銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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二章 地下牢

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 精霊祭が無事に終わり、デアマルクトは日常に戻った。激務続きだった守手もりてらは、ようやく肩の荷が下りて一息ついている。祭の反動で仕事の依頼も少なく、みんな守手本部の談話室でだらだらと過ごしている。

 しかし、スイは戦々恐々としていてまったく気が休まらなかった。精霊祭で再会したエリトは、相当スイに怒っている様子だった。

 あれ以来エリトは姿を見せないが、オビングでのスイへの執着ぶりを考えると、このまま静かに放っておいてもらえるとはとても思えない。きっとまたなにか起きるに違いない。そんなことばかり考えていて、不安は募っていく一方だった。



 そんなある日、スイはニーバリに呼び出された。ほかにもガルヴァとスイより少し年上の花族の守手が呼ばれ、三人で二階にあるニーバリの執務室に向かった。

「あー……だりい……」

 ガルヴァがぼやく。スイはそうだなと言って同意した。

 三人はニーバリの執務室に入った。小さな個室には書斎机が置かれ、窓を背にしてニーバリが座っている。三人はニーバリの前に横一列に並んで立った。

「急に呼び出して悪いな。お前たちに仕事の依頼だ」

 ニーバリは机に両肘をついて手を組み、重々しく口を開く。

「デアマルクト近辺を拠点としてる犯罪組織イルグは知ってるな? 少し前にイルグのボスが治安維持に捕まったことで後継者問題が勃発して、イルグはグリーノ一派とマグン一派に分裂したんだ。で、グリーノ一派はイルグの人身売買稼業を継いでいて、最近派手に動いてるそうなんだ。マグン一派より上に立とうと資金集めに必死になってて、ここのところデアマルクトのスラムで失踪者が続出してるのは連中の仕業らしい。そこでだ」

 ニーバリは三人に意味ありげな目配せをした。

「お前たちの誰か一人でいいから、商品としてやつらに捕まって内部に潜入しろ」
「ええっ!?」

 ガルヴァがすっとんきょうな声をあげた。

「人さらい組織に潜入するんですか!?」
「そうだ。でも難しい工作する必要はないぞ。やつらがさらった人を隠しておく場所が知りたいだけだから、なにも知らないふりして捕まってくれればそれでいい。もちろんすぐに助けに行くからな」
「でも、それって治安維持部隊の仕事じゃないんですか?」

 スイも同感だった。どう考えてもこれは守手の仕事ではない。花族の守手も不安そうな顔をしている。

「あー、そうだな、確かに本来なら治安維持の仕事だよ。だけど、あの人たちは場慣れしてるから潜入には向かないんだ。犯罪者どもは鼻が利くから治安維持や憲兵をすぐに見分けちまうんだと。だから戦闘慣れしてない守手が適役なんだ」
「……守手の中で俺たちが呼ばれた理由は?」
「花族と若葉族の若い男は需要が高いからだよ。本当は女がいいんだけど、さすがに女にやらせるのはまずいからなあ」

 ガルヴァと花族の守手が渋い表情になる。当然だろう。女の代わりに好色な男に売られるために捕まるなんて、誰だってまっぴらごめんだ。

「デアマルクトの善良な民を守るためだ。これ以上の被害を食い止めるために勇気を出してくれるやつはいないか?」

 スイ以外の二人が同時に下を向く。安全なところで指示を出すだけのニーバリは気楽なものだ。だが、実際に捕まるほうは痛い思いや嫌な思いを覚悟しないといけない。捕まった人がどんな目に遭うのかもわからないのに、立候補する酔狂な者などいるはずがない。

「おいおい、気概のあるやつはいないのかよ?」

 ニーバリがため息混じりに言う。スイはすっと手を挙げた。

「おれやります」
「おっ! そうか!」

 ニーバリは喜色を浮かべ、ガルヴァはぎょっとしてスイを見た。

「お前正気か!?」

 スイはこくりとうなずく。

「やるよ」
「相当あぶねえ仕事だぞ? お前そんなの向いてねーだろ!」
「大丈夫だよ。精霊祭の準備ではみんなに迷惑をかけちゃったから、ここはおれにやらせてくれ」

 殊勝なことを言うスイにニーバリは満足げに笑う。

「スイ、見直したぞ! お前みたいな勇敢な部下を持てて俺は嬉しい!」

 ニーバリは書斎机の向こうから手を伸ばしてスイと握手し、ぶんぶんと上下に振った。ガルヴァは信じられないとでも言いたげにスイを見つめている。花族の守手はスイの言葉に感心したようだった。

