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4.王子の器
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◇
オーナーと向かい合って座っている。机にはオムライスやパスタ、カレーなど一品ずつ並べている。新しくオープンしたカフェ&レストランで、メニューをああでもない、こうでもないと話し合っている。
「やっぱりお前の作ったオムライスはうまいな!うちのランチメニューに加えよう!」
料理人として駆け出しの頃の俺の料理を「うまい、うまい!」と屈託のない笑顔で食べている。俺は向かいに座って、オーナーの笑顔をただ眺めている。
暖かい日差しが差し込む窓際の席でこの光景を絶対に忘れない、そう思った。
「ーーーて、ート、ナオト!起きて!」
誰かの声が聞こえる。なんとか意識を浮上させる。
「・・・っ!」
「おはよう。大丈夫?うなされてたよ。」
いつの間にかクリス殿下が部屋に入って来ていたようだ。急いで起き上がる。
「えっと、大丈夫です。」
その言葉を聞くとクリス殿下は困ったような顔をした。ベッドに腰をかけ、俺の頬に流れる雫を指で掬う。
寝ている間に泣いていたのかと自覚すると、堰を切ったように次から次へと涙が溢れ出て止まらない。どうしようと思っていると、バンッとドアが開き、額に汗を流しているアルベルトがいる。俺の顔を見るなり焦燥と憤怒が入り混じった表情に変わる。
「おまえ・・・。ナオトに何をした!」
「誤解だよ。僕はただナオトに本を持って来ただけだよ。」
とクリスは両手を上げ、首を左右に振っているがどこか含みのある笑みを浮かべている。アルベルトはそれを訝しげに見る。
「はぁ、この時間なら鍛錬場にいるから番犬の邪魔が入らないと思ったのに。」
「ナオトの部屋には結界を張っていて、出入りがあればすぐ分かるようにしている。」
「どおりで早いわけだ。宮中でそこまでする必要ある?」
「お前みたいなのがいるからだろ。それよりナオト、一体何があったんだ?」
アルベルトが心配そうに近づいてくる。俺は俯いて急いで涙を拭う。
「ちょっと夢見が悪かっただけだよ。大丈夫。」
そう言うと二人は猜疑心に満ちた目で直人を見る。
そして、クリスは何か閃いたように手を打つ。
「そうだ、気分転換に庭園に散歩に行こう!ガゼボでランチもいいなー。どう?」
先程の含みのある笑みが嘘のように、今度は子犬のように目を潤ませ俺の顔を伺っている。
そういえば、昨日は主に室内を案内してもらっただけでゆっくりと外で過ごす時間はなかった。クリス殿下とも話してみたいし断る理由はないかな。
直人が頷くと、クリスは両手を上げ喜んでいる。
「やった~。昨日仕事を片付けた甲斐があった。アルベルトは騎士達の訓練指導があるだろ。戻っていいよ。今日はナオトには僕がついてるから大丈夫!」
「団員のことはレオンに任せて来たから問題ない。」
「団長がいなかったら示しがつかないでしょ。それにこれは王子として言ってるんだよ。」
シッシッっと追い払う仕草をする。
「こういう時だけ王子ヅラしてずるいぞ!」
「いや、本当に王子だから!役得です~。」
クリスは「べー」と舌を出す。
「ぷふっ。」
クリス殿下とアルベルトのやりとりがあまりにも可笑しくて笑ってしまった。二人がこちらを見ていることに気づき、何だか恥ずかしくて咄嗟に自分の顔を手で覆う。
「何で顔隠すの?ナオトの笑ってる顔かわいいよ。」
クリス殿下が俺の両手首を持って、広げようとする。
「ねぇ、もう一回見せてよ。」と徐々に近づいてくる亜麻色の瞳に耐えられなくて顔を背けた。これはこれで恥ずかしい。手を振り解けないでいるとアルベルトが「そこまでだ。」と止めに入ってくれた。
◇
午前中は、クリス殿下が持って来てくれた本を読んでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
気候的には日本とそう変わらないだろう。だいたい4月ごろの暖かさだ。日差しも心地よく爽やかな風が吹く、そのたびに花の甘い香りが舞う。
