銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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出会い編 オビングの小さな家

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「おれはもう死んでるのか……?」
「いやいや、今はちゃんと生きてるだろ。精霊に愛されて、精霊の力で生き返ったんだよ。だから半分・・精霊族なんだって」
「じゃあいつ死んだの?」
「それは俺にはわかんねえよ。自覚がないってことは、突発的な事故かなんかだったんじゃないのか? それで気づかないうちに精霊族としてよみがえったとか」
「神父様も知らなかった……?」
「そうかもな……だけど、ベルヴィッドが知ってる以上、誰かが知ってて伝えたはずだ」
「神父様が話したってこと? でも、どうしておれには教えてくれなかったんだ……」

 神父様のことはよく覚えている。いつも優しい大好きな神父様。神父様がスイを悪人の手に渡すはずがない。神父様はいつもスイたち孤児の幸せを願っていた。村人からもらった食べ物を子供たちにほとんど分けてしまうせいで、神父様はとても痩せていた。

「お前、どういういきさつでファリンガー家に引き取られたんだ?」

 エリトが聞くと、スイはひょいと肩を持ち上げた。

「わからない。気づいたらファリンガー家の屋敷にいたから」
「気づいたら? 寝てるうちに連れてかれたのか?」
「……よく、思い出せない。いつも通り教会で過ごしてたはずなんだけど、いつのまにかファリンガー家に引き取られてたんだ。だから神父様や兄弟たちにお別れも言えなかった」
「お前のいた村はなんて村だ? どこにある?」

 スイは首を横に振る。

「わからない……。森に囲まれた村だったのは覚えてるけど、村の名前を忘れちゃって。村から出たことなかったから場所もわからない」
「ええ? それじゃ故郷に帰れないだろ」
「……そうなんだよ……」

 神父様に聞けば精霊族についてなにかわかるかもしれないが、村に帰れないのではどうしようもない。かといって監獄にいるベルヴィッドに話を聞くわけにもいかない。

「それじゃこれ以上はなにもわからないな……」

 エリトがため息まじりに言う。スイは青く透明な水をたたえる泉に視線をやった。精霊たちは好き勝手に喋るばかりで、スイの質問には答えてくれなそうだ。

「スイ」

 エリトはスイの両肩をつかんで自分のほうを向かせた。いつになく真剣な目をしている。

「な、なに?」
「いいか、お前が精霊族だってことは誰にも言うな。精霊族だって知られたら、国中の人間がお前を捕まえようとするぞ。金持ちは大金積んででもお前を手に入れようとするはずだ」

 そんなやつに捕まったらまたあの屋敷での生活に逆戻りだ。そう考えてスイはぞっとした。

「過去にたった一人の精霊族をめぐって大きな争いが起きたことがある。だから精霊族は普通正体を隠す。……スイ、池や泉には二度と近づくな。あの銀髪の姿を見られたら一発でばれるぞ。実際に精霊を見たことがなくても、精霊が銀色だってことは誰でも知ってるからな」
「わ……わかった」
「なにがあろうと絶対に誰にも言うんじゃないぞ。フラインにもだ。わかったな?」
「うん」

 スイがうなずくと、エリトはスイを離して腰に手を当てた。

「これからどうするかな……。一人にさせるのは怖いし……でもあそこを動くわけにもいかないしなあ……」

 エリトはあさっての方角を向いてぶつぶつと呟いている。スイはエリトの整った顔を見ていて、ふとたまらない気持ちになった。知らない感情がこみあげてきてスイの体を駆け巡る。

 そして、唐突に自分はエリトのことが好きなのだと理解した。

 スイは背伸びをしてエリトの口に触れるだけの軽いキスをした。エリトは一瞬固まったあと、大きく目を見開いた。

「スイ……?」

 スイはエリトを見上げたままそっとエリトの背中に手を回した。

「……好きな人にはキスして抱きしめるんだろ? お前は優しいし、おれのこと考えてくれるから好きだ」

 エリトはスイを穴が開くほど見つめたままなにも言わない。いやがっているようには見えなかったので、スイはふっとほほ笑んだ。

「……お前に助けられてよかった……」

 エリトが息をのんだのがわかった。スイはエリトに痛いほど抱きしめられて口づけられた。とても長いキスだった。息が苦しくなってきたころにようやくエリトはスイの唇を放した。

「愛してる」

 エリトが言う。スイはなんと返せばいいかわからず黙ってうなずいた。エリトは口端をつり上げて笑い、

「目を閉じろ」

 と言った。目を閉じると、再びエリトにキスをされた。今度は舌に侵入されて口内まで深く口づけられた。

「……ん、んっ……」

 唾液が絡み合ってくちゅりと水音がする。なんだかそれがとてもいやらしく聞こえて、スイは体に熱がこもるのを感じた。エリトは固くスイを抱きしめて離れることを許さない。スイはエリトの腕の中にすっぽりと収まり、甘美な感覚に酔いしれた。


 ◆


「スイ、帰ったぞ!」

 エリトは家の扉を開け放って言った。スイは椅子に座ってうとうとしていたが、エリトの声を聞くとぱっと玄関に走った。

「おかえり!」

 スイが駆け寄ってくると、エリトは嬉しそうに笑って両手を大きく広げた。スイはまっすぐエリトの腕の中に飛びこんだ。しかし、エリトは不服そうに言った。

「おい、俺が帰ったらおかえりっつってキスしろよ」
「なんで? 抱きしめるだけじゃだめなのか?」
「だめだ。キスは恋人同士の挨拶だぞ」
「わかった。次からそうするよ」
「よし」

 エリトはスイの目尻に口づけると家の中にずんずんと入っていく。スイはそのあとを小走りについていく。エリトの背後にいたフラインは唖然として玄関口に突っ立っている。

「……なんだ今の……というか俺、存在忘れられてない?」
「あ、フラインもおかえり!」

 スイが振り向いて言うと、フラインは曖昧に片手を上げた。

「ただいま……。なあ、きみらはいつから恋人になったんだ?」
「昨日だよ」
「へ、へえ……まあ、なんとなくこうなる予感はしてたけど……。いざ目の前に突きつけられるとなんか複雑……」
「おれたちが恋人じゃだめなのか?」
「いや別にだめじゃないけど……。ただ、あいつのあんな姿を見るのは初めてで気持ち悪いっていうか……あの誰にもなびかないエリトがなあ……。よっぽどきみのことが気に入ったんだ……」

 フラインがしみじみと言う。フラインはエリトとは子供のころからのつきあいらしいが、彼も見たことがない態度のようだ。スイはそれがエリトが自分だけを特別に思ってくれている証のような気がしてとても嬉しかった。ほほを染めてにやけるスイを見て、フラインはやれやれと首を振った。

 その後、いつものように三人で夕食をとった。エリトはスイを隣に座らせて腰に手を回し、食事そっちのけでスイを構い倒している。スイはエリトに構われることが嬉しくてたまらず、エリトばかり見ていてこちらも食事がまったく進まない。見るに堪えなかったのか、フラインは食事をかきこむとさっさと帰っていった。
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