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七章 タールヴィ家とイザート家
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しおりを挟むマリクシャとアマタとディニスがカリバン・クルスを離れる日がやってきた。帰路につく三人を、ライオルとルイとテオフィロが屋敷の門の前で見送った。マリクシャはライオルを呼んで真剣な顔で言った。
「ライオル、私の知っていることはすべて王とオヴェンに伝えた。まもなくオヴェンが海中師団を使って捜索を開始するだろう。あとはライオル、お前に託す。シャムスに伝承のことは聞いたんだろ? 続きはお前の手で調べてくれ」
「わかった。任せてくれ、父さん」
「頼んだぞ。なにかあったら連絡してくれ」
マリクシャはそう言って馬車の中に乗りこんだ。
「じゃあなライオル」
ディニスはにやにやしながら弟の肩をたたいた。
「がんばれよ、いろいろと」
「わかってるよ」
「テオフィロ、近いうちに休みをとって帰ってこいよ」
「そうします」
「ルイ、元気でな。ライオルを頼んだよ」
「はい。ディニス様もお元気で」
ディニスは気さくに手を振りながら、マリクシャに続いて馬車に乗った。アマタは黒のストールを巻いて腕を組み、厳しい顔でライオルを見据えた。
「あなたは隊長なのですから、常に模範になるような行動を心がけなさい。決して敵に背中を見せないように」
「はい」
「あなたの両肩に部下全員の命がかかっていることを肝に銘じなさい。自分にできても部下にできないことを命令するような人は隊長失格ですからね」
「はいはい」
アマタはいろいろとライオルに注意したあと、きびすを返して馬車のほうに歩いて行った。だが、馬車に乗りこむ前にふと立ち止まって振り向いた。
「ルイ、ちょっといらっしゃい」
アマタはちょいちょいとルイを手招きした。ルイがアマタのところに行くと、アマタはルイの両肘をそっとつかんで優しく言った。
「あなたはあなたの心の赴くままに行動していいのよ。ここではあなたは自由なんだから」
「え……はい」
ルイはなぜそのようなことを言われるのかわからなかった。アマタはすべて見透かしているかのように、蠱惑的にほほ笑んだ。
「なんだか悩んでいるようだったから。一人で抱えこまないで、困ったら誰かに相談なさいな」
「……そうします。ありがとうございます」
「素直でよろしい。元気でね」
アマタはルイの額にキスを落とし、馬車に乗りこんでいった。母親らしいことをしてもらい、ルイはなんだか泣きたくなった。
馬車の扉が閉められ、三人を乗せた馬車はがたごとと出発した。馬車の窓からマリクシャたちが手を振っている。ルイはライオルとテオフィロと一緒に、去っていく馬車が見えなくなるまで手を振った。
◆
合同近接戦闘訓練の日がやってきた。合同近接戦闘訓練は、いつも鍛錬を行っている訓練場ではなく、基地の一番端に位置する広大な模擬戦闘用広場で実施される。だだっ広い広場には、縄を張って四角く区切られた戦闘用フィールドがいくつも並んでいる。奥には演習用の草地や家屋もあるが、今日はその手前のフィールドのみを使用する。
第九部隊と第一部隊は左右に並んで整列し、ギレットとライオルがその前に立って朝礼を実施した。ルイも今日は風の仕事を休み、朝礼から参加している。
第一部隊はギレットのようにがたいのいい屈強な兵士ばかりで、ルイは少し気後れした。緊張感のある重たい空気が流れていて、いつもなら隙あらば雑談を始める第九部隊の面々も、今朝ばかりは押し黙っている。
「全員、怪我がないようにやってくれ。では始める」
最後にギレットが開始宣言をして朝礼は終了した。ルイはカドレックに続いて自分たちの戦うフィールドまで歩いた。
訓練は班ごとに分かれて、第一部隊の班のメンバーと総当たりで戦う。相手の班員全員と戦い終えるとすぐに次の班と組まされるので、後半になるにつれ体力を消耗して厳しい戦いを強いられる。
