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25.王子の杞憂

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 エドガーが部屋を出て行ったあと、カイは呆れたように、ブレアは安堵の溜息をつく。クリスは申し訳なさそうな面持ちをしている。
 緊迫した雰囲気は緩和され、今まで珍しく沈黙していたブレアが直人に抱きつく。

「はぁー、王宮から追い出されなくて良かったぁ~。怖かったよ~。」

 俺はブレアを受け止め、初めて触るフワフワした癖っ毛を堪能しながらなぐさめる。ほのかに古書の香りを感じながら晩餐会後も研究に没頭していたのかなと思いなす。

 多少空気の読めないところがあるブレアが、ここまで萎縮していたのが気の毒で仕方がない。ブレアは目を潤ませスリスリと頭を押し付けてくる。魔力訓練の時は、自分が教わる立場だったから何とも思わなかったが、今はまるで子供のようだ。
 エドガー殿下のさっきの威圧感を思い出しながらも、あの程度で追い出されるのかという疑問が残る。

「元々能力の公表はするって言ってたから、そんなにおびえることないだろ。」

「僕はただ拾われて来ただけだから~。」
 拾われた?話が見えず目を点にしていると、近くにいたカイがブレアの首根っこをつかみ俺から引き剥がすように持ち上げる。「ぐへっ。」とブレアが鳴く。

「こいつは元々遊牧民の子だ。魔力も強くてセンスがいいから第二騎士団に勧誘したが・・・。研究の方が良いって言いやがって、俺がこっちに寄こしたんだ。」
 首根っこを掴まれているせいか少しずつ顔色が悪くなるブレアを俺はふところに戻す。

「ブレアは研究大好きだもんな。いつも魔力訓練をつけてくれてありがとう。もしあいつから追い出されるような事があれば、神子っていうのを盾にして絶対そんなことさせないからな!」

 俺がそう意気込むと、辺りの空気が緩んだ気がした。満面の笑みを浮かべるブレアは弟を思い出させる。季節ひとつ分ほど過ごしてきた、この世界の価値観にはだいぶ慣れてきた。でも、それと納得できるかは違う。やるせない気持ちでいっぱいになる。

 苦渋の顔をする直人を横目にカイがワシャワシャと頭を掻く。
 
「俺もナオトと同意見で、出自は関係なく才能あるやつが役割を勤めりゃいいと思う。でもそうじゃねぇやつもいるんだよ。上から命令されたら仕方ねぇ。せっかくやるなら徹底的に鍛えあげるぞ。」

 カイがアルベルトの方をニヤッと一目する。アルベルトは無言で受け流しながら軽く頭を下げる。

「敵意を隠すならもっと上手くやれよ。」
 不機嫌なふりをするカイをよそに、アルベルトは直人の方を向く。
「また闘技場で実戦訓練をするつもりだが、ナオトは見に来るか?」
「魔法も使ってパーッとやり合おうぜ。ナオトのお陰か調子が良いくれぇだからな。」
 カイが割って入り、かろうじて隠していた嫌悪が前面に出たアルベルトが可愛くて吹き出してしまった。

 ・・・・でもいまは、
「午前中は本でも読んでゆっくりしたいかな。あとで闘技場に顔を出すよ。」


 各々が持ち場に戻っていく。執務室に残ったのは、俺とクリス殿下。憂いが残る顔でこちらを見ている。

「邪魔しないからここに居てもいい?」
「もちろん。いいよ。」

 転生直後も護衛として、クリス殿下がこうして俺の傍にいてくれた。最初はいつも誰かが近くにいることが、窮屈に感じることもあった。でも、俺にとっては掛け替えのない時間だったのかもしれない。
 ソファに座り本を読みながら後ろで仕事をするクリス殿下に思いを馳せる。出自のことを話している時はきっと複雑だったろう。
 この空間は決して息苦しいものでは無い。今のクリス殿下の思慮が測れる程には分かち合ってきたつもりだ。


「クリス殿下が申し訳ないと思うことないですよ。」

 書類仕事をしていたのか紙を置く微かな音、コツコツと近づく足音がする。俺の隣に腰掛けたクリス殿下の表情は、スコールに打たれたあの日のものだ。

「神子の能力の公表は、国の権力を誇示することに必要なことなんだ。ただ、同時にナオトが標的になってしまう。それに、兄上の言い方でみんなにも嫌な思いをさせてしまって・・・。悪い人ではないんだよ。みんなにも嫌いにならないで欲しいな。僕の立場では何を言っても、より不快にさせるだけ・・・なんだよね。」

 俯き自分をかえりみるように呟く。王子としての立場と、役割を外した一人の人間としての葛藤が垣間見える。全部を取り払ってやりたい気持ちと、第二王子として自分の役割を果たそうとする殿下を応援したい気持ちがせめぎ合う。亜麻色の揺れる瞳を見つめる。

 何でも抱え込んでしまうクリスという、ひとりの人間として俺はこの人を支えたいと強く思う。

「みんなの声を聞こうと食堂に行くのも、俺の事を心配してくれてるのも・・・。きっと見えないところで、他の人のために色んな仕事をしてることも知ってるよ。なんでも器用にできるほど人間は万能じゃないから。クリス殿下の重荷を分けて欲しい。俺は皆んなを守るためにこの世界に来た。クリスには今を、心の底から楽しんで笑っていて欲しい。そういう風に今が繋がって出来ていく未来はきっと暗くはならないと思うから、ね?」

 これから俺がどうなるかなんて分からない。明確なのは守護の力を持っていること。もし、この国に本当の平和が訪れたら俺はどうなるのだろう。ただ願うのは、俺の大切な人達が幸せでありますようにという事だけだ。もちろんクリスにも・・・。
 直人は俯いているクリスの髪を耳にかけ顔を覗き込む。

「いづれ俺の役割が終わっても、傍で支えてもいい?」



「・・・それプロポーズみたいだよ。でもありがと。ナオトのこと好きになって良かった。」

 指摘されて気づく。もちろん取り下げるつもりはない。クリスの左手の薬指に天色の魔力の輪っかを作る。

「俺が元いた世界では婚姻の印に左手の薬指についの指輪を贈るんだ。俺もクリスを好きになって良かった。」

 クリスは「ふふっ。」といつものように笑い、俺も安心する。どちらともなくキスを交わす。クリスとのキスは自然と顔が左に傾くようになった。しばらくすると輪を作っていた魔力は消えてしまったが、この想いはずっと消えることはないと心の中で誓った。
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