上 下
43 / 50

42.この国で生きること

しおりを挟む
 目を覚ますと、アルベルトは約束通り添い寝をしてくれていた。俺の捜索に疲労したのか、アルベルトはまだ夢の中みたいだ。こんなにまじまじと寝顔を見るのは初めてかもしれない。無防備な寝姿に申し訳なさもあるが、愛おしさが込上げる。しばらく端正な寝顔を眺める。

 スティーブンに攫われてからの時間感覚が分からない。どのくらい寝たんだろう。窓の方を見ると明るい日差しが差し込んでいる。ふと視界に入るベッドサイドの椅子にはフードを被ったフィンがいた。
「・・・!、フィン?おはよう。」
 俺はアルベルトを起こさないようにそっと起き上がり、小声で話す。

「おはようございます。それよりもお加減はどうですか?」
 フードのせいで表情が見えないが昨日の怒りが混じる声ではなく、いつも通り穏やかな声で返してくれる。
「俺はぐっすり寝てたから平気。魔力も落ち着いたよ。ありがとう。・・・えっと、フィンは大丈夫?」

 不安に思っているとフィンは躊躇いなくフードを脱いだ。フィンの笑顔に、俺までつられて笑顔になる。やや褐色の肌に宝石のような深紅の瞳。キラキラと光を反射する髪が眩しい。フィンは、はにかみながら目を細める。
「私は大丈夫ですよ。それにナオトに姿を見せることは抵抗はありません。いつも褒めてくださるので・・・、まだ歯痒い気持ちはありますが嫌では無いのです。」
 
「朝日に照らされるフィンの髪は特別に綺麗だな。初めて見た日を思い出すよ。ほんとフィンには、感謝してもしきれないな。」
 何気なくフィンの髪を撫でてしまった。フィンは動揺を隠せない表情をして、何故か俺も自然とフィンの髪に触れたことに驚いた。

「そんなことは。私の方がナオトに感謝しています。こうして人前でフードを脱ぐことになるなんて・・・。」
 照れくさくなってぎこちなくフィンから手を離し顔を背ける。手に残る感触が胸をザワザワさせる。何か別のことを考えようと思って、昨日エドガー殿下に連れていかれた二人がどうなったか心配になる。特にカイは国境での仕事もあるしどうなるんだろう。昨日今日で帰ることは無いと思うけど・・・。


「あっ、そうだカイはどこいるか分かる?」
「昨日あの後もこちらにナオトの様子を見ていかれましたよ。今は、どうでしょう。時間も時間だったのでまだお部屋でお休みになられてるかも知れません。」

「そっか、・・・!」
 後ろから服を引っ張られ、驚いて振り向く。アルベルトが目を擦りながら起き上がろうとしていた。サラサラと揺れる髪から寝起きのアルベルトの顔が覗く。「おはよう。」と言おうとしたら医務室の扉が開く音がする。フィンが素早くフードを被る。

 扉の隙間からはクリスがこちらの様子を伺っている。昨日も顔を合わせているけど、エドガー殿下の手前何も出来なかった。
「ナオト!」
 俺が起きていることを確認すると勢いよく駆け寄って強く抱きしめられた。俺もクリスを抱き締め返す。後ろからもアルベルトの腕が伸びてきて、もたれ掛かるように抱きしめられる。苦しいような嬉しいような。医務室の扉からもう一人入ってくる。
「カイ!」
 あんまり顔色が良くないみたいだ。寝てないって言ってたっけ。頑なに俺を離さない二人を見てカイはため息を着く。

「ナオトに俺の部屋の鍵渡しに来た。・・・ガキくせぇ。こんな時くらい離せよ。」
「・・・。」
 若干の冷気と熱気が入り交じって室内はなんとも言えない空気が漂うが、多分この位は気にしない方がいい。
 それより・・・
「鍵って?俺持ってて良いの?まさかもう国境の方に行っちゃうの?!」

