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第5話「私の世界」中
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「ジャン叔父さま」
飛び込んできたのは、お嬢様だった。
叔父さまが訪ねてくる日だと分かるのか、いつも、急に買い物を取りやめて帰ってくるらしい。
どうやって知っているのだろうと思っていれば、抱きつこうとしたお嬢様を叔父さまが手で制する。
「君はそれでも貴族なのかね?」
言い放たれた声が恐ろしく冷たいことに、目を見開いた。
いつもは、叔父さまが別館から本邸に帰ってから接触しているようなので、叔父さまのお嬢様への対応を見るのは今日が初めてだった。
思ったよりも剣呑な雰囲気になった叔父さまに、息を呑んでしまう。
私にはずいぶんと甘い人なので、同じ姪のお嬢様にも同じような接し方だと思っていたのだが。
彼女の貴族らしからぬ振る舞いが、さすがの叔父さまでも苦言を呈さねばならないと厳しくさせているのだろうか。
「叔父さまってば、相変わらず真面目~」
貴族らしくと、家格が上の叔父さまからの忠告を真面目の一言でばっさり切り捨てるお嬢様に顔が引きつる。
血縁であるものの、もう少し言い方、返し方があるはずだ。
まるで前世の女子高生のような返しじゃないかと思ってしまう。
「そんなことよりも、ジャン叔父さま」
そんなことよりも、て。
お嬢様を思っての言葉をそんなこと呼ばわりに、私のことじゃないのに青ざめてしまう。
助け舟を出すべきかと思うも私が口を挟むよりも、お嬢様が突っ走る。
「モブの部屋なんかより私の部屋に行きましょう!」
お嬢様は相変わらず自分勝手だった。
立ち上がらせようと腕を掴んでくるお嬢様に、叔父さまは思いっきり顔を顰めている。
振り払うまではする気がないらしく、腕に絡む手を外させるにとどまった。
何かすべきだろうと腰を上げるが、叔父さまがちらりとこちらを見て何もするなと視線で言ってきた。
「モブとは?」
叔父さまの前でお嬢様に接するのは初めてだから、この呼び方を聞くの初めてなのか。
立ち上がった叔父さまは腕を組み、お嬢様よりも頭ひとつは背が高いため見下ろすようにお嬢様を見つめる。
その顔は不愉快そうに眉が寄せられている。
説明を求められたお嬢様は、何を今更と言わんばかりのきょとんとした顔で私を指差してくる。
「あの子のことよ、」
「……モブとはどういう意味だ?」
叔父さまは何か思うところがあったのか、眉間にシワが濃くなった。
しかし、改めて問われると、困る。
モブって漫画の背景キャラってイメージだけど、この世界には漫画がないので、どう説明すればいいのか。
私が聞かれたわけではないけれど、考えてしまう。
「脇役……、その他大勢の一人……、うーん、なんて説明したらいいのか」
お嬢様も同じだったようで説明に困っている。
はて、それならば、お嬢様はどこでモブという言葉を知ったのだろうか?
叔父さまが知らなかったということは、この国の言葉ではない、もしくは若い子の間で最近作られた言葉とかだろうか?
「もう、いいっ」
疑問に思っていれば、大声を出した叔父さまに吃驚する。
いつも優雅な振る舞いをする叔父さまらしくない行動だ。
どうしたのだろうかと叔父さまを窺えば、握りしめられた手が震えていた。
「! じゃあ、私の部屋に、」
叔父さまの様子なんて気にかけず、お嬢様が声をかける。
お嬢様は話が終わったのだから、自分の部屋に行くのだろうと思ったらしい。
相変わらず、なんでも自分の思い通りになると思ってそうだ。
いや、実際彼女はある程度、自分の思い通りにできる。
自分よりも格が下の相手に対してだけれど。
「部屋に戻るのは君だけだ。私はまだ彼女に用がある」
叔父さまが絞り出したような低い声で、そう言った。
お嬢様ではなく、自分を選んでくれるような言葉ぶりに喜ぶ自分を諫める。
私のことを選んだのではなく、彼女よりも私の方が先だったからというだけだ、勘違いしてはいけない。
自分にそう言い聞かせていれば、お嬢さまがダンと床を踏みつける。
「なんで?!その子は、モブよっ!構っても意味ないじゃない!」
意味がないと言うお嬢様の言葉に、やっぱりと思いつつも、ショックを受ける。
両親のように冷たく扱ってくるわけじゃない。
脅してくるような真似をしてくることもあるけれど、二人の時は気さくさに接してくるので、姉妹とまでいかずとも友達のような感覚だった。
だからなのか、心のどこかで彼女は、自分のことを嫌ってないんじゃないかなんて思っていたのかもしれない。
彼女が私に興味がないことなんてわかっていたのに、わかっているつもりだったのに。
わかっているつもりでわかろうとしていなかったことを、まざまざとわからされた。
彼女にとって、私とのやり取りは意味のないものだった。
嫌われていることなんてことはない、どうでもよかったのだ。
ゆるりとやってきた精神的な衝撃に、崩れないようにと歯を食いしばる。
「この子は歴とした家族だ!」
声量はいつも通りなのに、その言葉の熱量はとても高かった。
叔父さまを見れば、顔を真っ赤にして、先程の拳の震えは怒りだったのだと分かった。
叔父さまが私の分も怒ってくれていると思うと、先ほどまで覚束なかった心が凪いでいく。
ここにちゃんと自分を大事に思ってくれている人がいる。
「君の妹で、兄さんの娘だ」
叔父さまの言葉に、嬉しく思いつつも苦笑する。
