上 下
47 / 50

46.神官の憂鬱

しおりを挟む

 まだ外は暗いけど、眠れる気もしない。俺は布団から腕を出して天井に向かって伸ばす。魔力を手先に集中させる。少しずつ拡げるように魔力で作った球を大きくするが弾けて消える。ため息と共に寝返りを打つとカイと目が合う。

「何やってんだよ。」
「魔力訓練の一環だよ。ブレアは簡単に出来てたのに、俺には出来なくて・・・。」

 腑甲斐無い気持ちで視線が下に落ちていく。すると、カイのあったかくてゴツゴツした手が俺の頬を包み上を向かせた。ぬくぬくした体温が心にまで届くみたいだ。カイのオリーブ色の瞳が優しげにこちらを見ている。

「あいつは魔力のコントロールに長けてるからな。それにナオトは魔力を使いだしてまだ日も浅い。出来なくて当たり前だろ。」

「でもスティーブンが何をしようとしてるか分からないのに早く精神魔法に対抗できるようにしなきゃ。」
 カイはその名前が出た途端顔を歪ませる。触れている手に力が入るのが分かる。
「悪いな。まだ捜索中で、恐らく捕まえるのはむずかしい。何があっても次は絶対守る。」

「カイのせいじゃないよ。出来れば俺が皆を守りたい。だから頑張るよ。俺がこの世界に来たことにちゃんと意味を持たせたいんだ。でも今はこうしててもいい?」

 俺はカイに抱きつく。当たり前のようにカイも俺を抱きしめてくれる。寝間着の首元からは口付けの痕が垣間見える。俺はそれをなぞるように触れ、吸い付くようにキスを落としていく。
「・・・!」
「昼間頑張る分、二人きりの時は・・・その、甘えたいんだけど。ダメだった?」
 目を泳がせ羞恥に耐えながら言ったが、反応がないカイを見ると俺の方は見ておらず顔を背けている。
「かわいいな。」
 カイはボソッと小さく呟くように言ったけど、この距離だからさすがに聞こえる。

「かわいい言うな。嬉しくないからな。」
「わりぃ、そう思って今まで口に出さなかったんだがつい。」

 俺はムッとして睨み上げたがカイが本当に口が滑ったみたいな顔をしていて、今まで何回そう思ったんだろうと考えると頬が緩む自分もいる。なんにしても俺の事を見てくれてること自体は嬉しい。
「うそ。少しだけ、ほんのちょっとだけど嬉しいよ。」

 夜が明けるまでカイの腕の中で束の間の夢を見た。次、目が覚めたときにもカイがいてくれて、昨日の張り詰めた雰囲気なんか無かったかのようだ。お互いに支度済ましていく。カイが隊服のボタンをはだけさせていて、これみよがしに見せてくる。呆れつつ俺がボタンを留めていくとカイは幸せそうに俺の頭を撫でてくれた。
 支度が済んでカイと一緒に部屋を出る。カイが鍵を閉めた後それをポケットに入れてしまう。

「ん?今日は鍵・・・。」
 てっきり預けてくれるとばかり思って手を構えていたのに拍子抜けだ。やっぱり昨日のこと怒ってるのかな。
「勘違いすんなよ、俺はいつでもナオトを待ってる。でも俺が独り占めしてたら他が拗ねるかもしんねぇだろ。」

           ◇

 医務室に行くと既にフィンが仕事をしていた。俺も治癒をしつつ、リストに印が着いている騎士の魔力強化を行う。名前の分からない対象の騎士がいると、こそっとフィンが教えてくれる。

 もう少しで昼休憩かなと思ったとき煤汚れのある騎士に混じってカイが医務室に入って来た。

「複数の中にアイツいれるんじゃなったな。痛てぇ。」
 左肩から流血しているカイを見てゾッとする。過去にも負傷した騎士を見て、俺なりに心を痛める思いをしてきた。このくらいの傷なら日常茶飯事になっていたが、カイの姿を見たら今までの比じゃないくらい目の前がグラグラする。固まっている俺を気遣って、早く治療しようとフィンがカイに近寄る。

「あれ?カイ団長様いつもと雰囲気が・・・」
 カイを椅子に座らせて首を傾げるフィンに、カイが自分の胸元に指をさす。
「あー、これか?ナオトに、ーーーんぐっ」
 俺は急いでカイに駆け寄り両手で口を塞いた。
「もうまとめて治癒するからな!」
 フィンに何言おうとしてんだよ。有無を言わさずカイに治癒の魔力を流していく。ありったけの魔力をカイに注ぎ、周囲に天色の光が放散する。みるみるうちに左肩の傷が消えていく。

「あーあ、もう俺頑張れねぇ。」

 カイは、雑に胸元のボタンを外し、いつものように着崩し項垂れている。あっけらかんとしているが、身体の傷は治っても服は破れたまま生々しい血痕が残っている。涙が溜まっていく。気付かれないようにサッと袖で拭く。
 フィンは、カイの傷が治癒されたことを見ると俺にコソッと耳打ちをする。
「ナオト、カイ団長はリストの・・・」