「違ぇよ、しばらくはこっちでこき使われる。何時に部屋に戻れるか分かんねぇからな。まぁ、使わないなら別にいい。」
 そう言うとカイが手に持っていた鍵をポケットに戻そうとするため手を伸ばし慌てて引き止める。
「いる!使う!カイが戻って来るの絶対、起きて待ってるから!」
 俺はカイから鍵をもぎ取る。カイが満足そうに笑っていて必死すぎた自分が恥ずかしくなる。前から抱き締める力が緩まり左手を絡め取られる。クリスが心配そうに俺を見ている。
「ナオト、体調は?」
「俺はもう全然大丈夫!心配かけてごめん。クリスは?あの後大丈夫だった?」

 よく見たらクリスもあまり顔色が良くない。元が色白だから気づかなかった。
「今は力があり有り余ってる位だから。」
 俺はカイの手を取る。三人まとめて治癒の魔力を流す。クリスが困ったような顔を向けるが俺としても顔色が良くないクリスを見逃せない。いつもよりはっきりとした天色の光が周囲を舞う。
「僕は特にお咎めはなかったよ。いつも通り仕事するだけ。だから治癒の魔力は僕には使わなくて良いって前から言ってるのに・・・。」
 俺はクリスに「ごめん。」と言うが、全然反省してないのが伝わっていてクリスは頬を膨らませている。俺は膨らんでいる頬をつついて空気を抜く。

 その後クリスとカイは仕事に行ってしまった。俺と、アルベルトもサッと支度を済ませる。また俺がしてあげたいなと思いながら綺麗に結われる髪を見る。名残惜しそうにアルベルトも騎士棟の方へ向かった。


「ごめんな。こっちで話し込んで。」
 俺は、ずっと存在感を消していたフィンに話しかける。
「いえ、ナオトに大切な方が三人おられるのは分かっていたことですし、多少スキンシップをしているところを見ても・・・。別に私には私のナオトにして差し上げれることもあるので気にしていません。」
 フードを被り顔は見えないけどちょっと拗ねてる?出会った頃よりも怒ったり拗ねたり、色んな感情を見せてくれるようになったな。

「もし時間があるなら、俺をエドガー殿下のところに連れて行ってくれないか?」
 やるべき事を的確に言ってくれそうな人。クリスのことは恋人としてもちろん大好きで頼りにしてる。でも俺に優し過ぎるんだ。今は楽じゃない道を選ぶべき時なんだと思う。




 俺の魔力が奪われてしまった。それがこの国の人を苦しめることになるかもしれない。自分の大切な人だけを守ろうと思ってた。それだけではダメなんだ。大切な人が増えすぎた。もうこの国の一人の人間として出来ることを最大限にしなければいけない。エドガー殿下の執務室に向かう長い廊下で決意を固めるように一歩一歩足を進める。
 それらしい扉が見えた。フィンが俺を振り返り戸惑いを隠せない声で言う。
「あの、本当に入られらますか?昨日ナオトに価値がないなどと言った方ですよ。」
「うん、でも話さないとダメなんだ。あとは俺一人で大丈夫だよ。ここまで案内ありがとう。」
 俺はフィンの両手を包み、祈るように自分の額に当てる。苦手と思う人と対面するのは勇気がいる。心の中で「大丈夫。」と言い聞かせながら深呼吸をしてゆっくりと額に挙げていた手を降ろす。

 意を固め、顔を上げるとフィンがフードを外している。俺がしていたように今度はフィンが俺の手を包み込んでくれた。額にフィンの唇が優しく触れる。いたわってくれているのが分かる。

「私はここで待っています。御三方がおられない時は私がナオトを見守ります。」
「ありがとう。」


 ノックをして、エドガー殿下の返事が聞こえ扉を開ける。すくみそうになる足をなんとか前に進める。

 エドガー殿下は俺を一瞥し書類に視線を戻す。「何の用だ。」と面倒くさそうに言い放つ。

「俺に出来ることは何でもするからこの国を守るために出来ることを教えて欲しい・・・です。」

「お前は何か勘違いをしてないか?自分を過大評価し過ぎだな。召喚の儀を成功させたことに意味があると教わらなかったのか。お前自身はそれのおまけのようなものだ。一応守護の神子なんだろう。優秀な人材を縛り付けるな。お前を守らせるな。」

