誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第27話 誰かが尾鰭をつけたがった話<Ⅶ>

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「そうか…………。とても過酷な環境で生まれ育ったんだな、君は。海のなかには危険でない場所なんてないのかもしれないが……」

 己を恥じ、もごもごと口ごもる。
  
。他人事なんかじゃないよ」

 しかし、返ってきたのは、軽蔑の冷たい視線ではなく、あっさりした声だった。

「え? いや、しかし…………」

 理解しかねて咄嗟に否定の声を上げたものの、あとが続かない。
 
「自然に近い場所に住んでないなら、整備された街で、獣たちの襲撃にも怯えないで暮らしていけるのかもしれない。だけど、もしきみが健康なひとなんだとしても、いつ病気に罹るかわからないし、このあたりの陸地は……ええと、そうだ。何度も洪水に遭ってきたよね? そんなふうに自然災害を奪われるを落とすかもしれないし……」

「!」

「あたしがなにを伝えようとしてるのか、きみにはもうわかってきたんじゃない?」

「……僕たちにも『』……?」

 乾燥気味の唇は潮風にさらされ、いまにもひび割れてしまいそうだったが、お構いなしに口を開いた。
 
「そういうこと。だから、きみたちのする待ち合わせだって、あたしたちと同じで無責任なものだと思うよ?」

 生きとし生ける者の抱えるどうしようもない無責任さを、むしろ愛おしむような悠然とした態度は、女神の風格さえ感じさせた。

「まあ、あたしは故郷を出る前から、毎回待ち合わせしてたけどね。遠くまできたいま、そんな伝統に従う理由なんて、

「……ああ、そうだな。すまなかった。君は自由だ。これまでそうだったように、これからもきっと」

 息を吐く。
 
 気鬱なようでいて、その実、安堵感のあらわれだったような気もするし、神懸かったものを前にしたときの感嘆にも似ていた。

 潮の流れに身を任せ、時には逆らいながら、自分の身ひとつでどこまでも遠くへ行くことのできる彼女を、誰より自由な魂を持つ彼女を、ひとところに縛り付けるわけにはいかない。

 しかし、そうであるならば、なぜ――――。
 
「昔の君がなぜそうしていたか、訊いてもいいか。君はこうして生きているが、結果論でしかないだろう。幸運が味方したから再会の約束を果たしてこられただけで、次もそうとは限らない。果たせない可能性のある約束を取り付けるなど、無責任だとは思わなかったのか? それとも、さっきの御高説は帳尻合わせの後付けか……。あるいは、誰かの受け売りか?」

「…………思うよ。『すごく無責任なことしてるな』って思ってたし、わかってた……。だけど、約束せずにはいられなかった」

 彼女の声が小刻みに震え出す。

「なら、どうして?」
 
「『待ち合わせ』ってさ、自分からする場合は、ものだと思うんだ。あたしはずーっと、そうしてきたよ。『あたしは生きて、またきみに会う。だから、きみも絶対生きて、あたしと会ってよね。そしたら、次は今日よりもっと楽しいことしようね!』って願いを込めて伝えるつもりでさ」

 ――――なぜ、僕と再会の約束を結ぶのを躊躇うのか。

 噛み締めた唇は双方の痛みを訴えるかのごとく、赤黒い血を吐き出していた。
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