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一章 王都と精霊祭
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しおりを挟むしばらくの沈黙のあと、一緒にいた騎士団員が副団長、と呼んだ。
「フェンステッド隊長のお知り合いなら犯罪組織に関わりのある人ではないと思いますけど……」
それでもフラインは納得しきれないようでうなっている。
「ええ? そんなこと疑ってたのか? あいつはそんな奴じゃないよ。オレが保証する」
ゾールが強い口調で言う。フラインはしぶしぶ納得したようで、行くぞ、と部下たちに声をかけた。複数の足音が緑岩の広場のほうに遠ざかっていく。
「行ったよ」
しばらくしてゾールが隠れているスイを上からのぞきこんだ。スイはおそるおそる立ち上がって壁の影から顔を出す。騎士団の姿はもうどこにもない。
「ありがとう……」
スイはゾールとバレンディアに頭を下げた。
「別にきみがさぼってたから追いかけてたわけじゃなさそうだよ」
スイはあいまいに笑った。
「そうだな、おれの気にしすぎだったのかも」
「でもなんであいつら急に守手を追いかけまわし始めたんだ? 不審者が守手になりすますはずないと思うけどなあ……」
「そうだよね。おれもよくわからない」
「なにか情報をつかんだんだろうか? 念のためきみの顔を確認しとこうかな」
「いいよ」
スイは仮面を外してゾールに顔を見せた。ゾールはうんとうなずく。
「犯罪者のなりすましではないことを確認した」
「ありがとうございます、フェンステッド隊長」
スイは再び仮面をつけ直し、二人と別れて歩き出した。もうだめかと思ったが、間一髪で難を逃れることができた。ゾールは日替わりで女を替えて遊ぶだらしない奴だが、今日ばかりは救世主のように思えた。
そのままなんとなしに歩いていると、ぴりっとした違和感を感じて振り返った。もうすぐ祭が終了するが、最後のお客さんがやってきたらしい。しかしここは緑岩の広場から離れた場所で、周囲に憲兵の姿はない。仕方なくまた自分で現場に向かうことにした。
今日は最終日ということもあり、周辺施設で歌手が歌を披露したりといろいろな出し物をやっていてどこもにぎわっている。だが、城壁の際に建つ礼拝堂のほうまで来ると人はほぼ見当たらなくなった。ときどき歓声が風に乗って遠くから聞こえてくるだけだ。
小さな礼拝堂は城壁の影に隠れるようにしてひっそりとたたずんでいる。スイは木製の古びた扉を押し開けて中に入った。礼拝堂はひんやりとした空気に包まれていてとても静かだ。参拝者の姿はない。
スイは辺りをきょろきょろと見回した。入り口の悪人よけに異常はなかった。悪人よけにはじかれたのなら、誰かに見つかる前にとっくに逃げ去っただろう。
だがすぐに帰る気にもなれず、スイは礼拝堂の奥に進んだ。一歩踏み出すたびコツコツと固い足音が響く。
ふと、スイは祭壇の奥に飾られている絵画に目を奪われた。神々しい聖人と女神の絵だ。昔、スイが神父様と暮らしていた村の教会にも似た絵が飾られていた。なつかしさについ足を止めてじっと絵を眺める。
スイがまじまじと絵に見入っていると、ガタンとなにかが倒れる音がした。音のしたほうに行ってみると、礼拝堂の奥に付随する小部屋の中に四人の男が立っていた。四人とも仮面をつけておらず、ひげ面でどことなく人相が悪い。
「……え?」
その中の一人と目が合った。目が合った男はスイを指さして叫んだ。
「守手だ! とっつかまえろ、憲兵を呼ばれるぞ!」
ほかの三人が一斉にスイに向かってかけだし、スイは慌てて逃げ出した。
「逃がすな!」
「待ちやがれ!」
スイは乱雑に置かれた長椅子のあいだをぬって走った。叫びたいのに恐怖のあまり声が出ない。
出入り口につく前に、一人の男が脇から長椅子を押してスイの行く手をふさいだ。スイが足を止めたすきに別の男が背後からスイに飛びかかる。
「わっ」
