誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第46話 誰かが尾鰭をつけたがった話<XXVI>

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 その後も逢瀬を重ね、固い絆で結ばれた僕たちは、幸せな日々を送った。
 
 ――――と言えたならよかったが、現実は御伽噺のようにうまくはいかない。

 

 その日を境に、彼女はぱったりと姿を消した。

 『きみが帰るまで帰らない』と約束してくれていただけあって、別れの挨拶をすることはできたが、繋ぎ合わせた縁がこんな形で解けてしまうのは腑に落ちない。

 僕は次がある前提の言葉を贈ったし、君も『またね』と返してくれたではないか。
 
 帰宅後、待ち合わせの約束をしていなかったことに気付いて真っ青になったのは、運命に対して懐疑的な立場を崩せなかったことの証左だろうか。

 まあ、そのときは胸騒ぎをおぼえただけかもしれないが、嫌な予感ほど的中するものだ。

 仕事の量を全盛期の半分程度に抑え、ほうぼう探し回っても、彼女は影も形も見当たらなかった。

「僕が移動しているあいだ、君もその鰭を止めることはないんだろう。この程度で挫けていては、合わせる顔がないな」
 
 ……というところまで知れば、『生涯二度と会うことはなかった』のほうが美しい幕引きのように感じられるかもしれないが、いま一度、注意喚起しておこう。

 これは物語の体で綴っているだけで、僕の身に起こった出来事を記したものだ。

 このことを承知したうえで、驚かないで聞いてほしい。
 
 
 
 次に会った彼女は、三人の子どもを連れていた。

 一度目の邂逅の舞台でもなく、再会を果たしたのとも違う、遠く遠く離れた海岸に懐かしい姿を見たときは、会いたいという想いが生み出した幻影かと焦ったものだ。

「…………イーヴァ!?」

 絞り出した第一声は、一滴めの雨粒よろしく地面に吸い込まれていった。

 もう会えないものと思い込んでいた彼女が、あの日思い出となってしまったはずの人魚が、彼女によく似た面差しの子どもたちと浅瀬で水遊びをしている。

 追いかけっこのようにも見えたから、子どもたちにとっては楽しい遊びでも、彼女目線では海で生きていくための教えを授けている最中だったのかもしれないが。

「イーヴァ……。イーヴァなのか!?」

 積み重なった消波ブロックをよじ登り、絶叫めいた呼びかけに打って出る。
 
 甚だ不安定な足場だったが、バランスを崩しても海に落ちるだけだ。問題はない。

「!」

 風向きが味方してくれたようで、彼女はすぐに僕に気付き、子どもたちとともにこちらに寄ってきた。

があるなんて、あたしも予想してなかったなあ」

 凍える夜、暖炉の火で悴む指先をあたためる人のような声色で紡がれた言の葉は、年月が彼女の在り方かたちを歪めはしなかったということを物語っていた。

「ああ。本当にだ…………」

 夢にさえ出てきてくれなかった彼女と再会の喜びを分かち合った僕は、その場に頽れてしまった。

 会いたい一心で始めた旅の終着が突如として訪れたからではなく、心の片隅で恐れていた可能性が現実化していたせいだ。

「大丈夫っ!?」

 彼女は僕が落ちた場合に備えてくれたのか、波を起こしてやってきた。

「ああ、大事ない……」

 体勢を整え、微笑んでみせたが、口角ひとつ上げるのも、長らく休みを与えていた表情筋には酷な作業だったようだ。

 生命を輝かせ、人生(いや、人魚生か?)を謳歌している彼女と再び運命が交差しただけで十分じゃないか。
 
 そう思うのに。思いたいのに――――。
 
 『たった数年のうちに、彼女がどこの誰とも知れない男とのあいだに子どもを設けていた』という、たったひとつの揺るぎない事実が、すべての正の感情を焼き払い、赤黒い嫉妬が僕を苛んでいた。
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