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第九章

終わりの始まり・・・でも、終わりは終わりⅠ

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真っ黒に冷えた溶岩を波が洗っている。静かな波とは決していえない荒々しい波が溶岩に当たり、そして百雷にも似た音を出す。しかしそんな音が響こうとも、その場に居る生命たちは日々の営みを忘れることなく、この世界に於ける異邦人を無視していた。
 日は海の上にポツンと突き出たような小島に隠れながら今まさに没しようとしていた。その景色を眺めながらこの世界の異邦人、因果への反逆者、泊錦は背後に居るだろう男に声をかけた。
 泊錦がこの場所を訪れた当初から背後に、いつかよく知る男が現れる事は判りきっていた事だった。それは数十年前からの甘美な時の願いにも似た約束の結果だった。
「やっと来たのかよ白城?ずいぶんとまた遅い到着だなぁおい、久々に会ったってぇ~のに話もせずにだんまりはいい加減飽きただろうよ?」
「そうだな泊錦、お前にまたこうして会うとは思ってなかったんでな、何から話せばいいんだろうな、だが俺は少し機嫌が悪い、判っているだろうけどな」
「ああ、あいつのことだろう、五辻が暴走してあいつを殺しちまうとはな・・・」
「五辻が暴走するのは判りきったことだっただろう?あいつらは誰の下に居たとしてもその上を目指す存在だからな、だが、経堂の件はまぁ良い、で、だ、泊錦よ、お前はどうするつもりなんだよ?」
「ここで、お前に殺されてやっても構やしねぇとも思ったがよ、それじゃあ詰まらんだろ、あの日あの時俺たちは誓っちまったんだからよ」
「くだらんな、まだそんな幻想を抱いていたのかお前は?たかが子供の戯言を・・・、あんな言葉がお前を、因果の反逆者を束縛していたとはね」
「しかたねぇやさ、一度浮かんじまった決意の先にある偶像って奴はよ、裏切れねぇんだよ、それが如何に馬鹿らしくて阿呆に見えたところで、やることが出来るのがこの腐った自分しか居ないのなら、やるのが人ってもんだろうさ」
「ふっ、経堂以上にお前は狂った甘さな奴だな泊錦、正義の味方になるって人間かよお前が?」
「なるんだよ、正義の味方によ、俺っちは一度だってあきらめたことはねぇのさ、お前みたいにはな、だからはじめちまったら止められねぇんだ、これ以上無意識の跳梁を許しちまったらよ、この世界の意識が小さくなって行っちまう、考えてみたことがあるのか白城、考えられない世の中の事をよ、遠い未来のことじゃねぇぞ、いまやすでにこの世界には物事を考えられる人間のなんと少ないことか、無意識の肥大化によって意識は考えることを奪われていることをよ」
「くだらんさ、俺にとってはな、人の意識のなんたるかなんてのには興味が無い、因果への反逆もな、ただ俺はあの時最後にしたお前との約束のためにここにいるだけだ」
「そうかい、ならお役ごめんだよ白城、もうこの泊錦と言う人間はお前、白城には頼らない、因果の向こう側へ行くのには、お前の力じゃたりねぇんだ、本当は才尾の奴を使おうとも考えたが、それじゃあ意味がねぇらしい、今俺っちに必要なのは竜眼遣いの坊主、あいつだけなのさ」
「やはりそうか、知愛の扱いがぞんざいになる訳だ、五辻に渡したらそれはそれで大事だろうによ、ならば俺は俺で、あいつを、我が可愛い弟を出迎えてやるとしようか、もうしばらく時間はあるんだろう?」
「おっかねぇな、お前の可愛いがるは恐ろしくて・・・俺っちにはたまらんね、時間はまだある、いやさ実際の所あっち側に行っちまえばよ、時間なんて概念がひどくどうでもよくなるって話だからよ、どうにでもしてやるさ、ただ殺すなよ、あの坊主が死ねば人は緩慢に考えることを止めて行くんだからよ、あの坊主には俺っちを殺してもらわなきゃならねぇし」
「では、そういうことだな、殺さない程度には可愛がるさ、じゃあな、泊錦、これでも俺はそんなにお前の事を嫌っては居なかったさ」
「はん、そうかよ」
「ああ、だがそれ以上には憎んでいただろうがな、じゃあな、友人」
「ああ、あばよ友人、正義の味方のなりそこね、おめえの分までしっかりやってくるからよ」
「期待してる、七原栞(しおり)・・・」
「その名は懐かしすぎるな、俺っちがまだただの人だったときの名だぜ」
「それでも俺はお前をそう呼んだ時を恥じては居ない、むしろ誇ってもいる」
「そうかよ、まったく最後の最後でやってくれるね、どうも、この変態人殺し野朗は、とっとと行っちまえよ」
「じゃあな、七原」
「さよならだ、友人」
 そして二人は一生分の苦笑をお互いの顔に浮かばせた後、別れた。
 日没のせいで急速に暗くなり始めたその場所に、ただ波の音だけが変わらずに響いていた。
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