 ニーバリが嬉しそうなのはスイの行動が上官である自分の成果になるからだろう。手柄を横取りされそうな気もするが、今のスイにはどうでもよかった。潜入任務を任されればしばらく家を空けざるを得ない。エリトに会いたくなかったスイにとっては渡りに船だった。



 さっそくその日の夜に作戦を決行することになった。日が暮れたころ、スイは再びニーバリの執務室に行き、服を脱いで上半身裸になるとニーバリに背中を向けて立った。

「よし、じゃあやるぞ」
「はい」

 ニーバリはスイの背中に手のひらを置いた。触れられた部分がじくりと熱くなっていく。どんどん熱さは増していき、そろそろ火傷するんじゃないかと心配になったころにようやくニーバリは手を離した。

「これでよし。見てみろ」

 スイは体をねじって背中を見た。腰の上に手のひらほどの大きさの黒い印がついている。細かな文字がびっしりと並んだ魔法陣だ。

「これがあれば、離れていてもお前の位置が手に取るようにわかる。潜入して内部の情報を集め終えたら、これに魔力を注いで術を発動させろ。それを合図に助けに行く」
「わかりました。でもこれちょっと目立ちません?」
「そんなの目くらましをかけとけばいいだろ」
「そこはやってくれないんですか……」
「甘えんな。守手だろ」

 スイは仕方なく自分で背中に目くらましの結界をかけた。追跡用の魔法陣はほとんど認識できないくらいに薄くなった。

「よし、じゃあ着替えて出発しろ」
「はい。行ってきます」
「気をつけろよ」

 スイはニーバリが準備したぼろのシャツとつぎの当たったズボンに着替え、くたびれた鞄を肩にかけて守手本部を出た。ニーバリの話ではスラム街の入り口近辺でよく人さらいが出没するらしい。

 スイは地図を片手にスラム街と呼ばれる地区にやってきた。さっきまでは普通の商店街だったのに、一本通りを越えると急に景色が変わった。道幅が狭くなり、入り組んだ路地が蜘蛛の巣のように縦横無尽に続いている。民家の窓は鉄格子がはめられているか板で打ち付けてある。痩せた犬が道ばたに寝転んでいて、歩くスイをじっと見つめている。

 まだ日が暮れてそんなに時間も経っていないのに、狭い通りに人通りはほとんどなかった。でもなぜかたくさんの人の気配がする。不思議なところだった。

 あまりに雰囲気が違いすぎて、別の世界に迷いこんだような気分だった。歩いていくと、三人の娼婦が立ち話をしているところに出くわした。スイは早足で彼女たちの脇を通り過ぎたが、通り過ぎる際に無遠慮な視線を感じた。居心地が悪くてたまらず、スイは早くさらわれたい一心であちこちうろついた。

 しばらく歩き回ったが誰も接触してこなかった。スイはそばの塀に寄りかかり、ニーバリにもらった地図を取り出した。近くに街灯がないので、月明かりに目をこらして地図を眺める。

「どこだよここ……」

 かなり細かい道も載っている地図だったが、この辺りは道が入り組んでいて自分がどこにいるのかさっぱりわからない。周りは似たり寄ったりの建物ばかりで目印になるようなものはなにもない。かといってこの辺の人には怖くて話しかけられない。

「……人さらいより先に強盗に遭うんじゃないか?」

 スラムは犯罪の温床になっているし、そう都合良く人さらいがスイを狙うとも限らない。

「狙うなら美女とか美少年とかだよな。おれじゃ無理かも……」

 お腹も空いてきて、スイのやる気は急激に低下していった。エリトから逃げたいからといって簡単に引き受ける仕事ではなかった気がする。

「今日のところは引き上げるか」

 スイは地図をたたんで鞄にしまい、来た道を引き返した。

「……あれ……?」

 だが、なかなか元の場所に戻れなかった。路地が中途半端に湾曲しているせいで、歩いているうちに正しい方角がわからなくなってしまう。

「ま、迷った……」

 石造りの背の高いアパートが狭い道の両側にそそり立ち、スイの視界を遮っている。そのせいで大聖堂のオベリスクも城壁も見えず、それらを目印にすることができない。スイは仕方なく勘を頼りにスラム街をさまよい歩いた。

 迷っているうちに夜も更けて空気が冷たくなってきた。後ろから一人の男が歩いてきてスイを追い越していった。スイは道をたずねるべきか迷って男の後頭部を見つめる。

 前方で男が立ち止まった。なんだろうと思った瞬間、背後からにゅっと手が伸びてきてスイの顔に布を押しつけた。変な刺激臭のする布だ。

「っんんん!?」

 スイは男の手をふりほどこうとしたが、変な匂いを嗅いでいるうちに視界がまっ暗になっていった。
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