第九部隊は遠征している班が多いので、数を合わせるため第一部隊の班同士の組もあった。隊長と隊長補佐は戦わず監督に徹する。
カドレック班は第一部隊の班と対峙した。班長同士で握手をかわし、最初の対戦相手を決めていった。ルイの最初の相手は同じくらいの背丈の若い兵士だった。四角いフィールドの中でばらけると、挨拶をしてから互いに剣を抜いて戦った。
ルイは相手の技量がわからないので最初はあまり踏みこまず、守りの姿勢を保った。向こうも同じ出方で、じりじりとした戦いになった。ルイは次第に攻撃をしかけていき、徐々に前に踏み出していった。相手の若い兵士は防戦一方となった。
ルイは彼の目の動きを見て、彼が実戦を知らないことを察した。ルイは攻撃の手をゆるめず、隙を突いて青年の脇腹をとらえた。訓練用の剣は青年の革の防具をぱしんとたたいた。
「……俺の負けだ」
青年は片手を上げて負けを認めた。ルイは剣を鞘に収めて軽く頭を下げ、次の相手を待った。
次の対戦相手は、ルイより拳一つ分背の高い年上の兵士だった。焦げ茶の髪を後ろで束ね、あらわになった額には古傷が残っている。彼は剣を構えると一分の隙もなかった。
ルイは一勝をあげた勢いで攻めたが、軽くいなされて刃の腹をたたかれ、剣を吹き飛ばされた。ルイはしびれる手をさすりながら剣を拾った。
「負けました」
「ああ」
兵士は興味なさそうに言うと、さっさと次の相手のところに行ってしまった。ルイはその後も戦い続けたが、勝てたのは最初の一回と、相手が石につまずいてよろめいたところを突けた一回だけで、あとはまるで歯が立たなかった。カドレックやほかの班員たちも苦戦していて、だいたい第一部隊が勝っている。実力の差を見せつけられ、ルイは奥歯を噛みしめた。
最後の班員との勝負になる頃には、緊張したせいですでにくたくただった。糸目の若い兵士は、額の汗を拭うルイを見て言った。
「お前で最後か。骨のある奴はいなかったな」
ルイはむっとして糸目の兵士をにらんだ。彼はあおるように短く笑い声をあげた。
ルイはおざなりに挨拶するとすぐに斬りかかった。彼は細身のルイをなめてかかってきたせいで、ルイが予想以上に攻めこんでくるので対応が後手にまわった。ルイは切れかかっていた集中力を総動員して追撃した。結果、ルイは彼の剣を握る手を剣先でたたいて剣を落とさせた。
「……ちっ、むきになるなよ」
糸目の兵士はルイをにらみ、落ちた剣を拾いあげた。ルイはただでさえすさんだ気分だったのに、そのような態度を取られて鬱憤がたまっていった。
ルイがこわばった肩をもんでいると、勝負を終えたカドレックが近づいてきた。
「ルイ、終わったか?」
「はい」
「初めての合同訓練はどうだ?」
「いい経験になります。皆さん強いですね」
「そうだな。で、どうだ? 一回くらい勝てたか?」
「今ので三勝です」
「おっ。そうか。なかなか優秀だな」
「班長はどうでしたか?」
「俺は半々ってところかな」
カドレックは明るく言った。戦い終えたほかの班員たちもぞろぞろと集まってきた。
「あいつ、いやな奴だな」
栗色の髪を汗で頬にはりつかせたファスマーは、自分の班長のところに戻っていく糸目の兵士をあごでしゃくって示した。
「俺たちはてめえらみたいな戦闘狂と違って、もっと繊細な技を使うんだっつの」
「あの人きみにもぞんざいな態度だったんだね」
「ルイもなんか言われたのか? 腹立つよなー。魔導が禁止でなければ、あんなやつ風で切り刻んでやるところだったろ?」
「そこまでは……どうだろ」
「やめろファスマー」
カドレックが言った。
「負け惜しみにしか聞こえないぞ」
「でも腹立つじゃないですか……」
ファスマーは納得できない様子で、ぶつくさ言いながら次のフィールドに向かった。ルイはすでに疲労困憊だったが、訓練はまだ始まったばかりだ。ルイは涼しい顔で訓練を見守るだけのライオルをうらめしく思った。
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