俺は今、庭園の中にあるガゼボでクリス殿下と食事を摂っている。厨房の人にお弁当を作ってもらったらしい。
「この世界は気に入ってくれた?1日じゃまだ分からないか・・・。」
昨日のアルベルトとの会話を思い出す。決して転生されて良かったとは言わないが、抱えている思いを跳ね除けるほど嫌悪しているわけじゃない。
「いや、まだ戸惑ってはいますけど嫌いではないです。」
「そっかそれなら良かった。魔道課でのこと聞いたんだ・・・。ナオトに負担がかかってるんじゃないかって。僕に出来ることなら何でもするから遠慮なく言ってね?」
うーんと考えてみる。何だろう。
「料理がしたい・・・」
クリスが不安そうに首を傾げる。
「口に合わない?」
「それは違くて!ここの料理はとっても美味しいです。でも俺は元々料理人だったので、料理を作ることが気分転換になるかなと思って。」
クリスは大きく頷き、目をキラキラさせる。
「わかったいいよ!いつでも厨房を使えるよう口利きしとくね!僕もナオトの料理食べたい!」
その後もたわいもない話をした。クリス殿下とアルベルトは乳兄弟であり、気の置けない友達のように思っていること。アルベルトは昔は可愛くて、よく女の子に間違えられ泣いていたこと。
そんな話をしながら通りがかる人に視線をやる。庭園を散歩している二人組が目にとまる。男性同士で手を繋ぎ歩いている。その顔はとても幸せそうだ。もしオーナーが結婚相手と出会わなければ、もしちゃんと気持ちを伝えていたら・・・。最低なことを考えてしまう。
ぼーっとする直人の手にクリスが自分の手を重ねる。直人は急なことに驚き「えっ?」と、顔を上げる。
「羨ましそうに見てたから。」
俺に重ねられた手は優しく包んでくれているままだ。ずっと秘めていたものを吐き出しても良いんだろうか。
「殿下はその・・・おかしいと思わないんですか??」
「ん?なにが?」
クリス殿下は本当になんのことか分からないと言うように、不思議そうに直人を見る。
俺は重ねられた手を見ながら話すことを決意する。
「その・・・男性同士で」
「この国では普通のことだよ。ナオトの世界では違かったの?」
「俺の世界では同性を好きになるのは少数で、なんか後ろめたい気持ちもあって・・・家族にも誰にも言えない人もいるんですよ。」
俺自身の話だ。親は何も言わずとも、もしかしたら気づいていたかもしれない。でも、自分から告白することは無かった。俺にできたのは家を出て、物理的に距離を置くことだけだった。
「そっか、人を好きになることは幸せなことのはずなのに、そんな気持ちになるのは辛いね。朝泣いていたのはそれに関係すること?」
いつもはキラキラしてるだけの瞳が真っ直ぐと俺を捉える。逃れることは到底できなくて、転生される前のこと、夢で見た光景を話した。
「気持ちを伝えられなかったんだね。」
その言葉に胸が潰れる。そっか俺は失恋した悲しみだけじゃない。最後まで伝えずに逃げていたことも悔しい・・・、家族にも・・・。それで気持ちがぐちゃぐちゃのままだったんだ。抑え込んでいた感情がとめどなく溢れ出てくる。
「うっ・・・ぐっ・・」
堪らず嗚咽が漏れる。クリス殿下が握っていた手をグイッと引っ張り俺を抱き寄せる。高級そうなベストが涙で汚れていく。
「・・っ、す、みません・・・。こんな、ところで」
クリス殿下は落ち着かせようと背中をさする。もう片方の手を上にあげ、パチンッと指を鳴らす。光に包まれたかと思ったら次の瞬きの間に自室に戻っていることに気づいた。
「ただの転移魔法だよ。少し疲れるから普段はしないけど・・・。安心して泣いて。」
そう言うとクリス殿下は俺を抱きしめながら頭を撫でる。
「僕はね、皆には幸せになることに貪欲であってほしいと思ってる。そしてみんなの幸せを最大限に叶えるのが僕の仕事だよ。だからナオトの力が必要なんだ。協力してくれる?この国のために。・・・それから僕は、ナオトの事も幸せにしたいんだ。」
上から降ってくる声に安心感が勝り、うつらうつらする。
