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33.日常

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 クリスとアルベルトは各々の仕事に行ってしまった。まだ声は出ないが、午後過ぎになってやっと満足に体が動くようになった。
 久々に晴れ晴れした気持ちで外を歩く。味わうように大きく空気を吸い込む。そして勢いをつけて吐いた息と共に昨日までの、記憶の中の憂鬱な気持ちを飛ばしていく。今日はひたすら自分の好きなことをしようと決めた。
 魔力訓練も良いが、声が出ない状態でブレアのところに行くのはどうかと思い、騎士団の治療に向かう。
 
 騎士棟には医務室があり、鍛錬場での打ち込み稽古や、闘技場での個人戦で負傷した騎士達が運ばれてくる。治療は、宮殿内で治癒魔法が使える人が所属は関係なく交代制で担当しているらしい。

 基本的には、無言でもそれとなく柔らかい表情で魔力を流していれば良い。治癒が終われば「ありがとう。」と言われて騎士達はまた鍛錬へ戻っていく。それの繰り返しだ。怪我はもちろんして欲しくないけど、感謝されて悪い気はしない。

 いつからか神子である俺の、魔力の基礎値上げを目的とした来訪もちらほら見られるようになり、怪我人とは別に列をなしている。思った以上に魔力を使うことになりそうだけど、求められるなら応えたいと思う。それらの騎士達の背中に手を添える。怪我をしませんように、この人が欲する強さが備わりますようにと祈りながら魔力を流していく。



 ひとまず神子目的の列は途切れた。他に治療待ちの騎士を見渡す。震えている見知った顔があった。水属性の魔法にでも当てられたのだろうか、この前は焦げて今日は凍えてるのかよ。忙しいやつだな。バレるとは分かっているが背後に回りたくなるのは何故だろう。背中に人差し指でちょんと触り治癒を流す。

「背後に来るなと言っただろう。」
 早々にレオンに気づかれた。そもそも治療来ているのだから流石に悪態はつかれないだろうと思ったが、いつも通りだった。それでも、そのまま治癒を流す。治療が終わり覗き込むと顔色も良くなっていた。

 取り敢えず昨日のお礼に手を合わせておく。喋らない俺を不審に思ったのかレオンが眉間に皺を寄せる。俺は声が出ないことをジェスチャーで伝える。

「なんだ?風邪か?・・・・・っ!そんな状態で出てくるな!」

 レオンの顔がみるみる赤くなっていく。青いよりは血行が良くなったほうが良いだろう。どうせ色々分かってるなら、多少は恥ずかしいけど今更かな。次の騎士の方へ行こうとしたが、腕を掴まれ止められた。

「そろそろ休まないとお前が倒れるぞ。」
 レオンはそう言うと医務室係に何かを話に行った。確かに疲労感はあるが、なにせ声が出ないから自分から「少し休ませてください。」とも言い出せない。

「ここはもう良いから休んどけ。許可は取った。」
 すぐに戻って来たレオンは面倒くさそうに、それだけ言い残すと医務室を出て行った。

           ◇

 外に出た時にひたすら自分の好きなことをしようと意気込んだが、ここまで体力を削られると思ってなかった。でも嫌な疲労感ではなく、やりきった達成感の方が強いかな。

 せっかく昼間起きていられるならと、厨房に来ている。この時間はほとんど使われていないようで、気を使わず料理ができる。喉の調子も良くなってきて、少しかすれてしまうが声が出るようになってきた。
 どうせ何かを作るならこそっと魔道課に置いておけるものにしようと、チョコレートコーティングをしたラスクを作る。

