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終章 二人だけの秘密

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「王都は狙われているので、街の人はだいたい疎開してしまって空っぽです」

 テオフィロが言った。いつもの夕暮れの街並みのようだが、神殿の塔の煉瓦が一部崩れているのが見えた。人がいないせいかどことなく乾いた雰囲気がする。

「魔獣が現れたってことは、扉の場所もわかったんだね?」
「はい、開かれてようやく……。海中師団がさんざん探していた場所にあったんですけど、魔族の隠れ家と同じく結界に守られていて今まで見つけられなかったんです。その結界はなくなり、扉の前にハルダートがいてどんどん魔獣を呼び寄せてます。海王軍騎馬師団と海中師団は、扉を封印するため出立しました」
「ライオルも?」

 テオフィロは重々しくうなずいた。

「はい。第二陣を率いてホルシェードと一緒に先日屋敷を出発しました」
「でも怪我してるんだろ?」
「治ったと本人は言ってました。サーマン先生も止めはしませんでした」

 ルイは黙って考えこんだ。腹部を刺されたのに、そんなにすぐ戦いの場に戻って大丈夫なのだろうか。

 ルイの心配を見透かすように、テオフィロはそっとルイの背中に手を置いた。

「大丈夫ですよ。ライオル様は後方で指揮を下すのが仕事です。皆が王太子を守ってくれますから、あまり心配しすぎないように」
「うん……そうだよね……」

 ルイはうなずいたが、ライオルが心配でたまらなかった。守りは厳重だろうが、ハルダートは王太子となったライオルを狙っているはずだ。ライオルもルイへの仕打ちの報復をしようとして、無茶をするかもしれない。安全な屋敷の中でただ待つしかできないのは辛かった。



 翌日、ルイはベッドに座ってサーマンの診察を受けた。少し筋肉がこわばっているが、体は健康そのものだった。しばらく寝たきりだったとは思えないほど、ルイの体調は良好だった。

「テオフィロの看病のおかげだね。毎日せっせときみの体を動かして、あざにならないようにしてたから」

 サーマンはそう言ってほほ笑んだ。ルイはかたわらに立つテオフィロを見上げた。

「テオフィロ、ありがとう。きみには助けてもらってばかりだな」

 ルイは感謝をこめて言った。テオフィロは照れて赤くなり、両手をぶんぶんと振った。

「とんでもないです! ゾレイ様の元気の出る薬のおかげですよ」
「ゾレイの薬?」

 ルイがきょとんとすると、サーマンがああ、と言った。

「王宮魔導師どのが、きみのために薬を作ってはしょっちゅう持ってきてくれてたんだよ。薬草や魔導師の病気に詳しい方だったから、とても助かったよ」
「ゾレイが……そうなんだ」

 ゾレイは憎まれ口をたたきながらも、いつもルイに助言をくれる大事な友人だ。仕事で忙しいだろうに、そこまでしてくれたことに胸がいっぱいになった。

「ゾレイにもお礼を言わなくちゃ……。心配してるだろうから、元気になったことを伝えたいな。テオフィロ、ゾレイが今度はいつ来るかわかるか?」
「あ……ゾレイ様は今カリバン・クルスにはいらっしゃいません」
「あれ、そうなのか。ゾレイも戦火を避けて別のところに避難してるのかな?」
「いえ、その……ゾレイ様は第一陣と一緒に従軍なさっています」

 ルイは耳を疑った。

「なんで?」
「扉を閉じるために使う人工使い魔を、ゾレイ様が使役しているからです。戦いそのものには参加しませんが、ハルダートを倒したあと、人工使い魔を使って扉を閉じるのがゾレイ様のお役目です」
「そんな危険な役目をゾレイが……?」
「大事な任務ですが、作戦の要でもあるので絶対に傷つけられることのないよう守られてます。ハルダートに気づかれないよう隠されていますし、危険ではないはずです。大丈夫、ライオル様と一緒にご無事で戻ってきますよ」

 テオフィロは元気づけるようにルイの腕を優しくさすった。

「だから、ルイ様は皆が戻ってきたときに元気に出迎えてあげてください」

 サーマンも大きくうなずいた。

「その通りだ。きみは自分の心配をしてなさい。無理は禁物だよ」
「……わかった……」

 ルイは不安でたまらなかったが、それ以上はなにも言わなかった。サーマンはルイに部屋の中を歩かせたり紙に文字を書かせたりして、日常生活に支障がないことを確認した。ルイがお腹がすいたと言うと二人はとても喜んでくれた。テオフィロはすぐに食事を用意して持ってきてくれた。