それは、あの人たちやお嬢様にとって事実になりえないことだ。
「何言ってるの?」
だから、お嬢様はこんな不思議そうに返してくる。
飛び込んできたのは、お嬢様だった。
叔父さまが訪ねてくる日だと分かるのか、いつも、急に買い物を取りやめて帰ってくるらしい。
どうやって知っているのだろうと思っていれば、抱きつこうとしたお嬢様を叔父さまが手で制する。
「君はそれでも貴族なのかね?」
言い放たれた声が恐ろしく冷たいことに、目を見開いた。
いつもは、叔父さまが別館から本邸に帰ってから接触しているようなので、叔父さまのお嬢様への対応を見るのは今日が初めてだった。
思ったよりも剣呑な雰囲気になった叔父さまに、息を呑んでしまう。
私にはずいぶんと甘い人なので、同じ姪のお嬢様にも同じような接し方だと思っていたのだが。
彼女の貴族らしからぬ振る舞いが、さすがの叔父さまでも苦言を呈さねばならないと厳しくさせているのだろうか。
「叔父さまってば、相変わらず真面目~」
貴族らしくと、家格が上の叔父さまからの忠告を真面目の一言でばっさり切り捨てるお嬢様に顔が引きつる。
血縁であるものの、もう少し言い方、返し方があるはずだ。
まるで前世の女子高生のような返しじゃないかと思ってしまう。
「そんなことよりも、ジャン叔父さま」
そんなことよりも、て。
お嬢様を思っての言葉をそんなこと呼ばわりに、私のことじゃないのに青ざめてしまう。
助け舟を出すべきかと思うも私が口を挟むよりも、お嬢様が突っ走る。
「モブの部屋なんかより私の部屋に行きましょう!」
お嬢様は相変わらず自分勝手だった。
立ち上がらせようと腕を掴んでくるお嬢様に、叔父さまは思いっきり顔を顰めている。
振り払うまではする気がないらしく、腕に絡む手を外させるにとどまった。
何かすべきだろうと腰を上げるが、叔父さまがちらりとこちらを見て何もするなと視線で言ってきた。
「モブとは?」
叔父さまの前でお嬢様に接するのは初めてだから、この呼び方を聞くの初めてなのか。
立ち上がった叔父さまは腕を組み、お嬢様よりも頭ひとつは背が高いため見下ろすようにお嬢様を見つめる。
その顔は不愉快そうに眉が寄せられている。
説明を求められたお嬢様は、何を今更と言わんばかりのきょとんとした顔で私を指差してくる。
「あの子のことよ、」
「……モブとはどういう意味だ?」
叔父さまは何か思うところがあったのか、眉間にシワが濃くなった。
しかし、改めて問われると、困る。
モブって漫画の背景キャラってイメージだけど、この世界には漫画がないので、どう説明すればいいのか。
私が聞かれたわけではないけれど、考えてしまう。
「脇役……、その他大勢の一人……、うーん、なんて説明したらいいのか」
お嬢様も同じだったようで説明に困っている。
はて、それならば、お嬢様はどこでモブという言葉を知ったのだろうか?
叔父さまが知らなかったということは、この国の言葉ではない、もしくは若い子の間で最近作られた言葉とかだろうか?
「もう、いいっ」
疑問に思っていれば、大声を出した叔父さまに吃驚する。
いつも優雅な振る舞いをする叔父さまらしくない行動だ。
どうしたのだろうかと叔父さまを窺えば、握りしめられた手が震えていた。
「! じゃあ、私の部屋に、」
叔父さまの様子なんて気にかけず、お嬢様が声をかける。
お嬢様は話が終わったのだから、自分の部屋に行くのだろうと思ったらしい。
相変わらず、なんでも自分の思い通りになると思ってそうだ。
いや、実際彼女はある程度、自分の思い通りにできる。
自分よりも格が下の相手に対してだけれど。
「部屋に戻るのは君だけだ。私はまだ彼女に用がある」
叔父さまが絞り出したような低い声で、そう言った。
お嬢様ではなく、自分を選んでくれるような言葉ぶりに喜ぶ自分を諫める。
私のことを選んだのではなく、彼女よりも私の方が先だったからというだけだ、勘違いしてはいけない。
自分にそう言い聞かせていれば、お嬢さまがダンと床を踏みつける。
「なんで?!その子は、モブよっ!構っても意味ないじゃない!」
意味がないと言うお嬢様の言葉に、やっぱりと思いつつも、ショックを受ける。
両親のように冷たく扱ってくるわけじゃない。
脅してくるような真似をしてくることもあるけれど、二人の時は気さくさに接してくるので、姉妹とまでいかずとも友達のような感覚だった。
だからなのか、心のどこかで彼女は、自分のことを嫌ってないんじゃないかなんて思っていたのかもしれない。
彼女が私に興味がないことなんてわかっていたのに、わかっているつもりだったのに。
わかっているつもりでわかろうとしていなかったことを、まざまざとわからされた。
彼女にとって、私とのやり取りは意味のないものだった。
嫌われていることなんてことはない、どうでもよかったのだ。
ゆるりとやってきた精神的な衝撃に、崩れないようにと歯を食いしばる。
「この子は歴とした家族だ!」
声量はいつも通りなのに、その言葉の熱量はとても高かった。
叔父さまを見れば、顔を真っ赤にして、先程の拳の震えは怒りだったのだと分かった。
叔父さまが私の分も怒ってくれていると思うと、先ほどまで覚束なかった心が凪いでいく。
ここにちゃんと自分を大事に思ってくれている人がいる。
「君の妹で、兄さんの娘だ」
叔父さまの言葉に、嬉しく思いつつも苦笑する。
それは、あの人たちやお嬢様にとって事実になりえないことだ。
「何言ってるの?」
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