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第8章 聞こえてくるのは莫迦話。それでいいのか?それがいのか・・・。

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 空が綺麗だ。
 真っ青な空が次第に夕焼けの赤紫に支配され、さらには圧倒的な質量で2つの歪な月が姿を主張し始める。前の世界、地球では月が無ければ今のような安定した地球と言う物は存在しなかったと言われている。月が無ければ生命さえ生まれていたかも怪しいと言われるほどだ。その地球生命にとって都合が良すぎる天体、月はだからこそ人工物ではないかと言う話が出廻っていた。どっか人類の前の世代の宇宙人が、地球人を庇護し、生み出すために月を設計して配置したとかなんとか・・・。
 あの世界の月は丸く、それこそ、ざ、お月様って見た目だったけど、こっちの世界の月は、隕石が大きくなったような楕円形な物体が、回転しながら存在している。
 前の世界の月よりも、その表面のクレーターもはっきりと輪郭を持って見える事から、距離は大分近い。
 それ以外の夜の空は満天の星空とは言い難い。2つの月の光が邪魔している事もあるだろうが、そもそも見える星の数が少ない様に思える。
 銀河系かどうかも判らないが、この星の位置は地球や太陽系が所属していた銀河系オリオン腕よりも、星がまばらな場所なのだろうか?
 天文知識なんか皆無に近いけれど、ふと夜空を見上げてそんなことを考えてしまう。
 なんでか?
 つまり暇なんだ、俺。
 アイデアは結構色々出した。農業だけでなく日用品や今後の交通網の計画とか、馬車の設計だとか、細かいところは判らない物の、ラノベ内で異世界人が無双しそうな内容は思い出すたびに姉姫様に伝授した。
 どうせ俺が出来るのはアイデア出しだけで、それ以降実際に作ってみるとか不器用な俺には無理無理のむりげーだ。
 イメージだけしか持ってないから、まず完成させることが出来ない。対して基礎知識がある姉姫様は、俺のアイデアから白紙部分を読み取った上で今の技術とすり合わせ、実現できるプランへと落とし込む。
 そんな姉姫様の指導通りに旧成長中な青の村だったが、どうやら青の裏代表の俺だけひまらしい。俺以外の者たちは様々と忙しそうなのに俺はボッチで一人寂しく暇人。
 前は暇つぶしの大定番だった勇者スキルへの語り掛けも、俺が復帰を果たしてからは、うんともすんとも言わなくなった。それまでは小憎らしいおっさんの様な声で答えてくれたのに、最近ではとんと返答が来ない。
 おかげで勇者スキルの最大値は20%のままでそれ以上は伸びない。やはりあの時の話の様に、あの時に無理やり覚醒したから、残りの80%の勇者スキルは使用不能になったようだ。
 しかしなんだっていいきなり強制睡眠させられるかね?冷凍睡眠もかくやってぐらいの驚きの話だよ。しかも寝ている間の記憶は最後の起きる時のやり取りだけで後は特に覚えていない、なんかの映画みたいに夢を現実と認識して、必死で夢の中で抗う組織とか作ったりはしなったようだ。そしたらファンタジー世界からSF世界への転生か?とか疑うのかもだけど。