「転移魔法で部屋に帰ったの察知されたかな?また番犬に怒られそうだ。」と呟き、悪戯っぽく笑った。
オーナーと向かい合って座っている。机にはオムライスやパスタ、カレーなど一品ずつ並べている。新しくオープンしたカフェ&レストランで、メニューをああでもない、こうでもないと話し合っている。
「やっぱりお前の作ったオムライスはうまいな!うちのランチメニューに加えよう!」
料理人として駆け出しの頃の俺の料理を「うまい、うまい!」と屈託のない笑顔で食べている。俺は向かいに座って、オーナーの笑顔をただ眺めている。
暖かい日差しが差し込む窓際の席でこの光景を絶対に忘れない、そう思った。
「ーーーて、ート、ナオト!起きて!」
誰かの声が聞こえる。なんとか意識を浮上させる。
「・・・っ!」
「おはよう。大丈夫?うなされてたよ。」
いつの間にかクリス殿下が部屋に入って来ていたようだ。急いで起き上がる。
「えっと、大丈夫です。」
その言葉を聞くとクリス殿下は困ったような顔をした。ベッドに腰をかけ、俺の頬に流れる雫を指で掬う。
寝ている間に泣いていたのかと自覚すると、堰を切ったように次から次へと涙が溢れ出て止まらない。どうしようと思っていると、バンッとドアが開き、額に汗を流しているアルベルトがいる。俺の顔を見るなり焦燥と憤怒が入り混じった表情に変わる。
「おまえ・・・。ナオトに何をした!」
「誤解だよ。僕はただナオトに本を持って来ただけだよ。」
とクリスは両手を上げ、首を左右に振っているがどこか含みのある笑みを浮かべている。アルベルトはそれを訝しげに見る。
「はぁ、この時間なら鍛錬場にいるから番犬の邪魔が入らないと思ったのに。」
「ナオトの部屋には結界を張っていて、出入りがあればすぐ分かるようにしている。」
「どおりで早いわけだ。宮中でそこまでする必要ある?」
「お前みたいなのがいるからだろ。それよりナオト、一体何があったんだ?」
アルベルトが心配そうに近づいてくる。俺は俯いて急いで涙を拭う。
「ちょっと夢見が悪かっただけだよ。大丈夫。」
そう言うと二人は猜疑心に満ちた目で直人を見る。
そして、クリスは何か閃いたように手を打つ。
「そうだ、気分転換に庭園に散歩に行こう!ガゼボでランチもいいなー。どう?」
先程の含みのある笑みが嘘のように、今度は子犬のように目を潤ませ俺の顔を伺っている。
そういえば、昨日は主に室内を案内してもらっただけでゆっくりと外で過ごす時間はなかった。クリス殿下とも話してみたいし断る理由はないかな。
直人が頷くと、クリスは両手を上げ喜んでいる。
「やった~。昨日仕事を片付けた甲斐があった。アルベルトは騎士達の訓練指導があるだろ。戻っていいよ。今日はナオトには僕がついてるから大丈夫!」
「団員のことはレオンに任せて来たから問題ない。」
「団長がいなかったら示しがつかないでしょ。それにこれは王子として言ってるんだよ。」
シッシッっと追い払う仕草をする。
「こういう時だけ王子ヅラしてずるいぞ!」
「いや、本当に王子だから!役得です~。」
クリスは「べー」と舌を出す。
「ぷふっ。」
クリス殿下とアルベルトのやりとりがあまりにも可笑しくて笑ってしまった。二人がこちらを見ていることに気づき、何だか恥ずかしくて咄嗟に自分の顔を手で覆う。
「何で顔隠すの?ナオトの笑ってる顔かわいいよ。」
クリス殿下が俺の両手首を持って、広げようとする。
「ねぇ、もう一回見せてよ。」と徐々に近づいてくる亜麻色の瞳に耐えられなくて顔を背けた。これはこれで恥ずかしい。手を振り解けないでいるとアルベルトが「そこまでだ。」と止めに入ってくれた。
◇
午前中は、クリス殿下が持って来てくれた本を読んでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
気候的には日本とそう変わらないだろう。だいたい4月ごろの暖かさだ。日差しも心地よく爽やかな風が吹く、そのたびに花の甘い香りが舞う。
俺は今、庭園の中にあるガゼボでクリス殿下と食事を摂っている。厨房の人にお弁当を作ってもらったらしい。
