたが、たいへん感謝され、よきご縁を結ぶことができました」
「うーん……。そういうものなんですね? でも、なにかあったら、船で働く方たちにご迷惑がかかるじゃないですか。わたしが予定どおり、自分のお部屋に行けばいいだけの話で……!」
最初に声を掛けた人には失礼な態度を取られましたが、千鶴は出航直前になって自分を乗せてくれたことと、そのために動き回ってくれた人たちに、深い感謝の念を抱いていたのです。
(でも、まだ歩くのはちょっと…………)
何度か寝返りを打ってみた千鶴は、痛む腰に手を当てました。
「……送っていきましょうか? 私ではご不満でしたら、船の方にお願いしてもいいですし、杖をお借りすることもできると思いますが」
「いえ、そこまでは大丈夫です」
紳士は千鶴に手を伸べましたが、彼女はその手を取りませんでした。
(…………痛いけど、ちょっと我慢すれば部屋を移るくらいはできる。わたしはたぶん、まだここにいたいと思ってるだけ……。おじさまと離れたくないのか、ひとりでいたくないだけなのかはわからないけど……)
「あとどのくらいかかりますか? この船が停まるまで」
「次に停まるのは二日後の予定だったと記憶しています。確か乗船券にも記載が…………失礼。少し拝見させていただきますよ。……ああ、やはり二日後ですね。そのあとが――――」
紳士は裏を向けられた乗船券を表に返し、終点の地名をさりげなく隠しつつ千鶴に見せましたが、彼女は文字を読もうとしなかったのはもちろん、彼の説明さえも途中から聞いていませんでした。
「…………次? 目的地に着くまでに、何回か停まるんですか?」
「燃料や食料を調達しなければなりませんからね。もっと近い国なら、次に停まるときには目的地に到着していたのでしょうが」
「そうなんですね。何箇所か経由しないと…………そうですよね。燃料なんて重そうですし、食料だってあっという間になくなっちゃいますね……」
中継地点がいくつもあるなどとは考えてもみなかったのでしょう。千鶴は色を失ってしまいました。
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