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6.居心地

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 俺はアルベルトに手首を掴まれたまま長い廊下を歩く。周辺にいた人達はその険相に避けて行き、何事かとこちらを見ている。しかし、アルベルトは周りの様子などお構いなしにズカズカと歩みを進める。想像以上に強い力で手を引かれ、思わず声を上げる。
「痛ったい!離してくれ。」
「・・・・・。」
 アルベルトは無言のままだ。俺の方を振り向くことも無く、まだ表情はうかがい知れない。

 しばらくその状態が続く。あとどのくらい歩けば良いのだろうというところで急にアルベルトが歩みを止める。荒々しくドアを開け中に入る。宮殿内にしてはシンプルな調度品で揃えられているそこは、おそらくアルベルトの部屋だ。部屋に入るなりアルベルトは、俺の方を返りみて両肩に手を置く。
「なぜ、私に無断でいなくなった?・・・なぜ、ブレアのところにいた?」
 静かな問いかけが恐ろしいほど室内に響く。俺はどう答えるべきかと悩み、視線をらす。気まずい雰囲気に耐えられず躊躇ためらいながら口を開いた。

「俺にはまだなんの能力もなくて、守られる価値なんかないから・・・。アルベルトの鍛錬の邪魔にもなってるし・・・。だからブレアになんとかしてもらおうと思って。」
「守られる、価値がないだと・・・?邪魔だなんて誰が言った?」

 そう言うとアルベルトは少し顔を上げ、眉をひそめた。両肩に置かれていた手に力が入って、じっとを俺を見ている。やっと顔が見れたという安堵あんども束の間で、アルベルトの顔色が悪いことに気がつく。冷や汗も出ていて、息も荒くなっている。アルベルトは俺の肩に顔をうずめた。

「アルベルト?」
「すまん。聞きたいことは山ほどあるのに・・・。魔力を、使いすぎた・・・。」
 両肩にあったアルベルトの手が再度俺の手首を掴む。ふらふらとベッドの方へ引っ張っているが先程までの強さはない。恐怖心は嘘のようになくなり、今度はアルベルトの体調が気掛かりだ。
「誰か呼んできた方がいいんじゃ?」
「いや、それよりもこっちに来い。」
 グイッと引っ張られバランスを崩す。
「うわっ。」
 後ろから抱きしめられるような格好で倒れ込む。沈み込んだベッドからはウッディムスクの香りが鼻をかすめる。

「しばらく休めば治る。」
 後ろから聞こえる呼吸は荒い。アルベルトの冷たい息がかすかに首に掛かる。くすぐったい。反射的に身をよじらせようとしたが、アルベルトの腕は微動だにしない。身の置き場がなく、アルベルトの腕をトントン叩き抗議する。
「はっ、離して!」
「離したらまたいなくなるだろ。それとも、こうしてるのは嫌か?」
 すがるような、低く抑えた声に俺はそれ以上抵抗できなかった。小さく首を横に振る。
「嫌じゃない。」
 俺の中で、アルベルトの体調を心配する気持ちと、もう少しこのままでいたい気持ちが交錯する。

 少しずつアルベルトの呼吸が整ってくるのを肌で感じる。
「いなくなっているのに気づいたとき焦った。ナオトは、能力がない自分に価値がないと言っていたが、能力があろうがなかろうが、私は私の意思でナオトの傍にいる。それでも離れようとするなら、覚悟しておけよ。」
 後ろから、獲物を見るような鋭い視線を感じる。
「でも、早く能力を発現させないと・・・。」
「気にするのも分かるが、私にとってはナオトの安全が一番だ。頼むから無茶しないでくれ。」
 アルベルトがギュッと抱きしめる腕に力に入れる。能力のない俺をここまで気遣ってくれるのが嬉しい反面、複雑でもある。無価値な自分がもどかしい。

「心配させた・・・?」
「当たり前だろ。どれだけ探したと思ってるんだ。それに怒ってもいるんだからな。よりにもよってなんでブレアなんだよ・・・。」
「また鑑定魔法してもらったら、分かることがあるかなと思って。」
「そういうことを言ってるんじゃない。」
 アルベルトは溜息混じりにそう言うと黙ってしまった。

 先ほどより腕の力が少し抜け、これならばと思いアルベルトの方に向き直す。顔色はだいぶ良くなってきている。
「心配させてごめん。」
 謝るとアルベルトは無言のまま俺を抱き寄せる。心地よい体温に包まれる。まだなにも解決していないのに、ここにいればどんな事があっても大丈夫な気さえしてしまう。



 しばらくすると、コンコンとドアをノックする音がする。アルベルトはため息をつき、直人を抱きしめていた腕を名残惜しそうにほどく。ドアを開けに行くその足取りはさっきよりも随分としっかりしている。直人も起き上がりベッドの端に座る。
 アルベルトが、離れて行ったことに虚しさを感じるのは何故だろうか。

「団長、慰労会が始まります。」
 その声に直人は一瞬で青ざめる。闘技場で俺に対して悪意をあらわにした人物に他ならないからだ。アルベルトは、扉を開けながら返事をする。
「レオン、わざわざ部屋に来なくてもわかっている。」
「今日のジョストではたくさんの団員をご指導頂きました。団長がいないと始まらないのでお迎えに上がりました。」

 レオンはにこやかな表情をしている。しかし、部屋の中にいる俺に気がつくと怪訝けげんなものに変わる。

「おまえ・・・。あっ、いや神子様もおられたんですね。さっきは急に立ち去られたので心配してたんです。」
 張り付いた笑顔を向けられ、さっきまでの温かい気持ちが、氷点下に変わる。
「私はナオトをクリス殿下のところに送り届けてから向かうから、先に行ってろ。」
「恐れながら団長。いささか過保護すぎるのではありませんか?」
「ナオトの護衛は国王陛下から仰せつかったことだ。それに、できるだけ長く私がナオトの近くにいたいんだ。」
 アルベルトの言葉に俺の心は温かみを取り戻す。でも、これ以上迷惑はかけれない。
「俺、自分の部屋に帰るよ。」
 アルベルトは振り返り、直人に心配そうな眼差しを向ける。
「ダメだ。一人にしておけない。慰労会に参加しないといけないなんてやっぱり団長なんて引き受けるんじゃなかったな・・・。」

 アルベルトが呟くとレオンが隠しきれない、憎悪に満ちた顔に変わる。直人の表情の機微を感じたアルベルトはレオンに懐疑的かいぎてきな目を向ける。それに気づいたのかレオンは慌てたように「先に行って参ります。」とその場を離れた。


 レオンを見送るとさっと踵を返し、俺の腰掛ける隣に座る。
「私は慰労会に行かなければならない。今からクリス殿下のところへ預ける。その前に・・・。」

 瞑色の瞳が近づいてくる。そのままウッディムスクの香りに包み込みこまれ、うなじには温かく柔らかいものがそっと触れた。
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