「あ~暇だな、そろそろ俺以外では無理時なんじゃないかね?いたいな事件の話でも舞い込んでこないもんかね、このままじゃあ、勇者、盆栽始めました!とかってタイトルで1本書ける様に・・・、うんならないな。そんなに世の中は甘くない。
「少しだけ面白いネタが上がりましたよ、ボス」
「ああ~?青肌獣耳一族の~えっと~、う~ん一番素早い奴って触れ込みの~、王城にも忍び込んで俺を助けた仲間の一人!そっか、えっと、で結局、誰だよ!」
「そこまで思い出さないのはわざとか、呪いでもかかってるんじゃないのか?絶対覚える気もないから、そんなんじゃないかな」
 青肌獣耳一族の中でも最速の呼び声高い、う~ん誰だよ!覚えてねぇ~。ほらっ欧米人から見たら日本人の顔の区別がつかないとか、ヴイチューバ―一杯いすぎて、なんか可愛い系しかいなくねぇ?んで口開くと汚い系しかいなくねぇ?と一緒で、覚えられんのだ!特徴ないし。人間から比べれば青肌で獣耳ついている分特徴あるんだけど、青肌獣耳一族全員同じだからな、そこらへんは。
「うっせ~勇者様はいちいちその他大勢の名前なんか覚えねぇんだよ悪いかっ、んで、耳よりでムフフな情報ってなんだよ?」
「なんですか、そんな情報はありませんよ、ムフフな情報とか上げたら我々姉姫様親衛隊の鉄の掟を破る事になりますし・・・、でも、少しは面白みのある情報ってんならありますよボス」
 ちょっと聞き捨てならん部分がいくつか・・・。俺にムフフな情報が入る事を皆が自主的に避けているだと?それも姉姫様のぞんざいが大きく関わっているだと。
 親衛隊が自然発生的にできるのは判らなくもない。なにせ数年前と違い、今のあいつは十代後半らしい、細くて溌剌として健康ボディの持ち主で、俺でさえすごいと思わせる知識の数々、実行力の秀逸さは青野村随一と言っていい。
 可愛くて有能ならば、男側も放っておくはずがなく、様々な種族からアプローチがあってしかるべきだが、現状それは無い。原因は今判明したこいつら親衛隊。そんじょそこらの男性が姉姫様に手を出そうものなら、集団で阻止して、一生そんな夢は夢のままで終わらせるように暗躍しているようだ。
 まぁ姉姫様自身は勇者様にベタ惚れであるからして、他の男なんか眼中には無い。それに彼女の性癖をちゃんと理解しているのは俺だけでこればっかりは親衛隊にも知られてはいけない話だろう。
 憧れて、親衛隊まで作った憧憬の宝石が実は真正の変態さんだったとは・・・。S
さんでもMさんでも、どっちでも行けるけどぉ、どちらか言えばMのが好き~とか言っていたら、心が折れる。
 折れた心は青の村での生産効率に影響し、やっと発展の兆しを見せた青の村がしぼんでしまう。
「じゃあ、いいから面白い話ってのを聞かせ見ろや、オチはあるんだろうな?」
「オチ?ってなんですか・・・、っと話ですけど、姫巫女さんの都市に、なんと妹姫さんと槍の聖騎士さんが女連れで登場したみたいですよ、どうやら王国元帥との不仲もここに極まれりですねぇ、このままいけば姫巫女さんがせっかく仲間にした都市が、王国元帥の軍に攻められんとちゃいます?」
 迷惑な話だ。どうせ王国内部での権力闘争の末に敗れた妹姫が、最後の最後に選んだのが姫巫女の勢力だったってだけの話だろう。俺の知る彼女がただ人情だけで姫を匿ったとも思えないが、何か裏で取引がなされたのだろうか?もはや力なく王都を逃げ出しただけの女に取引が出来るだけの材料があるのだろうか?
