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45.兆し
しおりを挟む俺はカイを見送り身支度を整える。当たり前のように俺の着替えの上にこの部屋の鍵が置かれていることに喜びを感じる。気の緩みを引き締めてブレアの所へ向かう。
魔道課の扉をノックしても返事はなく、まさか中で倒れてたりしないよなと不審に思って扉を少し開け中を覗く。ブレアは熱心に実験器具とにらめっこしていた。魔力訓練の約束は取り付けていなかったから仕方がない。また出直そうかとドアを閉めようとしたが閉まらない。開けたり閉めたりを繰り返す。何かが引っかかっているのかな?下を見ると謎の黒い塊があった。
俺は「うわっ!」と驚嘆する。床に落ちているものをよく見ると廊下側に寝返った魔道士さんの頭だった。それに気が付かずに何度も扉を打ち付けてしまった。謝りながら治癒を流していくと、やっと意識が戻ってきた魔道士さんが俺に一礼し机に戻っていく。そのやり取りでブレアが実験器具からこちらに視線を移していた。
「ナオト、大丈夫?」
「俺は平気。訓練つけてもらおうと思ってきたけど、取り込み中だったから出直そうと・・・。」
「僕はいつでもナオトの方を優先させるように言われてるし、神子の能力はまだまだ分からないことが多いから僕の研究対象だよ。」
以前より少し大人びたように感じるがそれでもまだ幼さが残るブレアは、翡翠色の瞳をキラキラさせている。ブレアは奥まった部屋を指さす。
「あっちの部屋で待ってて、僕はフィン神官捕まえてくる!」
俺は、今にも走り出そうとするブレアを止める。もう目の前に来ているブレアは、目をぱちくりさせて俺を見ている。
「あっ、ちょっと待って!俺の訓練だから、俺が呼んでくるよ。どこにいるの?」
「宮殿の東側に礼拝堂があるから、その辺適当に走ってフードが見えたらフィン神官だよ!」
なんて適当な説明だろう。ちゃんと見つけられるかな。多大な不安を抱え礼拝堂へ向かう。
宮殿の東側へ歩みを進めるごとに静寂が漂う。礼拝堂は転生して間もない時、アルベルトに宮殿内を案内してもらって以降来ていない。
広々としたここは、天井が高く遠くにあるステンドグラスから程よい光が差し込める。パイプオルガンの音も相まって神聖な空気が漂う。ここを走り回って探すことは俺には出来ない。普段はあまり神官さん達とは接触がないから周囲からの視線が痛いし、神官服の白に混じる俺の黒髪黒目はきっと悪目立ちしてしまう。自然と背中が曲がっていく。
ブレアと一緒に来ればよかったと後悔が過ったが、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ナオト?」
聞きなれた声がして振り返るとフードを被ったフィンがいる。いつもの落ち着いた声色に安心感が募る。俺が今から魔力訓練を手伝って欲しいと伝えると快く了承してくれた。フィンと共に来た道を戻って行く。
「ここまでナオトが迎えに来て下さると思っていませんでした。」
「悪目立ちしてただろ?早めに見つけてもらえて良かった。」
俺は髪を一掬いしてフィンに苦笑いを向ける。横並びに歩いていたフィンが大きく首を横に振る。
「悪目立ちだなんて。そんな・・・。ナオトの黒髪は綺麗ですよ。」
「ありがと。俺はフィンの白髪の方が綺麗だと思うけどね。」
そんな話もしながら魔道課に入っていく。ブレアは既に奥の部屋で待っていた。いつものように席に座り、ブレアがジェスチャーを混じえて説明を始める。
「あのあと色々考えてみたんだ。精神魔法は脳の神経に作用するみたいだから、治癒じゃなくて、こう・・・脳の中枢から拡げるように結界を張ってみるのはどうかな?」
「俺の結界って五角の一枚板みたいなのだから、拡げるって難しくない?」
「そうだね。立体的な結界を作るから、難易度は高い思うけどやってみる価値はあると思うんだ。で、僕が精神魔法かけられたらその時の記憶が無くなっちゃうから別の人に頼むね。」
ブレアはさらっと言い放って、さっき俺がドアで頭を打った魔道士さんの手を引っ張って連れてきた。多分あらかじめ頼んでいたのだろう。その魔道士さんは「お願いします。」と一言いいフィンの横につく。
「では、失礼します。」
フィンがフードを少し脱いでその魔道士に魔法をかける。すっと瞳の色が消えていく。俺は魔道士さんの額に手を当てて、ブレアに言われた通りにイメージする。
