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5 レオンの独白

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 ※レオン視点です。
 


 六歳の夏、俺は運命に出会った。
 妖精のように可憐で、焼き立てのシフォンケーキのようにふわふわな女の子。

 彼女の名前はグレイス・ガーフィール。

 絶対に手に入れたいと思った。
 胸の中には独占欲が渦巻いていた。独占欲なんて言葉も知らないガキだったくせに。


 ※※※


 公爵家に生まれた俺は、生まれつきの魔力が異常に高かった。魔術の基礎を教わる前から、無意識に肉体強化や体力増強魔術を使いこなしていたのだ。

 元々体力が無尽蔵にあると言われる幼児の頃、無意識の魔術で増強された俺はさながら回遊魚のよう。止まったら死ぬのかというほど、ノンストップで暴れ回り続けていた。
 そんな俺の体力に乳母や侍女たちどころか父の護衛ですらお手上げになり、困り果てた両親は好きなだけ動き回らせる場所を用意して放り込めばいいと結論を出した。

 そこで用意されたのが、公爵領にある別荘だった。
 元々ある城のような巨大な建物に夏の間思う存分暴れ回っていいと、押し込められたのだ。
 そして、効率的に体力を削れるよう、遊び相手として年頃が近い貴族の子女を選んで招待した。
 もちろん遊ぶだけでなく、未来の側近候補や、婚約者候補選びも兼ねていたのだが。

 その招待された中にグレイスがいたのだ。
 一目見て気に入った俺は彼女を引っ張り回した。俺は自分の体力や肉体能力が人並み外れていることをまだ認識していなかった。
 そんな俺と遊ぶのは、ごく普通の女の子でしかないグレイスには負担だったことに気付きもせず。

 ごく普通の六歳の子供には、全速力で2時間走ることが出来ないことを、俺はまだ知らなかったのだ。

「あっちに行こう、グレイス! 少し走ったところに大きな湖があるんだ」
「どこまで走るの……私……もう無理……」

 グレイスは別荘に来て早々に倒れ、熱を出して寝込んだ。

 元気になったグレイスを、次は三階くらいの高さがある木に登らせた。

「こないだはごめん。これからは屋敷の近くで遊ぼうな。ほら、この木に登ろう!」
「無理だよ、怖いよ!」
「大丈夫。後ろから押してあげる」

 グレイスは木登りの途中で降りられなくなった。
 俺は無理なら飛び降ればいいと思い、一人で木から飛び降りて無事に着地をした。しかし、それをして怪我一つしないのが自分だけとは知らなかった。

 木から降りられなくなったグレイスは丸一日かけて大人に救助され、再び熱を出して寝込んだ。



 さすがにそんなことが続いた俺は反省した。
 グレイスは女の子で、俺より体力がない。すぐに熱も出してしまう。

 大切にしようと心に誓い、グレイスが喜びそうな綺麗な木の実を拾い集めてハンカチに包んだ。
 数日後、ようやく熱が下がったグレイスに木の実をハンカチごと渡した。ピカピカの木の実ならきっと喜んでもらえるだろうと期待して。

 ──まさかハンカチに包んで部屋に置いているうちに、木の実に虫がわいて大変なことになってしまったとは考えもしなかった。


 ※※※


 次第にグレイスは俺を遠ざけるようになった。
 グレイスの関心を得ようとしつこく付きまとい、余計に嫌がられてしまったのだ。

 グレイスを諦めきれない俺はどうにか仲直りしようと、庭で見つけた珍しいものをグレイスの鞄に忍ばせたのだった。
 それは青色の蛙だった。よくいる蛙は緑色をしているのだが、稀に青色の蛙がいて、幸運を呼ぶと伝えられている。それを庭師から聞いて、見つけた青い蛙をどうしてもグレイスに見せたかったのだ。

 ──結果は言うまでもない。

 やることなすこと裏目に出てグレイスに嫌われてしまったが、それでも俺はグレイスを諦めきれず、次の年もその次の年もグレイスを別荘に招待してほしいと両親に頼み込んだ。
 幸い、母も可愛いグレイスが気に入って、彼女の喜びそうな稀覯本をたくさん用意していた。



 七歳以後は、可愛いグレイスに下心を抱き、声をかけようとした男に水面下で邪魔し続けた。
 別荘に呼ばれた少年たちにもその手合いはたくさんいたから、結果的に呼ばれる子供は毎年変わるようになった。
 中には不埒な考えを持って送り込まれる子供もいた。そういう子供は夏が終わる前に送り返された。


 そしてグレイスは時に同性からの嫉妬も買っていた。八歳の時には、グレイスをいじめてやろうとコソコソ相談していた数名を早々に親元に送り返した。
 汚れなきグレイスに変な人間を近づけさせるわけにはいかないと、目を光らせ続けた。

 一人で寂しそうにするグレイスが不憫で、俺はよく本を読むグレイスのそばにいた。
 本を読んでいるグレイスは集中力がずば抜けていて、俺がそばにいても気が付かず、泣いたりもしなかったからだ。
 本を読むグレイスの横顔を見つめ、お茶やお菓子を手の届くところに置く。するとグレイスは本から顔を上げず、俺の用意したお茶を飲み、お菓子をパクパク食べるのだ。その姿はとんでもなく可愛らしかった。


 ただ、気をつけてもグレイスを泣かせてしまったことも何度かある。

 十歳の時、グレイスが庭に咲く薔薇が気に入っていたから、その薔薇で花吹雪をしたら喜ぶと思ったのだ。しかし結果は真逆に終わった。
 お気に入りの薔薇を台無しにする嫌がらせだと思われてしまったのだ。
 もちろんひどく泣かれてしまった。


 十二歳の時には、手洗い後のグレイスがスカートの後ろが捲れ上がったまま気付いてないことがあった。
 指摘しようにも俺が近付くとグレイスは逃げてしまうし、グレイスの捲れ上がったスカートから覗く太ももや下着を他の男に見せたくはなかった。女子はグレイスのことをヒソヒソクスクスしているだけで、指摘せずに笑いものにしてやろうという魂胆が見え見えだった。
 やむなく、俺はグレイスの背後に走り、捲れ上がったスカートを一瞬で戻す作戦に出た。しかし勢いがつき過ぎて、強く引っ張ってしまった。
 グレイスは急にスカートを引っ張られて転び、額を打ち付けてしまった。
 ワンワンと声を上げて泣くグレイスは額を擦りむき、血が滲んでいた。
 俺はたまたま近くを通りかかった少女にグレイスのことを頼んで逃げた。彼女はその年に招待された中で比較的まともそうだったから、グレイスのことを任せられるはずだ。

 俺はといえば、見えてしまったグレイスの太ももや下着を思い出しては真っ赤になり、数日間部屋に閉じこもった。
 その間に、グレイスは彼女と仲良くなったらしい。
 楽しそうに笑うグレイスの額の絆創膏を見て、すごく申し訳ない気分になった。


 ※※※


 それでも俺の気持ちは変わらない。
 いつか絶対にグレイスと結婚する。

 そのために、グレイスに相応しい男になろうと、俺は体を鍛え、勉強をし、魔術も特訓した。肉体ののコントロールも出来るようになったのだ。

 魔術騎士団に入ったのは無尽蔵な体力と魔力がある俺にはぴったりだったが、そこで活躍することが出来れば、家格がずっと下のガーフィール家に婚約打診しても構わないと父親から条件を出されていたからだ。

 俺は父親からの期待に応え、ようやくガーフィール家に婚約の話を持っていく許可を得たのだ。

 他の男になんて絶対に渡さない。

 ──グレイスは俺のものだ。
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