 だが、実際に妹姫たちは彼女の都市に逃げ込んでいる。教皇庁と悶着が絶えない彼女としては、王国との火種になる妹姫を一時的にも匿う行為は責められても仕方がない。
 いつだって二正面作戦は避けるが吉なのだから。
「それで、どうしろって言うんだ、お前らは?」
「はぁ?私たちにはいけんなんてないですよぉ~、私たちは情報とってなんぼなんですから、その情報を元に判断し決断するのは、他の偉い人に任せますわぁ」
「この事は姉姫様には?」
「伝えてません、ご家族のことやし、勇者様と関係の深い人物の事ですし、これは直接の方がおもろいかなぁと感じまして」
「そうか、まったく、お前らは良い性格しているよ、情報で遊んでいるのはお前らじゃないかって思うけどな」
 妹姫様は急げば5日の距離に、姉姫が来ている事を知ったらどうなるだろう?エルフを殺して、自分まで殺そうとした相手だ。そして勇者の敵を公言して王国から追放した相手だ。いかに姉妹とはいえ、仲良くすると言う雰囲気にはならないだろう。出会って抱き着くと見せながら、お互いにナイフを忍ばせて隙を見て刺そうとするようなイメージがなきにしもあらずだ。
 それでも俺が姉姫様に、ステイ!と命令を発すれば、彼女は止まるだろう。
 彼女の行動原理は勇者様の命令が一番であり、自分の考えだけでなく、自分自身も二の次とまで考えている姉姫様だからこそだ。
 一方、妹姫側からはどうだろうか?権力も地盤も仲間も失った彼女は姉姫様が目の前に現れたらなんというだろうか?
 う~ん、想像がつかない。自分で追い出しておいて、平穏無事に生活していると知ったら詰るだろうか?ちょっとそんな姉妹の姿は見たくないな。
 確かに勇者に対して、彼女や王国戦士がしたことは許せないけれど、復讐として殺すとか俺は思っていない。どちらかと言えば、その事に罪の意識を持たせて一生の間いい様に使える駒にでもなれば許すとか考えてる。復讐すればそれだけで終わりで、ちょっとは気分も良くなるかもしれないが、脅し続けて、絞りつくす方が今後の俺にとって有益になるって計算だ。
 って俺の事はどうでもいい。妹姫が近くまで来ていて、近い内に王国の実権を握った王国戦士が攻めて来るって事が重要なんだ。
 共倒れを狙って、その後に二人ともひっ捕らえるとかがすぐに思いつくが、それだとせっかく姫巫女が手に入れた都市が壊滅する。あの子は頑張り屋で一途で、どこかまっすぐすぎて憎めないところが多量にある少女だった。もう今は少女ではないのだろうが、それでも俺が守るべき心の内側にいる人間だ。好きとか愛しているとか、そんな感情ではなく俺の物で、それを奪うと言う者は倒すだけと言う感情がある。独占欲なのか?
 うむ、良く判らん。
「良く判らない時は会って、その時の感情で決めればいいか」
 今までも割とそうしてきた。深く考えて同行するよりも、心の中で嫌悪感が生まれれば殺すし、慈悲や哀惜の波が起これば救う。
 人の枠の外で、自らの善悪のみで動くのが勇者だと思う。
 何かに迎合して、その考えに支配されてしまえば、それは勇者ではなく便利な強いだけの傭兵になってしまう。
 傭兵でいいならば、俺は異世界でこんな事をしてはいないだろう。
「おい、青肌獣耳の情報屋、今から向かう事も出来るが、姉姫様を旨く足止めできるか?」
「それは無理や、どうせすぐに姉姫様にはばれる、この情報を持っているのはうちだけじゃないからね、あの人の洞察力の前で秘密なんか持ったらあっという間に看破されるシチュエーションしか見えへんわ」
 そっか、もう何度目かも数えていないが、やっぱり姉姫様はすごいな。魔族の中で諜報を専門医やってきたこの青肌獣耳一族に対して、秘密を守らせず看破するとか、名探偵の域だぞ。それこそ、火サスを越えて、全米が息を飲んだレベルなのかも?
