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六章 遠い屋敷

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 ルイとライオルは屋敷の食堂で一緒に夕食をとっていた。テーブルを挟んで向かい合っているが、ルイはうかない顔をして一言も喋らない。ルイは音を立てずに食事をするので、食堂はしんと静まりかえっていた。

「ルイ、具合でも悪いのか?」

 テオフィロに二杯目の葡萄酒を注いでもらいながら、ライオルが言った。ルイは首を横に振った。

「いや、別に」
「じゃあなんでそんな辛気くさい顔してるんだよ?」

 ルイはナイフとフォークを置いた。

「……が食べたい」
「え?」
「その、肉が食べたくて……海の国は魚しか出ないから」

 ライオルは葡萄酒の瓶を持ってたたずむテオフィロと顔を見合わせた。テオフィロは申し訳なさそうに言った。

「ルイ様、生魚はお口に合いませんか? 海の国ではよく食べるのですが、地上ではあまり好まれないでしょうか」
「あっ、違うんだテオフィロ。すまない、ここで出される食事が好きじゃないというわけじゃないんだ。この魚の切り身は新鮮でとてもおいしい。ソースともよく合う。ただ、たまには肉が食べたくて……」

 ルイはリーゲンスの城で出されていた食事を思い返していた。城では毎日肉料理が出されていた。とろとろになるまで煮こまれた仔牛の肉や、香草と一緒に蒸した鶏肉や、肉汁たっぷりの腸詰めなど、献立は多岐にわたる。海の国でしか食べられない新鮮な魚介類を使った料理はとてもおいしいが、時々どうしても肉が食べたくてたまらなくなる。

「ルイ様、申し訳ありませんが、海の国では肉はあまり好まれないのでほとんど流通もないのです。干し肉なら少しはありますが、とても固いし、城育ちのルイ様には合わないかと……」
「そっか……わがまま言ってごめんよ」

 ルイはしょんぼりと肩を落とし、食事を再開した。テーブルの上ではフェイがどっかりと腰を下ろし、テオフィロの用意した野菜の切れ端にかじりついている。

「じゃあ明日、狩りにでも行くか?」

 葡萄酒を飲みながらライオルが言った。

「俺はちょうど明日休みだし、カリバン・クルスの近くに食用の獣が棲んでいる森がある」
「えっ、俺も明日仕事休んでいいってこと? 行く」
「狩りのたしなみはあるんだろうな?」
「もちろん!」

 ルイはとたんに元気になった。急いで夕飯をかきこんで食後のお茶をごくごくと飲み、明日の支度をするためさっさと部屋に戻っていった。酒ばかり飲んでいてまだ夕食に手をつけていなかったライオルは、ルイが出て行ったあとにようやく料理を食べだした。テオフィロはふふっと笑った。

「ルイ様には甘いですね。久々のお休みなのに」
「まあ、一度食べればあいつも納得するだろうさ」
「バッラン狩りですよね? 俺もついて行っていいですか?」
「好きにしろ」
「じゃあ明日はお供しますね」

 テオフィロはルイの食器を片付け始めた。野菜をむさぼっていたフェイはようやくルイがいなくなっていることに気づき、テーブルの上でおろおろしだした。それに気づいたテオフィロは、フェイをポケットに入れてルイの部屋に持って行った。


 ◆


 翌日。ルイとライオルとテオフィロの三人は、カリバン・クルスから海馬車で一時間ほどのところにある海の森にやってきた。集落はないが王都の近くということもあり、数台の海馬車が休憩のために立ち寄っている。御者をつとめたテオフィロは、海馬車を森の入り口に固定すると荷物を下ろしはじめた。

 ルイは以前仕立ててもらった、狩り用の服装に身を包んでいる。丈夫なズボンとブーツをはき、革の上着をはおって帽子をかぶっている。ライオルも同じような格好で、上着の下に揃いのベストもしっかり着こんでいた。

 ルイはライオルからバッランの生態について教わった。バッランは中型の獣で、小型の動物を食べて暮らしている。恐がりな性格なので、自分より体の大きな人間を襲うことはない。追いかけるとあっという間に逃げてしまうので、狩りをするときは罠を張ってそこに誘いこむ手法が主流だった。

「バッランは警戒心が強いから、えさを置いてもあまり引っかからないんだ。だからえさのにおいで近くまでおびき出してから罠を使う。音を立てながら少しずつ近づいて、罠に追いこむんだ。あんまり近づきすぎると逃げられるぞ。二人でうまく誘導していく」
「了解です隊長」
「罠の場所を忘れるなよ。お前が罠に引っかかったら困るからな」
「おい、そこまで馬鹿じゃないぞ」

 ライオルの用意した罠は長いひものついた魔導具だった。使い方は簡単で、まず適当な場所に置いてひもを地面に伸ばし、魔力をこめて作動させる。するとひもが少しでも動いた瞬間に罠が爆発し、獲物に網を飛ばすという仕組みだ。魔導師だったら誰でも簡単に扱える便利な道具だった。

 二人は森の中を歩き、バッランの足跡を探した。足跡はライオルがすぐに見つけてくれた。二人は足跡を慎重にたどっていき、罠を張るのによさそうな開けた場所を見つけた。ライオルは魔導具を地面に置くとその上に落ち葉をかぶせて目立たなくさせ、ひもを地面に伸ばした。

「起動するぞ。ひもには触れるなよ」
「わかった」

 ライオルは魔導具に触れて罠を発動させた。二人はその場を離れ、森の中に隠れてバッランが来るのをじっと待った。辛抱強く待っていると、ぱきぱきと枝を踏む音がして一頭のバッランがやってきた。三角の耳をぴんと立てた褐色の獣だ。少し離れたところにいるライオルは、木の影からルイに合図した。

