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9.神子と魔法

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 窓から朝日が入り、目が覚める。意識すると気持ちが張り詰めるのに、感じる体温が心地よくて、なかなか布団から出れないでいる。
 この前、魔力不足なのに俺の部屋に結界を張ったことを抗議したら「ナオトがそんなに心配してくれるなら、もう結界はやめる。」と言うことだったが、なぜこうなる?


「おはよう。ナオト。・・・そろそろ慣れろ。」
「おはよ。慣れるわけないだろ!こんなの。」
 紺色のリネンの寝巻を着たアルベルトは、あくびをしながら起き上がる。ブルーブラックの癖のない髪は、いつもなら後ろで結っているが今はサラサラと揺れる。心なしか良い香りがするから憎めない。

 言葉通り結界で魔力を使うことがなくなったが、アルベルトが俺の部屋で寝ることになった。
 ・・・というか俺が寝てからこそっと入ってくる。すでに、寝巻きやら隊服やらクローゼットの中に忍ばしているのを俺は知っている。 
 俺が拒否すれば、無理強いしないとは分かっているが、こばめない。でも、気持ちを受け入れることもできていない。思いあぐねるのは、過去の失恋、神子として召喚されたのに未だ何もできないでいること、それに・・・

「おはよう。ナオト!」
 ノックと共にドアを開けたのはクリス殿下だ。開けた途端晴れやかな笑顔から、膨れっ面に変わる。
「なんでアルベルトがいるの?」
「護衛の一環だ。」
「はぁ?職権濫用だよ!ナオト、今度は俺と一緒に寝ようね?」
 亜麻色の瞳をキラキラさせて、子犬のように首を傾げる。
「お前はダメだ!」
 直人が返事に戸惑っていると、すぐさまアルベルトが拒否する。クリスはまた拗ねた子供のように頬を膨らませる。

「良いもんね。この前ナオトに手料理作ってもらったんだー。今度はカレーが食べたいな!」
「次は私が作ってもらう。」
 じとーっとアルベルトは俺の方を見る。この二人のやりとりが大好きだ。なんだか安心する。俺は頷き、「俺の作ったものでよければ、二人にご馳走するよ。」というが二人は納得いかない様子だ。


 そして、クリス殿下が本題に入ると言わんばかりに一度咳払いをする。
「今日からブレアのところで魔力のコントロールの練習ができるけど、どうするか聞きに来たんだ。」
 待ち侘びていたことに胸が高鳴る。元々話は出ていたが、ブレアは自分の研究やら、報告書やらでなかなか忙しかったという。
 また、前回の鑑定魔法では、ブレアの魔法が発動している際中すごい衝撃に当てられた。そのこともあり、安全性がどうだとか検討していたらしい。
「早く行きたいです!」
 クリスは直人を安心させるように微笑む。
「そんなに急がなくても良いんだよ。今日は午後からならいつでも来て良いって。」
「わかりました。午後からブレアのところ行ってみます。」
 その言葉にアルベルトは眉間に皺を寄せる。
「ついて行けそうにないな・・・。くそっ。絶対無茶するなよ。」
 今日アルベルトは一日中騎士団員達と鍛錬や、会議があるらしく、アルベルトとは別行動だ。朝の支度を済ませ、朝食を食べにいく。その間ずっと心配そうな目で見られて「絶対無茶するなよ。」と何度も釘を刺された。

           ◇

 ベッタリだった護衛も、宮中に限ってゆるめてくれた。今は一人で廊下を歩いている。俺もだいぶ慣れてきて、迷子になることはそうない。午後まで時間があるならばと、厨房へ向かっている。あまり専門ではないけど、ちょっと作ってみたいものがあったのだ。
 そして料理に取り掛かる。甘い香りがただよう。初めてにしては、なかなか上手にできたのではないだろうか。気に入ってもらえたらいいけど・・・。
 あっという間に午後になり、それを持って魔道課へ行く。コンコンとノックすると、「うーん。」と聞きなれた声がする。ドアを開けなくてもブレアだなと分かるようになった。
 魔道課の中の様子は相変わらずである。積み重なった資料、床にも散らばっている。倒れている人が時々ピクピクと動く。窓を閉め切っているせいか、どんよりしていてこの凄惨せいさんな現場に拍車をかけている。研究者というのはこんなにも身を粉にしていて、健康には害ないのだろうか。心配になる。