拡げる途中で結界の形が保たれないで魔力か消えていく。何度か試したところでフィンが魔法を解いた。ブレアは「うーん。」と唸っている。頭の中での事だから第三者的な視点だと分かることが少なかったらしい。ブレアがフィンにどんな感じだったか尋ねる。
「ナオトの魔力が拡張されていく時、私の魔力が押し出される感じはありましたが、完全に外に押し出す前に球状に作っていた形が壊れてしまうみたいです。」
それを聞きブレアは再度考え込み、記録しながら俺に話しかける。
「魔力で球を作る練習をしてみてよ。うーん、こんな感じかな。」
ブレアはペンを止めて手の上で小さな点の魔力を浮かばせる。それを器用に四方八方に拡げ、ボール状に大きくする。ここまで違いを見せつけりると落胆するしかない。カイが魔法のセンスが良いと言うだけある。
「分かった、頑張るよ。」と返事をして、手伝ってくれたみんなにお礼を言って魔道課を出る。
◇
俺は廊下を歩きながら手の上で魔力の球を作ろうとするがやっぱり途中でシャボン玉のように割れてしまう。何度も繰り返しているとフィンに手を引かれた。
「歩きながらは危ないですよ。」
「あぁ、ごめん。」
また自分の出来の悪さに焦っている。医務室にも行かなきゃいけないし、時間がいくらあっても足りない。あからさまに落ち込んでいる俺を見ていられなかったのかフィンが気分転換に誘ってくれた。連れていってくれた先はフィンと初めて会った浜辺だ。以前来た時よりも海風が冷たくなっている。俺は海を見ながら遠くなった世界を思い出す。
「人とか建物とかは違うけど、海と空は元の世界と変わらなくて、なんか好きだ。でも少しだけ寒かったかな。この世界はこれからもっと寒くなるの?」
「そうですね。まだまだ寒くなります。雪が降る海も素敵ですよ。」
フィンがフード付きのマントを脱いで俺の肩にかける。間接的にフィンの体温が伝わってあったかい。でも、人の通行はないとはいえ誰が見てるか分からない。髪や瞳の色を隠したいフィンからすれば落ち着かないだろう。何より寒そうだ。
「これじゃフィンが寒いだろ。なんかサボってるみたいで罪悪感あるし、医務室にも行かないといけない。すぐ戻るつもりだから返すよ。」
俺は肩にかけてもらったマントをフィンに返そうとするが優しく制止される。
「私はこの寒さに慣れているので大丈夫です。それにこれからまた頑張るための休息ですから何も罪悪感を抱かなくても良いと思いますよ。・・・もう少しゆっくりして行きましょう。」
「ありがと。今度は雪の降る海を見たいな。」
砂浜に体操座りをして海の方を眺める。波の音がとフィンの声が焦燥感に駆られる心を慰めてくれる。
「えぇ、また一緒に来ましょうね。」
そう言って細まる宝石のような瞳が何より綺麗に見える。それとなく手のひらに魔力の球を作ろうとしたがまたシャボン玉のように弾けて消えてしまう。
◇
結局、医務室の方には行けなかった。フィンも俺も当番ではないから医務室係の人数は足りてるとは思うけど、少しサボったような気持ちになる。まぁ、それを加味しても充実した一日だったな。ほくほくした気持ちのままカイの部屋に向かう。遠目で壁にもたれかかっている人物が見えて急いで駆け寄った。
「カイ、ごめん待たせて。」
慌てて鍵を取り出し、部屋を開けようと鍵穴に差し込む。急に耳元に息がかかる距離でカイの声が聞こえて動けなくなった。
「どこ行ってたんだよ。」
カイは俺に覆い被さるように左腕でドアを抑え、右手は俺の右手を捕まえている。振り返りもできずにそのまま話す。
「フィンと話し込んじゃって、医務室に行けなかったんだ。明日からまた頑張るよ。」
「ナオトは働きすぎだから休むのはいいが・・・。俺が居ない間に随分親しくなったんだな。」
「え?まぁ、魔力訓練手伝って貰ってるし、同い年で話しやすいんだよ。」
「ふーん。」
いつもより威圧感があり、問いただすような口調に体が強ばる。それに普段のカイなら俺を身動きが取れない体勢に置かない。
「どうしたの?・・・なんか今日おかしい。」
「なんでもねぇよ。明日から頑張るんだろ。早く休もうぜ。」
そう言うとカイは俺の頭を撫でて部屋の鍵を開ける。何事も無かったかのように部屋に入る。違和感は残るが追求することは許されない気がした。
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