 あれで真正の変態要素が無ければ、とは思うが、あれがあってこそのの姉姫様なのかもしれないなとも感じる。
「まあバレるなら、こっちから言った方が傷口は浅いか・・・、別に悪いことするわけじゃしな、お~い姉姫様~!」
 村中に響き渡るような大声ではなく、ちょっとカラオケで歌うぐらいの声で呼びかけてみた。半信半疑ではあったが、もしかしたらあの姉姫様ならばこれで俺が呼んでいる事を気づくかもしれない。
何せ真正の変態だからな。ご主人様が呼ぶ声にはどんな距離があろうとも反応する!とかマジで思ってそうだし。
「呼びましたか勇者様?」
 姉姫様が現れたのは、俺が呼んでから僅かな時間だった。時計とかない世界だから正確には判らないが、感覚的には5分もかかっていないような気がする。
元から俺の近くで作業していたわけではないのは、スカートのすそに土がついているので判る。おそらく畑の手伝いか、新たな水路の調査でもしていたのだろう。
「ああ、呼んだ呼んだ、ってか姉姫様ってなんか移動系スキル持ちだっけか?」
 俺でさえ短距離の転移しか使えないが、もしかしたら姉姫様は長距離転移も出来るのか?
「ええと、確か歩行補助と、重力緩和位ですわ?前の体ですとこれがないと歩くことも出来ませんでしたので、頑張って取得しましたの、そうで無ければ勇者様の前に出る事も出来ないと思いまして・・・」
 そうだよな~深窓の令嬢として城の中で引きこもりだった姉姫様が、自身の体重を支えて歩くには必須のスキルだな。それが今や体重が軽くなったことにより、爆発的な速度で動くことが出来る様になったんだ、うん、そう思う事にしよう。決して愛の力とか、変態だからではない筈。
「ふ~ん、そんなスキルもあったんだなっと、で話は変わるが、妹姫が近くまで来てるけれどどうする?」
「妹ですか?あの子はちょっとおイタが過ぎた様なので、その分のお仕置きはしませんと行けませんわよね、ただもちろん、勇者様が先にお仕置きするとおっしゃるのなら、わたくしは待ちますけれど?」
「いいのか?俺が生かして、最後の瞬間まで奉仕する事が罰と決めたら、姉姫様のお仕置きは出来なくなるがいいのか?」
「構いませんわ、それを勇者様がお望みなら、わたくしに否やはありませんもの、個人的な想い、特にエルフさんに対しての事が少しわだかまりますけれど、それはわたくし以上に勇者様が思う事ですし・・・」
 そうなんだよな。エルフを殺した相手と考えると、今でも一瞬で血が沸騰して、気づいたら斬殺していましたって事になるかもしれん。だが、殺しては無駄になる。有益に利用するのが俺の為とは判っているんだ。頭では。
「だが、妹姫はエルフを殺せとか言ってたんだっけか?実際にやったのは王国戦士だよな」
「あの時は妹と王国戦士が結託していたと信じておりましたから、けれど今の状況を見ますと、王国戦士と妹は心底までは一緒に行動はしていなかったようですわね」
「となるとさ、妹姫は助けて、王国戦士はぶっ殺すって事で纏める?細かい事情とかあるんだろうけど面倒くさいし、これで決めておけば楽っしょ」
「承知いたしました、我が妹は勇者様の下僕として仕えさせましょう、王国戦士つきましては、わたくしも矢を受けましたし、勇者様のご判断に賛意を、しかし7日の内1日はわたくしの日にしてくだいまし」
 妹姫は1週間の内6日は俺の下僕で、1日は姉姫様の下僕と言う事にして、お仕置きの代わりにすると言う事か?
「それでいいなら、俺は構わないぞ」
「えっ、本当ですか勇者様、それならばわたくし、目いっぱい色々考えてご奉仕させていただきますので、妹などには負けません、最高の一日にしていただきますので、勇者様もわたくしを最下級の下僕として扱ってくださいましね」
 あっ違った。妹姫が罰として俺の下僕なる事への嫉妬だった。替わりに1日は自分を下僕として扱えと言う、うん、変態さんなお願いだった。
 しかし、勇者に二言は無い。受け入れるか~。1週間に1日でも、体持つかな~。約束は守らなきゃいけないけど・・・。
「う、うむ、良きに計らえ・・・」
 後戻りできない事を言った感もあったが、姉姫様には多大な恩もある。俺が我慢して、褒美となるならばそれも覚悟だ・・・。
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