 幸い今はブレアは居ないようだ。小分けにラッピングしているから、各々の机に置いておく。今、床に這っている魔道士さん達は、すぐに食べ始めてくれる。
 治癒を流してもどうせ何時間後には同じ状態になると思い、今までしてこなかったが、今日はなんだか気分がいいから少しずつ治癒を流す。元気を取り戻した魔道士さん達は目をキラキラさせて机に戻り、やっぱり研究に没頭し始めてしまう。
 ブレアが戻って来ないうちにと思い、早々に魔道課を出る。久々に平穏な一日が送れている事が嬉しいが、体の疲れもあり少し昼寝をすることにした。自分の部屋で寝るのもいいが、いつも添い寝してくれるアルベルトは鍛錬中。だから、託された鍵を使いカイの部屋で横になっている。
 残り香はもうほとんどないベッドに虚しさを感じるが、暖かな日差しが差し込み眠りにつくまでに時間は掛からなかった。



「・・・・オト、ナオト?」

 俺は目をこすりながら起き上がる。そこには心配そうに俺を見ているクリスがいる。
「大丈夫?心配で自室に様子を見に行ったんだけどいなくて・・・。探してたんだ。」

 それなら執務室に行ってちゃんと話してから動き出せばよかったな。また手間をかけさせてしまった。
「探してくれてたんだ。ごめん・・・。起きてから騎士団の医務室の手伝いをして、それからお菓子を魔道課に持って行って・・・。なんか眠たくなって・・・。寝たらだいぶ良くなった。」
 俺はニコッと「大丈夫だよ。」と伝えるように微笑む。それを見てもクリスは困ったような顔をする。

「無理をさせたのは僕だけど、しっかり休んで欲しかったかな。これから色々忙しくなるからね。社交界のマナーとか覚えて貰わないといけないから・・・。忘れてるかもしれないけど、僕はナオトの教育係だからね。」

 あぁ、なんかエドガー殿下が他国交流がなんかとか言ってたな。それに俺はブレアと魔力訓練の約束もしたし・・・。

「そういえば、ブレアとの魔力訓練で、今後は精神魔法を解けるようになりたいなと思って・・・。クリスに言うの忘れてた。何かフィン神官?に手伝ってもらおうって、ブレアとの間で話が出てて・・・。」

「分かったよ、僕より彼の方が適任だ。彼はスティーブン閣下と一緒で心の属性だけを持つひいでた精神魔法の使い手だからね。きっとナオトなら良い成果が得られると思う。僕の方からも声をかけておくよ。」

「クリス色々ありがとう。でも無理しないでね、もし疲れた時はいつでも俺が回復してあげるし、そばに居るからね。」

 それを聞くとクリスは満足そうに笑顔を向けてくれるが、すぐに悩ましげな表情に変わる。

「ここでナオトを見つけたのは僕としてはちょっと複雑かな。僕もアルベルトのこと言えないかも。ナオトのこと大好きで独占したい気持ちがわかるよ。」
 渋い顔をするクリスを見てられなくて抱きしめる。カイの部屋だもんな。良い気はしないのは、俺でもわかる。これからはちゃんと言葉にして、行動で気持ち表していこう。
 ・・・ただ、クリスもアルベルトも大好きだけど、もう三人でするのは遠慮したいかな。

「クリスのこと大好きだから、伝わるように頑張るよ。」
 抱きしめていた腕を離し見つめ合う。俺からクリスの柔らかな頬に手を添えて唇を近づけていく。明確に自分からするのは初めてで・・・。距離が縮まるにつれて早くなる鼓動、心音のせいで他の音が聞こえない。クリスの長いまつ毛が下を向く。亜麻色の瞳が見えなくなるがこれはこれでとても綺麗だ。ずっと見ていたい・・・。



「いつまで待たせるの?せっかく初めてナオトからキスしてくれると思って、待ってたのに。」
 いつの間にか開かれた瞼に、頬を膨らませてプンプンと怒るクリス。昨日の事情中とは違い幼い仕草。どちらも大好きだ。

「ごめん、綺麗だったから。・・・どっちのクリスも大好きだよ。」
 俺は、顔を左に傾けてそっと口付けをする。

「何と比べてるの?」
 ゆっくり開かれた瞳が魅惑的に細まる。昨日を思わせる姿に固唾を呑んだ。
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