「・・・っ、すみません。」
 昨日騎士さん達に散々迷惑をかけたばっかりで、ぐぅのねも出ない。俺自身よりも召喚の儀の成功の方がよっぽど価値あることだろう。
 それ以上何も言えず黙っていると、エドガー殿下は数枚の紙を俺に向ける。
「騎士団のジョストの成績や、過去の功績を元に作ったデータだ。印が着いている騎士を強化しろ。そのほかの騎士達の治癒ももちろん、訓練も怠るな。あとは、せいぜいウォリアー王国に取り入ることだな。」

 俺は紙を受け取り一通り見る。強さだけで決まってる訳では無いみたいだ。属性?家柄?考え込んでいると、「私情は挟むなよ。私は忙しい。用が済んだら出ていってくれ。」冷たく言われた。

 これ以上、居ていい雰囲気ではなく紙を握りしめすぐさま部屋を後にした。


「フィンっ。・・・ちょっと怖かった~。」
 緊張の糸が切れて執務室の扉を閉めた瞬間、傍らで待っていてくれたフィンに飛び込む。
「お疲れ様です。頑張りましたね。」
 頭を撫でてくれる手に安心感が募る。神官服からお日様の香りがして落ち着く。しばらくこのままでいたいなと思っていると、少しずつフィンの頭を撫でる手が緩やかになっていく。そろそろ離れないとな。
「・・・・・・えっと、ナオトその紙は?」
「あー、フィンは騎士さん達の名前だいたい分かる?少し手伝って欲しいんだ。」

 俺も騎士の名前を全て覚えている訳では無いし、いちいち名前を聞き照らし合わせながら治癒、強化していたら鍛錬の邪魔になる。
 同じく治癒を仕事としてるフィンなら協力を得やすい。執務室内で行われた話をすると快く引き受けてくれた。
「じゃあ、早速お願いします。」
 騎士棟へ向かおうとする俺をフィンが引き止める。
「今日から復帰されるのですか?休まれては?」
「いや、身体は回復してるし休んでる暇ないよ。今後はブレアのところで魔力訓練も再開させるんだから。・・・フィンに頼りすぎだよな。他に心の属性持ってる人がいるなら魔力訓練の方は別の人に変わる?」

「絶対に嫌です。私がしますからお気になさらずに。」
 いつもは柔らかで落ち着いた物言いのフィンが珍しく語気を強める。

「わかったよ。ありがとう、今度ちゃんとお礼しないとな。何が欲しいか決めといて。よし!じゃあ行こうか。」

 それからはフィンに教えて貰いながら騎士の強化、怪我人の治癒をした。煤汚れがついている騎士を見る度になんだか胸を張ってしまう。疲労で心が折れそうになる度にポケットに入っている鍵の存在を確かめる。それを繰り返すうちに目まぐるしい一日が終わっていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

転移者を助けたら(物理的にも)身動きが取れなくなった件について。

キノア9g
BL
完結済 主人公受。異世界転移者サラリーマン×ウサギ獣人。 エロなし。プロローグ、エンディングを含め全10話。 ある日、ウサギ獣人の冒険者ラビエルは、森の中で倒れていた異世界からの転移者・直樹を助けたことをきっかけに、予想外の運命に巻き込まれてしまう。亡き愛兎「チャッピー」と自分を重ねてくる直樹に戸惑いつつも、ラビエルは彼の一途で不器用な優しさに次第に心惹かれていく。異世界の知識を駆使して王国を発展させる直樹と、彼を支えるラビエルの甘くも切ない日常が繰り広げられる――。優しさと愛が交差する異世界ラブストーリー、ここに開幕!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

たかつじ楓
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。 幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。 人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。 彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。 しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。 命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。 一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。 拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。 王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

処理中です...