スイはすんでのところで長椅子を飛び越えて男の手をすりぬけた。男は勢いあまって長椅子に激突し、椅子ごとひっくり返った。木の椅子がばりばりと壊れる派手な音が辺りに響く。
スイはがむしゃらに扉に手を伸ばした。外に出られさえすれば、憲兵か通行人に見つけてもらえる。
だが、扉に手が届く前にローブのすそをつかまれてぐいっと後ろに引っ張られ、スイはあおむけに倒れた。背中を床にしたたかに打ち付け、衝撃で仮面が外れてころりと転がった。
「いだっ」
「つかまえたぞ!」
男はスイの両手をつかんで嬉しそうに叫んだ。スイはじたばたしてもがいたが、スイの細腕では男の拘束を逃れることはできなかった。
「おとなしくしろって」
「もが!」
もう一人に口をふさがれ、抵抗するすべを失ってしまう。
「こいつどうする?」
「とりあえず縛っておくぞ」
一番がたいのいい男がどこからともなく麻ひもとナイフを取り出した。刃物をちらつかされ、スイは真っ青になって動きを止めた。殺されるかもしれない恐怖に体ががたがたと震え出す。
――ここに来てからさんざんだ。
スイの銀の瞳にじわりと涙の膜が張った。デアマルクトで働き始めてからというもの、カムニアーナには嫌がらせをされるし、仕事はうまくいかないし、なにもいいことがない。真面目に働いているのにどうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
そのとき、入り口の扉がばんと開いた。スイと男四人が同時に扉のほうに視線を向ける。そこには数人の憲兵の姿があった。憲兵は床に倒れたスイとスイにむらがる男たちを見て、あっと叫んだ。
「なにしてんだお前ら!」
「やべっ」
礼拝堂はたちまち大捕物になった。今度は男たちが逃げ惑い、憲兵が追いかけていく。四人の男は必死に抵抗したが、駆けつけた憲兵たちの手で全員捕まって縛り上げられた。
解放されたスイは立ち上がってローブについた埃をはたいた。フードをかぶり直し、床に転がった仮面を拾い上げる。仮面は騒ぎのどさくさで誰かに踏まれて真っ二つに割れていた。
「はあ……」
「守手さん、大丈夫?」
一人の憲兵が心配して声をかけてくれた。
「……大丈夫です」
「そうか。怪我がないようでよかったよ。誰もいないはずの礼拝堂からものすごい音がしたから駆けつけたんだ。なにがあったんだ?」
「ここにはった悪人よけの結界に異常を感じて礼拝堂に入ったんです。そうしたら奥にこの四人が隠れてて、見つけたとたん襲いかかってきたんです」
「奥でなにしてたんだ?」
「よくわからないです」
「ふうん……」
「ここの入り口には悪人よけの結界がはられてるのに、なんでこの四人がここに入れたのかわからなくて……」
スイが言うと、憲兵は苦いものを無理やり食べさせられたような顔になった。
「……結界破りの魔法か?」
「あっ、なるほど。それなら無理やり入れますね。結界破りの魔法が不完全だと、結界を通り抜けたときに違和感が伝わってくることがあるって聞いたことがあります」
「きっとそれだ。しかしだな、結界破りの魔法を使えるのは腕の良い闇魔法使いを雇えるでかい組織の連中くらいだぞ……。おい、そいつらの入れ墨を調べろ」
憲兵たちはすぐに四人の服を破いて肩口をあらわにした。男たちの肩や腕にはそれぞれ入れ墨が入っていた。
「……イルグのメンバーだな」
「こっちはスカリガの入れ墨だ」
「イルグとスカリガが取引してたのか? くそ、面倒そうなの見つけちまった」
四人ともデアマルクトを根城にする犯罪組織の人間だったようだ。それを知った憲兵たちの顔つきが変わる。
「おい、治安維持部隊を呼んでこい」
「今日はもう全員上がってますよ」
「ええっ? ……しょうがねえ、じゃあ騎士団だ。騎士団なら少し前に到着したろ」
「わかりました、呼んできます」
若い憲兵が礼拝堂の外に走っていく。縛られて床に転がされている四人は貝のように黙っていたが、騎士団が来ると聞いて顔色が悪くなった。
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