 ルイは温かいスープを飲みながら、ぼんやりと考え事をしていた。テオフィロはそんなルイの様子を黙って見つめていた。



 次の日の朝、ルイは診察のためにやってきたサーマンに開口一番言った。

「俺もライオルのところに行く」

 サーマンは眉間にしわを寄せた。

「……それ、僕がいいって言うと思って言ってる?」
「だって、体はどこもなんともないし、健康そのものだって昨日先生が言ってくれたじゃないか」
「それでも僕はきみを屋敷から出すわけにはいかないよ。ライオル様にきみのことを頼まれたんだから」
「こんなことになってなかったら、俺もライオルと一緒に作戦に参加してたはずだよ! 第九部隊の皆も行ってるし、ゾレイまで行ってるのに、俺だけのんびり寝てるわけにはいかないよ」

 サーマンはいらだった様子でどかりと椅子に腰を下ろした。

「きみ、つい二日前まで死んだように眠ってたんだよ? 起きたと思えば混乱してすぐ昏倒してしまった。そんな状態の人を戦場に行かせるなんてばかげてる。死にに行かせるようなものだ」
「それでも俺は行くよ、先生。俺が行かないとだめなんだ。今度こそ決着をつけてやる」
「……ライオル様と同じことを言わないでくれよ」

 サーマンはうめくように言って肩を落とした。ルイはテオフィロに向かって言った。

「テオフィロ、出立の準備をしてくれないか」
「ルイ様……」
「お願い」

 テオフィロはじっとルイの目を見つめてから、短くうなずいた。

「……わかりました」
「テオフィロ!」

 サーマンはテオフィロをにらみつけた。テオフィロは背筋を伸ばしてサーマンに向き直った。

「ライオル様もルイ様の元気な姿を見たほうがいいと思います。そうでないと、ご自分の命を省みずにまた無茶な戦い方をしてしまうかもしれません」
「そのためにきみの大事なルイを戦場に連れて行くのか? 言ってることが矛盾してるぞ」
「でも、ルイ様はおとなしくしてくれないですから。俺たちがいくら止めたって行っちゃうと思います」

 テオフィロはそう言って苦笑した。ルイはベッドから起き上がり、二人にぺこりと頭を下げた。自分のことを思ってくれる二人を困らせることはしたくはないが、こればかりは譲れなかった。

「サーマン先生、ごめんなさい。テオフィロもごめんね。戻ってきたら、ちゃんと言うこと聞くから」

 サーマンはなにも言わなかった。おそらくライオルも同じように無理やり復帰してしまったのだろう。なにを言っても無駄だとあきらめたようだった。


 ◆


 ルイは第三陣と共に戦地に赴くことになった。第三陣は武器や食料の補給部隊と、負傷者を連れ帰るための医療部隊で結成されている。ルイは医療道具の運搬を手伝うことになり、貨物用の海馬車に乗ってカリバン・クルスを出発した。

 道中、ルイは医療部隊の衛生兵から戦況を聞いた。扉はネマの村にほど近い海の森の中にあったそうだ。そこから魔獣を逃がさないよう、海王軍が死力を尽くして今もなお戦っている。扉から無限にあふれ出てくる魔獣のせいで、かなりの負傷者が出ているらしい。ルイはそれを聞いてますます不安になった。

 海王軍が魔獣を押さえこんでいるおかげで、道中魔獣と遭遇することはなかった。予定通り目的地の海の森に到着し、ルイは海馬車からおりた。

 中央がせり上がった丘状の海の森だった。青緑色の木々がうっそうと茂っているが、森の中央に木が一本も生えていないごつごつとした岩山がある。

 森のあちこちから黒煙があがっていて、見たこともない大きな奇妙な生き物が空中を浮遊していた。飛行する魔獣は下から矢を浴びせられると、牙をむきだして矢が放たれたほうに襲いかかった。木々に遮られて見えないが、たくさんの兵士が魔獣と戦っているようだ。

 海の森を覆うエラスム泡の向こう側には、海中師団の兵士の姿が多数あった。兵士たちは水棲馬に騎乗し、エラスム泡を越えてきた魔獣を倒している。

「こっちに運んで!」

 同じ海馬車に乗っていた衛生兵に声をかけられ、ルイは慌てて物資を持って彼のあとを追った。大きな天幕の中に入ると、そこには負傷した兵士がたくさんいて、衛生兵の手当てを受けていた。ルイは海馬車に積んでいた物資をどんどん天幕の中に運びこみながら、知った顔がないか確認した。

 最後の物資を運び終えたとき、聞き覚えのある声がした。

「おい、痛み止めをくれ!」

 振り向くと、ギレットが天幕の出入り口をくぐって入ってきたところだった。左腕を肩から三角布でつっていて、額に血のにじんだ包帯を巻いている。

「ギレット!」

 ルイはギレットに駆け寄った。ギレットはルイを見ると目を丸くした。

「ルイ……? いや待て動くな!」

 ギレットは右手を突き出して近づこうとするルイを制した。ルイはギレットの殺気を感じてぴたりと立ち止まった。
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