「ナオト!今日からよろしくね!あれ、何持ってるの?」
 声色は変わらないが、ブレアもいかにも徹夜してましたと言わんばかりのくまだ。せっかくの翡翠色の瞳がかすんで見えてしまう。

「俺の能力がまだ出ていないせいでごめんね。お詫びと言ったらなんだけど、スティックブラウニー作ってきたんだ。片手間で食べれるかなと思って。甘いの大丈夫なら皆さんで食べてほしいな。ここに置いておくね。」
「ありがとー。僕甘いもの大好き!頭使うと、どうしても甘いもの食べたくなるよねー!」
 ブラウニーを机の上に置くと、床でピクピクしていたゾンビ、否、人が這って近づいてきて机の上のブラウニーに手を伸ばす。床に倒れ込んだままモグモグと食べるとそのまま寝てしまったらしい。とうとう動かなくなってしまった。そんな事を気にするそぶりはなくブレアは俺の手を引き、奥まった部屋へ移動する。

「じゃあここ座って!」
 こじんまりとした机と椅子がある。二人は机を挟み向かいあって座っている。ブレアは興味深げに直人を見る。

「あれ?黒髪に黒目なんだ!綺麗だね!」
 ブレアのその澄んだ瞳には嘘がない。本当に今気づいたようだ。
「え?いまさら?俺の元の国では大多数が黒髪黒目だよ。それより魔力がある自覚がないんだ。そもそも魔力ってどういう物なの?」
「うーんとね。」とブレアが、魔力のことを語り出す。

「魔力は『水・火・風・地・心』からなって、人それぞれ持っている魔力の総量や属性が違うんだ。大体の人は一つか二つの属性を持ってるよ。その属性を派生はせいさせたり組み合わせたりする事で魔法になるんだ。派生っていうのは、水を氷に状態変化させたりだね。あと、転移魔法は風の派生。心の属性を持つ人は精神操作だったり、治癒魔法だったり出来るけど、その存在自体が稀有けうなんだよ。治癒魔法ともなれば魔力量もそれなりに必要だしね。まぁ、異世界から来たナオトには少し難しいかもしれないね。」

 一度に色々言われて混乱するが、みんなはどの属性を持っているんだろ。確かクリスとアルベルトは転移魔法使ってたから少なくとも『風』は持ってるってことだよな。便利そうで羨ましい。

「じゃあさっそく、簡単に魔力のチェックさせて?この前したばかりだから、軽く鑑定するだけにするね。そのあと、コントロールの練習してみようか。」

 お互いの両手の指を絡めるように握る。ブレアが目を瞑り、呪文を唱える。うっすらと白い光が浮かび上がる。ぽかぽかと暖かい。でもなんだか頭がぐらぐらして気持ち悪い。我慢していると、以前にも体験したバチっと電気のような衝撃がくる。途端とたんに、さっきまでの暖かさや光は無くなった。おそらくブレアが魔法を解除したのだろう。やっと終わったかと思いブレアを見ると、目をしばたかせてこちらを見ている。

「魔力の量は段違いに増えてるよ。でも属性が・・・?あとまた僕の魔法がはじかれた?」

 ブレアが魔法を解除したというのに気持ち悪さは変わらない。頭もぐらぐらしたままだ。だんだんと意識も薄れていく。天井が見え、ブレアが慌てたように何かを言っている気がするが、俺には届かなかった。
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