「うん、今日の仕事が終わったらカイの部屋に行くからその時にするよ。」

「・・・そっ、そうですか。」

「何話してんだよ。」
 カイがフィンと俺を引き剥がすように間に入ってきた。慌てて首を横に振り誤魔化す。

「別になんでもないよ。」
 エドガー殿下から貰った魔力強化をする騎士のリストは秘匿とは言われなかったし、一概に強さで決まっているわけでは無いけど、リストから外されている騎士からすれば気持ちの良いものでは無いだろう。だからあまりおおやけに話したくない。
 エドガー殿下からは「私情を挟むな。」と言われているが、リスト外の騎士から希望があればもちろん魔力強化はする。俺が頑張ればいいだけの話だ。無理をする自覚があるからカイにも黙っておきたい。

「それより、戻らなくていいの?」
「・・・ナオト、俺の着替えクローゼットに入ってるから取ってきてくれるか?」
 カイがポケットから部屋の鍵を取り出し、俺に渡す。押し付けるような振る舞いに俺は鍵を受け取るしか無かった。
「え?あぁ、うん。分かった。」
 急いでカイの部屋に取りに行くがその道中で、カイが部屋に戻って着替えて来た方が良かったんじゃないかと今更ながらに気がついた。

           ◇

 俺が着替えを持って医務室に戻るとフィンが肩をビクッと震わせた。俺は医務室の扉に手をかけたままキョロキョロ見渡すがカイの姿がない。
「あれ?カイは?」
「あの・・・後ろに。」
 フィンはフードを被ってよく見えないがおずおずと少し怯えているように俺の背後を示す。

「働きすぎだって言ったの忘れたか?倒れる前にやめとけよ。」
 聞こえたのは不機嫌なのを隠さないカイの声で、振り向くと俺を見下ろしている。
「なんの事?あー、もしかして魔力強化のこと?俺は大丈夫だよ。」
 カイの表情が徐々に険しくなっていくのを黙って見ているしかできない。フィンが俺の服の裾を引っ張りカイと俺を引き離す。
「ナオトの気持ちも優先させてあげてはどうですか?」
「あ″ぁ?お前に何がわかんだよ。」
「・・・。」
 医務室内がピリピリする。早くこの空気を何とかしたくてカイに縋り付く。
「ちょっと待って!黙ってたのは悪かったよ。でも俺は大丈夫・・・」
「非効率だ。リスト貸せ。」
 言葉を遮られ、有無を言わせないカイの態度に腰が引ける。仕方なくカイにリストを渡す。
「印がついてる奴か?午後から順番に来させるが、ナオトは何人なら負担なくできる?」

「・・・十人くらいかな。」

「分かった。」
 カイは着替えと鍵を俺からもぎ取ってどこかに行ってしまった。


 午後からは、カイに言っていたように無傷でも俺を訪ねてくる騎士が時折やって来る。鍛錬が終わるまで、残り時間は無い。今日来たのは七人の対象者だった。

 夕食もフィンと一緒に食堂に来た。フィンはカイとのやり取りがあってからずっと落ち込んでるように見える。

「いつもはあんな怒ることないんだ。俺のせいでごめん。」
「いえ、私より余程ナオトのことを分かっていらっしゃいますし・・・。」
 話している途中でフィンがある一点を見て固まっている。俺もそちらに目線をやると食事を済ませたクリスとアルベルトがこちらに来るのが見える。

「今夜は部屋に戻ってくるか?」

「今日はちょっと・・・。でも明日は自分の部屋で寝ようかな。」
 アルベルトは「分かった。」と言ってくれているが悲しそうにしゅんとしている。でも魔力強化のこともあるし、カイのことが気がかりで考え込む。しばらく唸っているとアルベルトが俺の手を取り甲に口付けをして、いつものように穏やかな眼差しを向けてくれている。横でそれを見ていたクリスが膨れっ面になっていた。

「ずるい。僕も!」
 そう言ってクリスは俺の頬にキスをする。クリスは満足気に微笑み、俺もその笑顔に癒される。
「ナオト、おやすみ。」
 クリスはヒラヒラと手を振って行ってしまった。アルベルトもあとについて食堂を後にする。


 俺とフィンも食事を終え、中庭を通り各々の部屋に帰るための帰路についている。上弦の月がほのかに道を照らす。今日は雰囲気に疲れたというか、まぁ俺のせいなんだよな。相変わらずフィンもうつむき加減だし。なんて声をかければいいか分かるほど、まだフィンのこと分かってなかったことが辛い。

「明日は医務室の係じゃないだろ?」

「そうですね。街の教会への訪問やホスピスへ慰問に行ったりと一日外出する予定です。でもナオトは私が居なくても御三方がおられるので何も問題ありませんね。」
 
 そんなこともしてたのか、フィンも忙しいのに訓練やら魔力強化のことやら手伝ってくれてるんだな。なのに俺のせいで嫌な気持ちにさせてしまった。それにフィン含みのある言い方に引っ掛かる。
「明日は会えないのか・・・。俺は医務室にフィンがいるだけで頼もしいと思うよ。なんでも相談できて安心するんだ。あと俺の代わりに深い傷を負った騎士の治療をしてたのも知ってるし、ありがと。」
 痛々しく笑顔を作るフィンが、気の毒で放っておけない。


 手に魔力の球を作ろうとするが毎度の事ながら儚く消える。今このまま別れたらフィンも同じように消えてしまいそうで引き留める理由が欲しい。
「フィンの代わりなんか居ないからな。また、訓練とか手伝ってくれる?情けないけど、この通りまだ全然なんだ。」
「・・・そうですか。」

「また、明後日会えるよな?」
 フィンは曖昧な返事と、喪失感ともとれる感情を俺の中に残して去っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...