誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第3章 昼下がりの川辺

第22話 手

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「消去法にはなるけれど、おそらくんだな。これは……」

 千鶴が見守るなか、検査の続きを行っている紫水は、作業の手を止めて汗を拭いました。

「細胞を移植?」

 先ほどから、千鶴は重要そうな部分を復唱してばかりいますが、それもそのはず。

 紫水の展開する話の半分ほどは、彼女に理解可能な範囲をすでに越えていました。

「技術としては面白いし、画期的でもあるとも。ただ…………あまり、気分のいいものではないかな」

 『着色はなにかの目印に違いない』と当たりをつけたらしい紫水は、元々実施予定だった検査に加え、その方法を割り出すために苦心している最中でした。

「環境の変化に強いっていっても、自分の身体に手を加えられて、こんなにぴんぴんしてるなんて……。そんなこと、ありえるんですか?」 

「私もそこが気になっていたんだ。あまり多くはいなかったそうだし、偶然うまくいっただけなのかもしれないね。……ひとつの成功例を作るために、どれだけの犠牲を出したのかな。いや、いまはそんなことを言っている場合じゃないか。研究の過程で、たくさんの生物を死骸に変えてきた私は、他人のことを偉そうに言える立場でもないし」
  
「…………」

 相槌も打てないでいる千鶴をよそに、紫水は自身の見解を示していきます。
 
「外側を塗っているわけではないのは調べるまでもなかったけれど、入れ墨のような方法で深層に色素を定着させているわけでもなければ、元から持っている色素の働きを阻害して、別の色素が出現するように調整されているのとも違う。これは予想外だなあ」

 自己批判まじりの猛省に耽っていた先ほどとは打って変わって、目を爛々と輝かせているさまからは、彼が新規の技術に対する高揚感に突き動かされているのが見て取れました。

「……確かに、落ちないように深層に刻んだり、色素を無理矢理変えたりするのに比べれば、細胞ごとどこかから持ってきちゃったほうが早いですよね」

 しかし、薄い皮に包まれたウグイの腹部を滑る手つきは優しいだけでなく、どこか艶めかしく、千鶴を落ち着かない気持ちにさせるには十分でした。

「そういうことさ。それでも謎は残るけどね。どうやって適合させた馴染ませたのかとか。でも、いちばんは『この作業を彼らを水中からまったく、もしくはほぼ出すことなく終えているらしい』ということかなあ」

「!」

「そんな芸当を可能とする者がいるとすれば、やはり……。いや、断定してしまうのも危険か。とりあえず、残りも回収しなくては…………。あいつに頼んでおこうか。できるだけ、早いほうがいい……」
 
「残り……回収…………」
 
「同行を頼んだりはしないから、安心しておくれ。なるべくなら、近寄りたくないと思うし。……あ、千鶴はそろそろ休んだらどうだい? 今日は朝から働きどおしで疲れているだろうし、あとは私ひとりで大丈夫だから」

 千鶴が紫水の手元から視線を逸らせずに惚けていると、彼は顔を上げました。

「そう……ですね。ここにいたって、できることもないですし。わたしはお先に失礼しますけど、紫水さんも終わったらすぐに寝てくださいね!」

「ふふ。心配してくれているのかな。大丈夫、私もすぐに休むから」

 視線に気付いたのか、紫水は肘にも及ぶ入念な手洗いを行ったかと思うと、千鶴の頭を撫でました。
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