「この世界は気に入ってくれた?1日じゃまだ分からないか・・・。」
昨日のアルベルトとの会話を思い出す。決して転生されて良かったとは言わないが、抱えている思いを跳ね除けるほど嫌悪しているわけじゃない。
「いや、まだ戸惑ってはいますけど嫌いではないです。」
「そっかそれなら良かった。魔道課でのこと聞いたんだ・・・。ナオトに負担がかかってるんじゃないかって。僕に出来ることなら何でもするから遠慮なく言ってね?」
うーんと考えてみる。何だろう。
「料理がしたい・・・」
クリスが不安そうに首を傾げる。
「口に合わない?」
「それは違くて!ここの料理はとっても美味しいです。でも俺は元々料理人だったので、料理を作ることが気分転換になるかなと思って。」
クリスは大きく頷き、目をキラキラさせる。
「わかったいいよ!いつでも厨房を使えるよう口利きしとくね!僕もナオトの料理食べたい!」
その後もたわいもない話をした。クリス殿下とアルベルトは乳兄弟であり、気の置けない友達のように思っていること。アルベルトは昔は可愛くて、よく女の子に間違えられ泣いていたこと。
そんな話をしながら通りがかる人に視線をやる。庭園を散歩している二人組が目にとまる。男性同士で手を繋ぎ歩いている。その顔はとても幸せそうだ。もしオーナーが結婚相手と出会わなければ、もしちゃんと気持ちを伝えていたら・・・。最低なことを考えてしまう。
ぼーっとする直人の手にクリスが自分の手を重ねる。直人は急なことに驚き「えっ?」と、顔を上げる。
「羨ましそうに見てたから。」
俺に重ねられた手は優しく包んでくれているままだ。ずっと秘めていたものを吐き出しても良いんだろうか。
「殿下はその・・・おかしいと思わないんですか??」
「ん?なにが?」
クリス殿下は本当になんのことか分からないと言うように、不思議そうに直人を見る。
俺は重ねられた手を見ながら話すことを決意する。
「その・・・男性同士で」
「この国では普通のことだよ。ナオトの世界では違かったの?」
「俺の世界では同性を好きになるのは少数で、なんか後ろめたい気持ちもあって・・・家族にも誰にも言えない人もいるんですよ。」
俺自身の話だ。親は何も言わずとも、もしかしたら気づいていたかもしれない。でも、自分から告白することは無かった。俺にできたのは家を出て、物理的に距離を置くことだけだった。
「そっか、人を好きになることは幸せなことのはずなのに、そんな気持ちになるのは辛いね。朝泣いていたのはそれに関係すること?」
いつもはキラキラしてるだけの瞳が真っ直ぐと俺を捉える。逃れることは到底できなくて、転生される前のこと、夢で見た光景を話した。
「気持ちを伝えられなかったんだね。」
その言葉に胸が潰れる。そっか俺は失恋した悲しみだけじゃない。最後まで伝えずに逃げていたことも悔しい・・・、家族にも・・・。それで気持ちがぐちゃぐちゃのままだったんだ。抑え込んでいた感情がとめどなく溢れ出てくる。
「うっ・・・ぐっ・・」
堪らず嗚咽が漏れる。クリス殿下が握っていた手をグイッと引っ張り俺を抱き寄せる。高級そうなベストが涙で汚れていく。
「・・っ、す、みません・・・。こんな、ところで」
クリス殿下は落ち着かせようと背中をさする。もう片方の手を上にあげ、パチンッと指を鳴らす。光に包まれたかと思ったら次の瞬きの間に自室に戻っていることに気づいた。
「ただの転移魔法だよ。少し疲れるから普段はしないけど・・・。安心して泣いて。」
そう言うとクリス殿下は俺を抱きしめながら頭を撫でる。
「僕はね、皆には幸せになることに貪欲であってほしいと思ってる。そしてみんなの幸せを最大限に叶えるのが僕の仕事だよ。だからナオトの力が必要なんだ。協力してくれる?この国のために。・・・それから僕は、ナオトの事も幸せにしたいんだ。」
上から降ってくる声に安心感が勝り、うつらうつらする。
「転移魔法で部屋に帰ったの察知されたかな?また番犬に怒られそうだ。」と呟き、悪戯っぽく笑った。
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