銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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六章 嗤う人妖族

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「スイ、助かったよ」
「へ?」
「あの人たちはエリト様のファンだよ」
「えっ!?」
「どうやら僕のことをエリト様の恋人と勘違いしたみたい。それで、どういうつもりでフェンステッド隊長と浮気したんだって詰められたの」

 スイは言葉を失った。そんなスイを見てジェレミーはおかしそうに笑う。

「そんなこと僕に言われたって困るよねえ」
「ど……どうしてあいつらジェレミーにそんなことを!?」
「そりゃあ噂のせいでしょ。噂によるとエリト様の恋人は『守手の美青年』だからね。きっとあの人たちはこのアパートの前を張ってて、アパートに入ろうとした僕を見てこいつだって思ったんだよ」

 ジェレミーは階段の手すりにもたれかかり、困ったような顔を作ってみせた。

「まあ、僕ってばこの通りかわいいし? ふう、かわいすぎるのも罪だね……」

 勘違いで嫌味を言われたのにまったく気にしていない。大物だ。スイは拍子抜けしたが、それでも勝手なことをした彼らに怒りを覚えた。

「ほかになにを言われた?」
「んー、大したことじゃなかったよ。インランがーとか、エリト様に近づくなーとか」
「それのどこが大したことないんだ!? お前、自分じゃないって言わなかったのか?」
「言ってないよ。言ったらあいつらまたほかの人に声かけるでしょ。それでスイとはち合わせしちゃったら危ないし、僕が黙って聞いてればそれで済むかなって思って」
「で……でも、黙ってたらまたお前が嫌がらせされるんじゃないか?」
「平気だよ。あの人たち、きゃんきゃん吠えるばっかりで僕に触れようともしなかったから。僕に手を上げてエリト様の怒りを買うのが怖かったんだよ、きっと」

 ジェレミーは哀れむような表情で小首をかしげてくすくすと笑った。きれいな顔でそんなことを言っていると、まるで人をたぶらかして遊ぶ小悪魔のようだ。

「ごめんジェレミー……おれのせいで……」
「そんなに気を落とさないでよ。きみは僕を二回も助けてくれた恩人なんだから。これくらいどうってことないって!」

 スイは自分のせいでジェレミーにいやな思いをさせてしまったことに落ちこんだ。しかしジェレミーはあっけらかんと笑ってスイに抱きついた。

「僕だって少しはきみの力になれるんだよ!」
「……ありがとう」

 スイはジェレミーをそっと抱き返した。しかし、それでもまだスイの心はくもっている。

「これ、いつまで続くのかな……」
「どうだろうね」

 スイはジェレミーを離してため息をついた。

「エリトもなんでこの状況を放置してるんだよ……。自分のファンくらいなんとかしろって……」

 自分がどれだけ人気なのか知らないとは言わせない。きっとエリトが一言言えば、彼らも落ち着くだろうに。

「え? だってエリト様は今留守じゃないか」
「留守?」
「知らないの?」

 ジェレミーはあきれたように肩を落とした。

「三日前からエリト様は遠征でデアマルクトを離れてるよ。副団長たちと一緒に」
「そうなのか……?」
「なんで聞いてないのさ」
「……おれが知りたいよ」

 スイが寝こんでいたから言うひまがなかったのだろうか。いや、エリトはいつも好きなときにスイの部屋にやってくる。言おうと思えば言えたはずだ。

 今の状況でエリトが不在と聞き、スイは急に不安になってきた。なにかあってもエリトを頼ればいいと心のどこかで思っていたようだ。エリトから離れて四年も暮らしていたのに、いつの間にかエリトがそばにいないと不安に思うようになってしまっている。

「きっとすぐに帰ってきてくれるよ。だからそんな捨て犬みたいな顔しないでよ」
「誰が捨て犬だ」
「だってそんな顔してるし」
「してない」
「してるよぉ」

 そのとき、ほかの守手が帰ってきて玄関の扉が開いた。スイは会話を切り上げ、ジェレミーと別れて部屋に戻った。


 ◆


 それからしばらく経ったが、スイの周りに変化はなかった。アパートの周りをうろつく人の数も日ごとに減っていった。ジェレミーもその後エリトのファンに絡まれることはなかったらしい。ガルヴァいわく、デアマルクトは噂であふれているので、新しい噂が立つと古い噂はすぐに忘れられていくのだそうだ。

 エリトはまだ遠征から帰らない。いつごろ帰れるかは騎士団でないとわからないので、スイはのんびりエリトの帰りを待つことにした。



 スイはニーバリから単独の仕事を言いつかった。オーブリーヌというデアマルクトに昔から住む金持ちの家に悪人よけの結界をはってほしいとの依頼だった。古くからある名家で、以前泥棒に入られてから定期的に結界の依頼が来るのだそうだ。

 オーブリーヌ家は古い屋敷だった。煉瓦の黒ずみから察するに、おそらく百年以上前から建っている。スイはオーブリーヌ家の執事に連れられて、屋敷を囲む生け垣沿いを回りながら悪人よけをはっていった。

「最後にあの離れの周りをお願いします。あそこは普段人が立ち入らないので、渡り廊下をのぞいたすべてに人よけをはってください」
「わかりました」

 執事はそう言うと家の人に呼ばれて屋敷の中に戻っていった。スイは言われた通り人よけをはり始めた。離れと言っても、スイの部屋が三つは入りそうなくらい大きい建物だ。スイは掃除が大変だろうなとぼんやり考えながら結界をはった。

 離れの外周をぐるりと回り、渡り廊下の手前で一度手を止めた。渡り廊下の先には両開きの扉がついている。ここが離れの唯一の出入り口らしい。ちょっと押してみると、鍵がかかっていると思った扉はあっさり開いた。スイは少し焦ったが、まだ執事は戻って来ないし、好奇心に負けて扉の中をのぞいてみた。

 どんな豪華な部屋だろうと期待したが、そこにはだだっ広い空間が広がっているだけだった。家具もシャンデリアもなにもない。ただ、床一面にガラス瓶がずらりと並んで置かれていた。

「なんだこれ……」

 異様な光景にスイは眉をひそめた。瓶はワインボトルくらいの大きさで、なにも入っておらず蓋もされていない。長年放置されているようで、くすんで灰色に汚れている。そんな瓶が等間隔に何百も並べられている。

「……なにかの儀式か?」

 スイは薄暗い離れの中に一歩足を踏み入れた。とたんに体が鉛のように重くなった。空気が淀んでいるせいか、妙に気分の悪くなる場所だ。
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