 ルイは立ち上がってそろりとバッランに近づいた。足音ですぐに気づかれ、バッランが警戒をあらわにする。ルイはゆっくりと慎重に近づいていき、バッランを罠のほうに追いやった。ライオルも逆方向からバッランをうまく誘導していった。

 じりじりと近づいていくと、バッランは方向転換して一目散に逃げ出した。その後ろ足を罠が捕らえ、網がバッランめがけて飛び出した。網には獲物をしびれさせる効果があり、バッランは体を痙攣させて動かなくなった。

「やった! 捕まえた!」

 ルイは網にかかったバッランに駆け寄った。ライオルも満足そうに歩いてきた。

「なかなかの大物だな。初めての獲物にしては上出来だ」
「かなり重そうだ!」

 ルイはバッランを取り出そうと網に手を伸ばした。

「あっ馬鹿、まだ罠の効果が……」

 ライオルが注意したときは時すでに遅く、ルイは網に触れてしまった。手にぴりっと刺激が走ったかと思うと、瞬く間に体がしびれて動けなくなった。

「あわわわししびれるるる」
「だからお前が罠にかかるなよって言ったのに……」
「か、か、体が動からいい」
「少したてば治るから座ってろ」
「ひ、膝が動からい、す座らせてええ」
「お前な……」

 ルイは体がぷるぷると震え、ぴんと張った膝を曲げられなくなってしまった。ライオルは小刻みに振動するルイを地面に座らせ、魔導具に触れて罠の効果を解除した。ルイはライオルが罠を回収する様子を震えながら見守った。

「どうだ、落ち着いたか?」
「だいぶ。でもまだ足がちょっと変」
「歩けそうか? この辺もしびれてるか?」
「そうだね、少し……関係ないところを触るなって」

 しばらくするとルイの体の震えは収まった。ライオルはバッランを肩に担ぎ、ルイは罠の残骸を持って森の入り口に戻った。昼食の準備をしながら待っていたテオフィロは、獲物を手に入れて戻ってきた二人を喜んで出迎えた。

「おおー! これはすばらしいバッランを手に入れましたね!」

 テオフィロはバッランの褐色の毛並みをなで、指で押して肉付きを確かめた。

「うん、若くていい個体です。さて、では昼食の準備をしますね」

 テオフィロは大きな包丁を取り出して袖をまくり上げた。ルイはきらりと光る巨大な四角い包丁にぎょっとしたが、ライオルは気にせず薪に火をつけて息を吹きかけている。

 テオフィロは慣れた手つきでバッランの首を落とし、毛皮をはいで解体していった。血抜きもせずそのまま持ってきたので、テオフィロの手はたちまち血まみれになった。

「テオフィロってなんでもできるんだね……」
「そんなことないですよ。解体が好きで昔からよくやってただけです」
「へ、へえ」

 テオフィロは大きな包丁を思いきり振り下ろしてバッランの骨を断った。内臓はすべて桶の中に入れ、足の肉を食べやすい大きさに切っていく。その後、ライオルが起こした火の上に鍋を置き、持ちこんだ野菜とバッランの肉を煮こんだ。最後に調味料で味を整え、バッランのシチューが完成した。

「どうぞ、ルイ様」
「ありがとう」

 ルイはテオフィロから深皿に盛ったできたてのシチューを受け取った。クッションを乗せた木箱に座り、湯気の立つシチューを見下ろした。色とりどりの野菜と肉がたっぷり入ったシチューはとてもおいしそうだ。

 ルイはスプーンをもらい、あつあつの肉を一切れ口に入れた。ライオルとテオフィロはもぐもぐと口を動かすルイの反応をうかがっている。

「ルイ、どうだ? うまいか?」

 ライオルがたずねた。ルイは肉を飲みこんでから言った。

「……野生のバッランは少しくせがあるんだな……でも味は……その、おいしい」
「本当にうまいか? テオフィロが作ったからって遠慮しなくていいんだぞ?」
「……いや、その、シチューの味付けは美味だと思う」
「肉は?」
「…………」

 ルイは曖昧に笑った。ライオルは自分のシチューを一口食べてから言った。

「あんまりおいしくないだろ? においが強いというかなんというか……だから肉はあまり好まれないんだよ。野菜と一緒に煮こめば少しはましになるけど、そのまま焼いたやつはかなりくさい」
「……そういうことなら最初から言ってくれればいいのに……。わざわざこんなところまで連れてきてもらったのに、申し訳ないじゃないか……」

 ルイはシチューをこしらえてくれたテオフィロの顔が見られなかった。

「まあいいじゃないか。味もわかったし、もう肉を食べたいとは思わないだろ?」
「もう言わないよ……ごめんねテオフィロ」

 おそるおそるテオフィロのほうを向くと、テオフィロはすでに自分の皿に盛ったシチューをほとんど食べ終えていた。

「え? 俺はおいしいと思いますけど。ルイ様のおかげで久しぶりにバッランが食べられて満足です」
「お前は昔から味覚が変だからな」

 ライオルは苦笑して水筒の水を飲んだ。

「ルイ、こいつはこれが食べたくてわざわざついてきたんだから、気を遣うことはないぞ」
「その通りですルイ様。残りの肉は自分用に持って帰らせていただきます。塩漬けにしてもおいしいんですよ」
「そ、そうか。それならよかった」

 ルイはほっとして残りのシチューを食べた。一緒に入れた野菜のおかげで、肉のくさみがだいぶ取れて食べやすくなっている。慣れればさほど悪い味ではなかった。しかし、頻繁に食べたいと思える料理ではなかった。

 ルイはものを知らない自分のために遠出してくれた二人の優しさが嬉しかった。
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